「夕陽のあたる教室ver.2」  中島清志 作    〔キャスト〕♀1人 ♀ 鈴木美奈・・・高校3年生・アニメ部(らしい)・母子家庭(らしい)      やかましいセミの鳴き声。      真夏の太陽が差し込む誰もいない学校の教室。      後ろの黒板に大きな文字で「めざせ甲子園」と書いてあり、その他色とりどりの小さな文字や絵が描いてある。      しばらくしてから大きなバックパックを背負った鈴木美奈がドアから教室に入ってくるとタオルで顔を拭く。 「ふわあー。 こうりゃマジ蒸し風呂だね〜」      ぐちゃぐちゃに進路関係の本や教科書類や辞書などが突っ込まれている書棚の中からうちわを見つけてとると、体中あちこちをしきりにあおぐ。 「はあ、あっぢい・・・ 疲れたあ!」      スカートをバタバタさせてあおいだり、カッターシャツをはだけてあおいだり。           誰もいないとは言え、行儀の悪さは目に余る。      しきりと鳴いているセミの声にむかついて、書棚にケリを入れながら 「ミンミン、うるっせーんだよ!」      しかし、セミは美奈をあざ笑うかのようにますますやかましく鳴き始める。      美奈は床にべちゃっと座り込んでしまい 「あっぢー!」      そこへ携帯電話の呼び出し。      美奈、面倒くさそうに出る。 「もしもし・・・  何だ父さん・・・  え?  今学校・・・  さっき言ったでしょ。  クビになっちゃったからさ、自分の持ち物取りに来たの・・・  あ、うん、誰もいないよ・・・  え?  母さんから、さっき電話があったって?・・・  え、何で?・・・  うん、そうだよ、母さん再婚するって。  あさってさ、その男がうちに来るよ・・・  え?  だからもう会わない方がいいだろうって?・・・  あのさ、それってあんたらの都合なんだから、母さんと話つけてよ・・・  アタシ?  アタシは・・・  どっちでもいいよ。  うん。  じゃ。」      美奈、携帯をしまうと、それと入れ替わりのようにタバコを取り出して火をつけ、床に座ったままで吸い始める。 「大体、父さんも父さんだよな。  普段おっぽり出しといて、自分の好きな時だけ娘に会わせろってのは虫が良過ぎるんだよ。  ま、アタシは小遣いもらえるから会ってやってもいいんだけどさ。  エンコーでもすること思やあ、実の父親に会って小遣いもらって、何が悪いってんだ。  ぶっちゃけ、タバコ代だってバカになんねえもんな。」      大きく吸ってから立ち上がり 「いっぺん、教室のド真ん中で吸ってみたかったんだけど、大してうまいもんでもねえな。 誰もいねえしなー・・・  やっぱタバコなんつうのは、バレちゃまずいってスリルがあるからうまいんだよな。」      吸い殻入れを出して律儀に始末すると、再びカッターシャツをはだけてあおぐ。 「あーあ、制服なんかで来るんじゃなかったよ。 あ、だけどアタシ制服しか着るもんねえんだよなー、実際。 もしかして、制服着ちゃいけないってことはねえよな? 一応こないだまで高校生だったんだし・・・ 母さんなんか、『あんたしばらく制服で店に出なさいよ』なんて言い出すしなあ・・・ 飲み屋にセーラー服かよ! そりゃさすがにちょっとヤバイだろ。」      教室を見回して 「相変わらずきったねえなあ。」      教卓の上に積んであるプリントが何枚か落ちているのを拾う。 「夏補習の課題か・・・ やっぱ学校やめて正解だよ。 こんなくそ暑い教室で、勉強なんかできるわけねえだろ。 今時クーラーもないなんて、日本全国探しても学校くらいだって・・・ しかも赤点の人間集めてさ、授業になるわけがないじゃん。 意味わかんねえよなー。」      落ちていたプリント類を全部拾い集めて、教卓の上にまとめて置く。 「あー、何かイライラしてきた。 アタシ、嫌いなんだよ、汚いのさあ・・・」      掃除道具入れの中からほうきを出してはき、チリトリでゴミ箱にゴミを集める。 「ゴミも捨ててねえじゃん・・・」      ゴミ箱の中の袋をまとめて持つ。 