「蒼夜曲(セレナーデ)」 中島清志 作 〔キャスト〕♂2 ♀3      ♂中野洋一・・・慶早大経済学部2年生      ♀中野聡子・・・慶早大附属病院研修医      ♀島尾百合・・・慶早大文学部1年生      ♂吉田栄二・・・慶早大法学部2年生      ♀朝比奈恵・・・慶早大附属高校2年生      場末の汚い居酒屋の座敷。      何も置いてないテーブルに女性が座っている。      15年後の聡子である。      そこへ男がやってくる。      15年後の洋一である。 洋一「聡子さん、お久しぶりです。」 聡子「洋一・・・    全然変わってないのね。」 洋一「聡子さんも相変わらずお綺麗で。(聡子の向かいに座る)」 聡子「カメラマンの仕事はどう?」 洋一「昨日バグダッドの取材から帰国したばかりなんですよ。    今度、『週間未来』に記事が載りますから読んでください。」 聡子「もちろん洋一の記事は全部読んでるわよ。    大活躍みたいね。」 洋一「聡子さんの方こそ医者の仕事はどうですか?」 聡子「順調よ。    こうして医者を続けていられるのも、考えてみればあの時の経験のおかげかも知れないわ。」 洋一「百合ちゃんのことですか?    今、お墓に参って来ましたよ。」 聡子「ええ・・・    私、本当のこと言うと、医者になるかどうか迷ってたの。    だけど、現実から目を反らしちゃいけない、医者の自分が逃げたら患者はどうなるんだって、あの時始めて医者としての使命感を感じてね・・・」 洋一「僕もです。    僕も百合ちゃんと出会っていなければ、平凡なサラリ-マンで一生終えていたでしょう。」 聡子「そしたら、私の運命も変わっていたかも知れないわ。」 洋一「彼女と始めて出会ったのは、ちょうど15年前のこんな夜でした。    聡子さんとここで飲んだこともよく覚えていますよ。」 聡子「それは忘れてくれてもいいのに。」 洋一「ははは・・・」       音楽が流れ居酒屋の店員がテーブルを片づけると15年前に戻る。      慶早大の校門付近で洋一は人を待っている。       恵と栄二が登場。       栄二は何か話しかけているようだが、恵は迷惑そうに足を早めると、持っていたカバンで栄二をぶっ叩く。      目を押さえてしゃがみ込む栄二。       立ち直ると何事もなかったかのように 栄二「夕陽が目に染みるぜ。」 洋一「まだ明るいよ・・・    あれ、吉田君、眼鏡がずれてるけど。」      栄二、手鏡を出して眼鏡を直し、ついでに髪とマフラーをいじり、コートの襟を立てる。 洋一「吉田君って眼鏡してたっけ?」 栄二「気分だ。」 洋一「何だか暑そうな恰好だね。」 栄二「夜風はお肌に悪いからな。」 洋一「いや、だけど・・・」 栄二「洋一。    これが何だかわかるか。」      栄二、中腰になって、両手でピアノを引く恰好をしている。 洋一「陸に上がった半魚人かい?」 栄二「(奇声を発して)違う!    これはピアノだ。    あなたーに聞きたいことがある。」 洋一「元気、ハツラツ?」 栄二「皆さんご一緒に・・・    オフコース!    今日はウエダアヤのコンサートだからな。」 洋一「それが、どうかしたの?」 栄二「ヨン様だよ、ヨン様。    お前『冬のソナタ』知ってるだろう?」 洋一「ああ、聞いたことはあるよ。」 栄二「チェックしとけよ。    今モテる男と言えば、お天道様に誓って(ターンを決めてポーズをとる)冬ソナのヨン様だ。」   洋一「へえ・・・」 栄二「いいか、ヨン様のトレードマークはこのマフラーの二重巻きと眼鏡だ。    ヨン様はどんなに暑くても、部屋の中でもマフラーとコートを手放さない。    これが今もてる男の条件だ。」   洋一「ホントにもてるの、そんなんで?」 栄二「さっき、女子高生が通っただろう?」 洋一「通ったよ。」 栄二「来る途中でナンパしてケイタイ番号をゲットした。    この恰好でイチコロだな。」 洋一「へえ、そんなに効果があるのか。」 栄二「それにしても、女性軍は遅いな。」 洋一「まだ待ち合わせ時間にはなってないよ。    聡子さん、時間には正確だし。」 栄二「聡子さんか・・・    聡子さん、僕が君のポラリスになってあげるよ。」 洋一「あの、吉田君。    君、いつにもまして変だよ。」 栄二「お前、何でそんなに冷めてんだよ。    せっかくのダブルデートだっていうのに。」 洋一「いや、デートとかいうつもりじゃ・・・」 栄二「俺はな、お前のイトコの女医さんに会うのを楽しみにしてるんだ。」 洋一「そうなの?」 栄二「そうだ。    大体何でお前みたいな男があんな白衣を着たいい女といつも一緒にいるんだ。」 洋一「ただのイトコだよ。    それに白衣って色気がないだろう?」 栄二「馬鹿野郎っ!    