「(何かかけ声)・・・ えらい重たいなあ。 一体何入ってんだよ。」      ゴミ袋をいったん置くと、袋の口を開けてのぞこうとするが 「うわ何か嫌なにおい!」      あわてて袋から飛んで逃げる。      気を取り直し、再び袋に近づきのぞこうとするが 「やめとこ、変な物入ってたらヤだから。」      ゴミ袋を廊下に出し又戻って来るとタオルで顔を拭く。 「あー、腰に来たわ。 嫌だな、オバサンみたいで・・・  ところでアタシ、何しに来たんだっけ?」      しばらく考え込んでいるが 「そうだ!  荷物持って帰るんだった。」      真ん中くらいの席についてバックパックを置き、机の中から乱雑に入っている教科書等を出して机の上に積んでいくが 「何じゃコリャ?(女子の体操服が出てくる)  アタシこんなの入れてたっけ?・・・  しまったあ!  思わずにおいをかいじまったよ!  強烈〜・・・  ってコレアタシんじゃねえよ!」      思わず体操服を投げ捨てると教卓まで走り、上にある座席表を確認して 「何だ、席替えがあったんだ・・・  あの席は?・・・  ははーん、マキコか。  あいつかわいいけどだらしねえんだよなあ・・・  いや、かわいいからだらしねえっつーか、うーん、どっちだ?・・・  あ、そう言や『体操服盗まれちゃったあ』って、嬉しそうに大騒ぎしてたの、マキコだよ。」      体操服を拾い上げて 「いやあ、しっかしひどいね〜  机の中で発酵してるよ、コレ。  よくこんなの我慢してたもんだ。  まるで腐ったキムチ入れてるみたいなもんじゃねえか。」      体操服を廊下側の窓に干す。 「いや待てよ・・・  1学期にも盗まれたくせに、しょうこりもなく机に入れたままということは・・・  もしかして、わざとか?」      マキコの机の中を再び探ると顔をしかめ 「うわ、くっせー・・・  マキコなら、やりかねないな・・・  いや、絶対そうだ。  あいつ、『痴漢にあっちゃった〜』って自慢するタイプだもんな。  嫌だねー・・・  え?アタシ?  どうせアタシは生まれてこのかた痴漢さんというものにお会いしたことは一度もございません!  こないだなんかうちに下着泥棒が出たのに、盗られたのは母さんのヒモパンツだったし、畜生!・・・  って何言ってんだ、アタシ。」      マキコの机の中の物を出しながら 「お前、何しに学校来てるんだって。  教科書は全部置きっぱなしだし・・・  こんな雑誌も・・・」      ファッション雑誌が何冊か出てくる。    「まあ、アタシも似たようなもんだけどさ・・・」      干した体操服の所に行くと顔を近付け 「うーん。  やっぱスゲエにおいだ・・・  こりゃ、盗んだ方が気の毒だよ・・・  いや待てよ。  意外と変態チックなやつだと、かえって興奮したりして・・・  あー、やらしー!  ふ、ふ、ふ(ついにおいをかぎ続け、妖しいムードに)  ヤバッ!癖になってきた。  これじゃアタシが変態だっつーの!」      突然携帯電話の呼び出し音が鳴り、慌てて出る。 「あ、か、母さん・・・  い、いや、別に慌てちゃいないけど・・・  父さん?  ああ、さっき会って来た帰り・・・  あのさ、そういう話は家帰ってからでいいでしょ・・・   うん、今、教室・・・  すぐ終わる・・・  だから、まっすぐ帰るって!  ・・・え? わかってるよ、あさって来るんでしょ、あの人。  ええ〜っ!?  明日になったって?  別に準備なんかいらないでしょ。  もう、切るよ!(携帯を切る)・・・  ふう。  あやうく変態ワールドに引き込まれる所だったよ、全く!」      教卓の座席表を手にとる。 「えーと、アタシの席は・・・  鈴木、鈴木・・・  あれ?アタシの席がねえじゃん・・・  もしかしてこのバッテンされてるとこか?」      その席に行き、中から教科書類を出していく。 「やっぱそうだ。  何か、ムカツク・・・  こないだまで籍があったんだから、バッテンまでしなくてもいいだろうに・・・  ま、どうせもう関係ねえけどさっ!」      教科書類を山積みにすると、プリント類を1枚ずつ取り出して確認する。 「自宅学習調査票・・・  進路選択アンケート・・・  保健だより・・・  体育祭のご案内・・・  三者懇談会予定・・・  いらねえもんばっかだな・・・  これは?・・・  まんが甲子園の下書きだ。  我ながら、下手だねえ〜  これは恥ずかしいから持って帰ろう・・・  まんが甲子園か・・・  やっぱマリはスゲエよ。  プロ級だもんな・・・  しっかしアタシまさか部活に入るとは思わなかったよ。  しかもアニメ部って。  オタクじゃん、丸っきり。  アタシの一番嫌いなタイプだよ。  あのアニメ声で『鈴木さん、アニメ部に入らない?』って言われたときゃ、冗談ならぶっ殺してやろうかと思ったよ。  そりゃ確かに授業中はマンガばっか書いてたけどさ・・・  わかんねえもんだよ。  いつの間にかあいつのペースでさ、2人でアニメ見たり書いたりしてたもんな。  結局似たもん同士だったのかな?  あいつもクラスじゃ浮いてたもんな。  だから、アタシなんかに声掛けて来たんだ。  まあ、マリのおかげだよ。  あいつがいなきゃ、アタシなんかとっくの昔に学校やめてたよな、いやマジな話。(まんが甲子園の下書きをバックパックに入れる)・・・  へえ、学級通信だって?  あの担任が珍しいね。  なんせこれが第1号だもんな。  どうせ紙ヒコーキになんのにな。  一体何書いてんだろ?」      「学級通信」をしばらく読んでいる。 「クラスの雰囲気が良くなって来ました?・・・  まあ、アタシやマリが来てない方が雰囲気いいかも知れねえよな・・・  また盗難がありました?・・・  アタシが休んでる間にもあったんだ。  この学校泥棒がいっぱいいるんだね、最っ低え。」      廊下側のドアのところに行き 「学校くらい泥棒しやすい所もないよな。  教室にカギ掛けてないこと多いし。  『貴重品は管理しましょう』って言ったって、必ず財布とか入れたカバン置いてるやつがいるし。」      窓のところに行き 「カギ掛けてても窓が開いてて、面倒くさいから窓から入って開けたりするし。  それじゃ、ほとんど意味ねえっつーの・・・  ま、盗られる方が悪いんだけどなっ! 」      黒板のところに行き    「めざせ甲子園、か。  県大会のベスト4くらいで、大騒ぎしすぎだって。  アニメ部なんか全国大会だぜ。  誰も知らねえけど・・・  あ、でも本物の甲子園に行くんだぜ。  まんが甲子園だけど・・・  ま、アタシにはもう関係ないし、応援のしようもねえけどさ・・・  しっかし誰もいねえ学校って何か変だぜ。  『今日は全校応援で、学校には誰もいません』って、そんなので本当にいいのか?  アタシが泥棒だったら・・・」      いくつか机の中を探って 「この学校、いくらでも泥棒のし放題だよ・・・  えっ?」      机の中から大きな財布が出てくる。    「コイツ、バッカじゃねえの?  ホントに財布置き忘れてるよ・・・  期末試験もそのまんま入ってるし・・・  山田かあ、はっはっは、さすがはバカの代表だね・・・  17点、20点に、5点?  こりゃアタシより一枚上だわ、さすがに5点はねえだろ。(笑いこけながら、探り当てた物に顔をしかめる)・・・  それに、コイツも体操服入れてるよ・・・」      山田の体操服をマキコの体操服の隣に干す。 「ほらよっ!  こいつらホント絵に描いたようなバカップルだねえ。  2人でつるんで体操服置き忘れてんじゃねーよ!」         山田の財布を調べる。    「結構入ってるじゃん。  何でこんな大金置き忘れて平気なんだよ・・・  こういう時に限って先生も誰もいないし。」      財布を持ってウロウロする。 「持って帰ったら、アタシが盗ったみたいだし。」      財布をじっと見て困っている。 「大体、何でアタシが悩まなきゃならねえんだよ・・・  ついでに盗ってやってもいいけどさ・・・  それで・・・  学校やめるわけだし。」      携帯電話の呼び出し。      携帯に出る。 「・・・だから、まだ教室だって!・・・  え?  別に懐かしがるようなことあるわけないじゃん。  何してるって荷物出してんのよ・・・  え?  うっさいなあ、ついでに泥棒してんの!・・・  冗談に決まってるじゃん。  教室に盗むような物あるわけないって、今夏休みだし・・・  うん、5時には帰るって・・・  え?何で?・・・  服を買いに行くって?  ああ、明日来るから?  好きにしなよ・・・  え、アタシ?・・・  何で母さんと揃えなきゃいけないのよ・・・  いいです、結構です、いりません!(電話を切る)」        山田の財布を見ながら 「何が、コーディネイトしなきゃ、だ。  お金もないくせに。  それこそ制服でいいだろ。  オヤジは絶対セーラー服好きなんだからさ・・・  やっぱ、金目当てかよ。  母さんまだ若いのに、あんな年寄りと結婚しなくてもいいだろうに。  飲み屋の女に声掛けて来るようなやつだぞ・・・  まあ、いいよ。  アタシが卒業したら結婚してもいいって約束だったし・・・  卒業じゃなくて中退だけどさ。」        山田の財布を机の中に戻す。 「ふう、危ねえ危ねえ。  今度は犯罪に手を染めるとこだったよ。」      自分の机に戻ると、プリント類の整理を続ける。 「早いとこ、片付けなきゃ・・・  よく考えると、いる物なんか何もない気がするなあ。  ほっときゃ良かったか・・・  いや、こりゃ置いとけねえわ。」      模擬試験の結果を出している。 「模試の結果かあ。  見たくもないよ・・・  あ、でも思ったより悪くないじゃん。  E判定ばかりじゃないし・・・  アタシ、何一所懸命見てんだろうね。  もう全然意味ないのにさ・・・」      模試の結果をバックパックにしまう。 「3年なんだよな。」      黒板の方を見る。 「みんな野球の応援に行ってんのか。  マキコなんかチアガールやってんだろうな。  あいつ、この時期はこれに賭けてるからなあ・・・  野球のルールも知らねえくせに。  高校野球って変だよな。  他のクラブのやつまで応援に行ったりして・・・  自分たちのクラブは応援なんかねえのによ。」      黒板に近付き小さな文字を見る。 「うちのクラスは野球部が3人いるのか・・・  こいつらといつも仲が悪いやつまで、応援に行っちまうのか・・・  ご苦労なこった・・・」      席の方へ下がる。 「でもみんな3年だろ?  そんなに浮かれてるヒマがあんのかよ?」      山田の席の中を探る。   「財布を忘れるくらいなら、模試の結果も・・・  お、あった!」      くしゃくしゃになった山田の模試結果を出してみる。   「こりゃ、ひでえ。(大笑い)  無理なとこ書きすぎだって。  はあ?  第一志望が東大で、第二志望が津田塾?(爆笑)  笑わせてくれるじゃん。  津田塾って女子大だっつーの!  バーッカ!」      大笑いしながら、山田の模試結果を机の中に戻し、他の机の中ものぞき込んでみる。 「みんな机の中に物入れすぎだね。  お前ら教科書持って帰って勉強しねえのか!・・・  ってするわけねえよな、当然・・・  おっと、この机は感心だね、何も入ってないよ。  いや、雑巾が入ってて綺麗に拭いてあるよ。  スゲエな、誰だあ、この机?」         座席表を確かめる 。    「へえ、ユカリか・・・  人は見かけによらないとはこのことだな。  あいつ、なーんにも考えてなさそうに見えて、意外としっかりしてるんだ。」      座席表を見ながら    「と、言うことは、逆に真面目そうなやつが、意外とだらしなかったりすることもあるわけだ・・・  えっと、学級委員のケイコの席は・・・  あそこかっ!」      勇んで行ったケイコの机の中を確かめる。    「思った通り!  何これ?  プリントなんか全然持ち帰ってないじゃん・・・  テストなんかもそのままだし・・・  うわ!スッゲエ・・・  こんな点数、アタシだったらうちで見せまくるけどねえ・・・  げっ!」      何か入った小さな箱を見つけてしまった。    「これはもしかして・・・  保健の授業で見た気がする・・・  確か山田が風船にして遊んでて先生にぶち殴られた、あれ・・・(中を開けて見る)  ヒョエーッ!」      動揺が隠し切れずあたりをキョロキョロ見回して警戒すると、わけもわからずその箱をポケットに入れようとする。 「お、おい、何やってんだ!  アタシが盗ってどうする!・・・  貰っても使いようがないぞ、とりあえず。」      さらに動揺は治まらずあたりを見回して警戒し、慌てて箱を机の中に戻す。 「あー、ビックラこいたー・・・  おい、ケイコ!  お前机の中になんつうもん入れてんだよ!  信じられないね全く。」      ケイコの机の中を再度調べている 「何か怖くなって来たよ。  あいつもしかしてスッゲエ遊んでるとか・・・  しかし、教室に置きっぱなしとは、ぶっ飛んでるよな・・・」      ケイコの机の中からさらにいろんな物を続々と取り出し、机の上に並べる。 「うーん・・・  メイク道具一式ってとこか。  しかしこの猫耳とか使えんのか?・・・  (着けてみて)お帰りなさいませ、ご主人様・・・  って、怖いよ、オイ!・・・  まあ、そっち系の趣味の男には受けるかもな。  今度母さんに言ってみるか・・・  いや、冗談だって!冗談。  あの人本気にしそうで怖いよ・・・」      ケイコの机に全て戻すと胸をなでおろす。    「いやしかし女は怖いねえ・・・  お前が言うなって?  そりゃそうだ。  ま、女に比べりゃ男はかわいいもんだよ。」      隣の机に向かい 「ホラこれは男子の机だな。  スッゲエ落書き、きったねえの。  『佐藤』って彫刻刀で彫ってやんの。  ガキだね、全く。  何かすでに中身があふれてるよ・・・  男子ってやっぱいろんな物入れてんだろうな・・・  ヤダ、何でアタシ緊張してんだ?」      佐藤の机からプリントや教科書類を出して行く。 「何だ、普通じゃん・・・  あれ?」      そういう雑誌を見つけてしまった。 「かーっ。  やっぱあったよお!・・・  ガキのくせに。」      ページをめくりながらウオッとかヒエーッとかいろいろと声を上げ、周囲を気にしながら机にしまう。 「こういうのは、家で隠れて見ろよな・・・  いや、別にショックでもねえけどさ・・・  うちの倉庫には大量にあるからね・・・  母さん捨てねえんだもんな、父さんの持ち物。  自分は捨てられたくせに何考えてんだか・・・  あれ見つかったらバツが悪いぜ・・・  新しい男が来る前に処分しときゃ良かったのによ・・・  そんなことはどうでもいいよ。  佐藤が持っててもおかしくはないか・・・  あ、でも学校に置くなよ、バカ・・・」      ぶつぶつ言いながら歩いていたが急に立ち止まると 「そう言や、サトシの席はどこになったんだ?」      教卓に向かって確かめる。 「ここか。  何だ一番前じゃん。」      座席表と席をよく確かめてゆっくりとその席に向かう。      席の前で、じっと見つめている。      意を決したように座り、懐かしそうに机を撫でてみる。 「もうそろそろ1年たつのかあ。」        しばらくして我に返り、慌てて机を離れる。 「何やってんだよ。  未練ったらしいなあ・・・  母さんじゃあるまいし。」      しかし歩き去る途中で立ち止まってしまい、席に戻ると座り、机の中を探ってしまう。      サトシの教科書やノートを開き、机の落書きを懐かしそうにながめて 「あいつホント女みたいな字だよな・・・  何であんなやつと付き合ってたんだろ?」      さらにどんどん中身を出すが、変な物の感触にギクリとする。 「何じゃコリャ?」      取り出してみると何か入った袋。 「これ、星の砂じゃん。  懐かしい・・・  修学旅行の時沖縄で買ったやつだよ・・・  沖縄かあ、楽しかったなあ・・・」      1年前の沖縄修学旅行でサトシと行った土産物屋を思い出して、回想の1人芝居。      海の音が聞こえて来る。 「なあサトシ、これ見てみろよ。  『星の砂』だって。  キレイだよなあ・・・  え、サンゴとかのかけらだって?  お前物知りなんだな。  だけどよ、ほらここに書いてんだろ?  この小さなビンの中には、沖縄の真っ青な空と大きな宇宙が詰まってるって・・・  ロマンチック?  そりゃそうだよ。こんなキレイな海と空のそばにいるんだぜえ。  アタシだって女だからさ・・・  えっ?サトシが買ってくれるって?  いや、いいよ、結構いい値段だろ・・・  え?ホント買ってくれんのかよ。  アタシ嬉しいよお。  じゃ、じゃあさ、アタシもサトシに同じやつ買ってやるよ。  えーと、どれがいいかな・・・  これなんかどうだ?・・・  ホント?  気に入ってくれた?・・・  よし、じゃ、これはアタシからのプレゼントだ。  絶対大事にしろよ。」      ふと我に返ると、相変わらずセミが鳴いている。 「あいつ、まだこんな物持ってたのか・・・  アタシなんか、とうの昔に捨てちまったのに・・・」      袋の中にまだ入っている物に気付いて取り出す。 「まだ、何か入ってる・・・  え、これ、シャボン玉・・・  2人で祭に行ったとき買ったやつじゃん・・・  あいつホント照れ屋だから、はぐれないようにって手え繋いだだけで緊張しちまって。  あんなやついねえぞ、今時・・・  なーんか良くわかんねえけど、シャボン玉買って2人で飛ばしながら帰ったんだよな・・・  帰りは手え繋ぐのも恥ずかしがっちまって、あれって照れ隠しかよ、シャボン玉って・・・  まあでも懐かしいよなあ・・・」      シャボン玉を懐かしく吹いてみる。      歌を口ずさみながら 「シャーボンだーまーとーんーだー やーねーまーでーとーんーだー・・・」      あたり1面にシャボン玉が満ちるが 「やーねーまーでーとーんーでー・・・  こーわーれーてーきーえーたー・・・  アタシの恋も壊れて消えたかあ・・・  まさか、サトシのやつマリのこと好きになるとはなあ・・・  だけどあいつ、いまだにコクれないでやんの。  マリは、ぜんっぜん気付いていませんよー。  バッカじゃない。  もうすぐ卒業だぞお!」      サトシとの思い出の品をきっぱりと机にしまって立ち上がりながら 「そう言や、マリの席はどこだろう?」      座席表を確かめてマリの席に行き、机の中を探る。 「やっぱプリントとか、たまってるよな・・・  おっと、模試の結果か。  見せてもらお。」      マリの模試結果を見て 「マリは頭いいもんなあ。  志望校だって真面目に書いてるし・・・  そう言や推薦の話がなくなったって、泣いてたよな。  それくらいですみゃ、どうってことねえよ。  アタシなんか退学だぜ・・・」      さらにマリの机を探ると大きなイラストが何枚も出てくる。      嬉しくなって目を輝かせながら 「イラストがいっぱい・・・  やっぱマリはうまいね、マジでプロ級だよ。  あーあ、才能の違いって言うのかなあ・・・  天は二物を与えずって言うけど、あれウソだね。  あいつかわいいし、何やらせてもアタシより上だもんなあ・・・  まんが甲子園だってマリが行きゃ大丈夫だよ。  アタシなんかあの人の娘だからね、そもそも絵なんてガラじゃねえって。」      マリの物を机に戻すと立ち上がる。 「あーもう、今度こそおしまい!・・・  置きっぱなしにしてる方が悪いんだよな、盗るやつも悪いけど・・・  いや、やっぱ盗るやつの方が絶対悪いんだけどさ・・・  こんなのほったらかすなよ、担任・・・」      教卓の中を探ると、大量のプリント類が出てくる。 「ホラもう、ズボラだからなあ・・・  出席簿まで入ってるよ。」      出席簿を開いて見る。 「もう2か月になるのか・・・  アタシの名前、マジックで線引っ張って消してあるよ・・・  おとといやめたばかりなのに、手回しのいいこった。  よっぽどアタシにやめて欲しかったみたいじゃん。」      教科書類が積まれている自分の席に戻って 「お望みどおり、綺麗さっぱり消えてやるよ!・・・  だけど、この教科書とか持って帰んなきゃいけないのかよ?  みんな入れっ放しなのに・・・  ま、アタシはバッテンだからな・・・」      教科書をバックパックに詰めていると、携帯電話の呼び出し。      携帯に出る。 「・・・何だ、マリ?・・・  え、今教室・・・  何でって、持ち物持って帰んのに、今日は誰もいねえって聞いたから・・・  ちょっと待てよ、今頃何言ってんだ?  駄目だよ、そんなことバラしちゃ・・・  だからアタシはいいんだって。  どうせ学校やめるつもりだったし、いいきっかけになったよ・・・  ああ、そうだよ。  このまま店手伝ってくんだから、アタシ高校卒業する意味なんか別にないしさ。  母さんだって、『まあ、仕方ないねっ!』て、むしろ喜んでるくらいだから・・・  だから、これでもう店に出てて先生が来たら隠れたりとか気い使わなくってよくなるし、今度触って来たらセクハラだって訴えてやるよ、教育委員会に・・・  うんマジ。  あいつ酔ってて気付いてないけど、2回触られたことがあるよ。  大体センセイって呼ばれる仕事のやつが一番たち悪いんだから、これ常識・・・  え?  母さんだって知ってるよ、本当のこと。  だけど友達を売ったりしたら、あの人の方が怒るよ・・・(長い間)・・・  わかってたよ。  学校続けたいんだろ、そうすればいいよ。  頑張って・・・  いや、別にアタシを犠牲にしてなんて、思ってくれなくていいから。  もう退学届け出しちゃったし・・・  だから、これまでどおりアタシが全部盗ったってことでいいから。  学校続けるんだったら、それこそアンタの立場まずくなるじゃん・・・  それに『まんが甲子園』、アタシの分まで頑張ってくる約束だろ?  おい、頼むから泣くなよ・・・(長い間)・・・  ふーん、今球場にいるんだ。  勝ったって?  良かったね・・・  え、明日決勝?  アタシ野球って興味ねえし・・・  最後になるから、みんなとのお別れに来て欲しいって?  うーん・・・  ま、後で電話するわ。  じゃ。」      携帯をしまう。 「明日は予定あるんだけどな・・・  ま、これから嫌でもあの男と一緒に暮らすんだから、別にいいか・・・  それにしても今さら説教すんなよな。  『高校は卒業しなきゃ意味がない』なんて、マリに言われたかないよ。  『一緒に学校やめよう』って最初に言い出したの、アンタの方だろ?・・・  ま、すんだこと。  校内の盗みは、全部アタシがやりました。  マリは、私にそそのかされて1回やっただけです・・・  それでいい。  それでマリは学校続けりゃいいんだよ・・・  ところであいつ、まだ盗みやってんじゃねえだろうな・・・  ああいうのって病気だし。」      マリの席に行き、優しい口調で 「ちゃんとしてくれなきゃ、学校やめたアタシの立つ瀬がないんだからね。」      教室後部の掲示板のほうへ歩いて行き、水着のポスターを剥がしてゴミ箱に捨てる。    「こんなの剥がせよな、担任。  しかもビールの宣伝だよ、たく。  普段ほっぽらかしで、たまにだけ見回ったりするんじゃねえよ。」         隣に貼ってあるポスターを見て 「KAT-TUNじゃん。  これ持って帰ったら、母さん喜ぶかな?・・・  なわけねえか。  学校の物なんか持って帰ったら半殺しにされるよ。  あの人そういうの大嫌いだから。」      さらにその隣の写真が沢山貼ってあるところを見て 「体育祭の写真じゃん・・・  あの時見ちゃったんだよな。  サボろうと思って誰もいない教室に入ったら・・・」      回想シーン。      美奈、教室の入り口から入って来る。 「あー、カッタリー。  くそ暑いのに体育祭なんかやってらんねえよ。  あれ?  マリ?」      マリはまだ美奈に気づいていない。 「マリ!  何こそこそしてんだよ。  そこお前の席じゃねえだろ?・・・  え?  お前何持ってるんだ?  マリ!  いいから見せてみろよ!」      そこへ、担任の先生が見回りにやって来たようだ。 「あっ!  せ、先生・・・  いや、忘れ物して・・・  え?  こ、これは・・・  違います・・・  うっせーよ。   違うっつってんだろうがっ!」      回想シーン終わる。   「お笑いだよな、始めっからアタシの方が悪者扱いだもん。  だんだん本当のこと言う気もなくなって来たよ。  ま、相手がマリじゃしょうがねえよな・・・」      マリの席を優しく見つめて 「いいんだよ、ホントの友達はあんただけだからさ・・・」      再び携帯電話の呼び出し。      美奈電話に出る。 「もしもし・・・  何だよ、又お前か。  後で電話するって言っただろ・・・  ええっ?  んなこたねえって言っただろう!  信用しろよ!・・・  母さん?・・・  ああ。  心配いらねえよ・・・  じゃあな。」      極力感情を抑えながら携帯をしまう。      本当は叩きつけたいくらいの腹立たしい気持ちだ。 「何が本当の友達だよ。  そう思ってたのはアタシだけか?・・・  絶対に人にしゃべるなって、念押しして来やがった。        さっき、本当のこと話そうかって言って来たのは、ただのポーズかよ。      アタシがこういう人間だと知ってて・・・  どうせ、こんなこと何もなかったような顔をして、花の女子大生になってくんだよな・・・  まあ、二度ととっつかまんないように、気を付けるこった。  いいよ、マリ。  許してやるよ。  人間、土壇場になったらそんなもんだって。  結局、あんたと私は住んでる世界が違うんだ・・・  ははは。  今頃になって気付いてやんの。  バカだね、アタシも。  やっぱ、あの人の子供だ。  人からだまされ、裏切られて、生きていくんだよな・・・」      体育祭の写真をながめて1枚剥がす。    「アタシが写ってるよ・・・  うわ、最悪の顔してる。」         写真をポケットに入れようとするが、思い直して元の場所に貼り直す。      これで二度と戻ることもないこの教室に、自分がいたあかしを残したいと思ったのだ。 「やっぱ、このまま貼っとくか・・・」      教室の前に向かって歩きながら 「高校は卒業しなきゃ意味がない、なんてアタシには通用しないよ。  やめたって、母さんと店やってくんだから、なーんにも困んねえしさ。」      一番前の席に座って黒板を見ながら 「勉強も、スポーツも、大嫌いだったけど・・・  高校って結構楽しかったよ・・・  こんなボロ学校でもさ、アタシ来て良かったよ・・・  だってそう思わなきゃ、アタシ・・・  まるっきりバカだもんな。」      立ち上がって涙がこぼれそうになるのを堪えながら 「ははっ、何感傷的になってんだか。  ガラにもねえっつうの・・・  今日はアタシにとって出発の日だよ。  これからは自分で選んだ道を行くんだから!  絶対後悔なんかしねえんだから!」      後ろの黒板まで進むと「めざせ甲子園」の「めざせ」を二本線で消し「まんが」と書いて軽く笑う。      それから他の文字を全部消して「ガンバレよ」と大書して大声で叫ぶ。 「まんが甲子園!  がんばれよー!」      振り向くといつの間にか夕陽が教室に差し込んでいる。      時間を確かめて 「もうこんな時間だ・・・」      バックパックに自分の物を全部詰めて背負う。        「明日は決勝かあ・・・」      出席簿をきちんと閉じて教卓の上に置くと、入り口に向かい、入り口で教室の中に向かい深々と一礼する。 「やっぱ、行かねえよ。 ワリイな、マリ。」      美奈が出て行くと、照明が薄暗くなり夕陽がきれいに教卓上の出席簿を照らしている。       〜おしまい〜