白衣は男の永遠のあこがれだ!    お前みたいなガキにはわからんだろうがな・・・    ふっ、まあいい。    聡子さんはフリーなんだろうな?」 洋一「えっ?」 栄二「俺、女医さんと付き合うのが夢だったんだ。」 洋一「な、何言ってるの。」 栄二「俺白衣に弱いんだよね。    しかも彼女、年上だし眼鏡もしてるじゃないか!」 洋一「あの、吉田君?」 栄二「完璧だ!    完璧な女医さんだよ!    俺の女神様だ!(自分の世界に入っている)」      どこからともなく美しいピアノの旋律が流れ、完全に自己陶酔する栄二。      目を閉じ見えない誰かに両手を回して強く抱きしめるポーズ。 栄二「空を見てごらんなさい。    ほかの星がみんな動いても、ポラリスは同じところにあるでしょう。    世界中のみんなが聡子さんのことを許せないと言って去って行っても、僕はポラリスとなってあなたを待っていますよ。    僕が動かなければ、どんなに帰り道が暗くても、迷わないよね。」 洋一「ヨシダ君。    君、ゾウリ虫の分裂なみに気持ち悪いよ。」 栄二「お前、何でそんなにノリが悪いんだよ。」 洋一「さすがに今のはノレないよ。    それに吉田君だって今日は彼女が来るんでしょう?」 栄二「そうだ。    期待してろよ。」 洋一「別にいいよ。」 栄二「絶対、お前の気に入るタイプだからさ。    何と言うか、古風なお嬢様タイプの子だ。」 洋一「いや、だって、君の彼女なんだから。」 栄二「お前、ダブルデートの鉄則を知ってるだろうな?」 洋一「えっ?」 栄二「途中で必ずパートナーを交換するんだ。いいな?」 洋一「聡子さんがうんと言うかなあ・・・」 栄二「心配するな。    聡子さんは俺の魅力でメロメロにしてやるぜ。」 洋一「君の方が既にメロメロの気がするけど。」      そこへ、聡子現れる。 聡子「あら、待たせちゃったかしら?」 栄二「と、と、と、とんでもありません・・・    おい、洋一、紹介しろよ。」 洋一「ごめん。    聡子さん、こいつが、例の吉田栄二君です。」 栄二「法学部2年の吉田栄二です。(眼鏡をキラリと光らせる:効果音つきで)    今日はよろしくお願いします。」 聡子「付属病院で今研修医をやってる中野聡子です。    あの、洋一とはイトコなんです。」 栄二「ええ、中野君から話は聞いています。」      そこへ島尾百合現れる。 百合「すみません、遅くなりました。」 栄二「遅いよ、百合・・    ええと、こいつが中野洋一で、こちらが中野聡子さん。    イトコだそうだ。」 百合「あ、文学部1年の島尾百合です。    今日はよろしくお願いします。」 洋一「経済学部2年の中野洋一です。    こちらこそよろしく。」 聡子「付属病院で研修医をしている中野聡子です。    よろしくね。」 栄二「それじゃ、行きましょう。」      4人退場。      辺りが夜に変わり 同じ場所に4人戻って来る。      栄二と聡子、洋一と百合がペアとなり、その順で歩いて来る。 栄二「やっぱりウエダアヤは最高ですねー、聡子さん。」 聡子「まあ、気分転換にはなったわね。」 栄二「とか何とか言っちゃって。    聡子さんのノリが一番凄かったですよ。」 百合「私も・・・    女医さんって、もっと落ち着いて知的な方かと・・・」 聡子「あら。それって、私がガサツでバカみたいってことかしら?」 百合「あ、いえ、ごめんなさい・・・」 聡子「あなたも結構ノッテたわよ、立ちっぱなしで。」 百合「え?・・・    嫌だ、羞ずかしいです・・・」 栄二「聡子さん、これからみんなで食事に行きませんか。」 聡子「いいわね。」      百合頭を押さえてしゃがみ込む。 栄二「どうしたんだ、百合?」 百合「ちょっと疲れちゃったみたい・・(立ち上がる)・・・    私は大丈夫ですから、栄二さんは行ってください・・・」 栄二「何言ってるんだ。    送ってってやるよ。」 百合「ごめんなさい・・・」      栄二と百合退場。 洋一「何だあいつ。    急に態度が変わって。」 聡子「やっぱり恋人だものね。    それじゃ、私らは今から飲みに行くよ!(洋一の手を引っ張り退場)」      栄二と百合が歩いて登場。      先に立って歩く栄二を百合呼び止める。 百合「栄二さん。」      栄二、立ち止まるが後ろを向こうとはしない。 百合「また、会ってくれますか?」      栄二、無言で振り返りもせずに立ち去る。 百合「栄二さん・・・」      百合が退場すると、入れ替わるように居酒屋の店員が小テーブルをセットする。      聡子と洋一が座敷の小テーブルに座りしゃべっている。      テーブル上には料理皿とコップ、ビール瓶が何本か転がっている。      聡子は相当出来上がって普段からは想像もつかない酔っぱらいになり、洋一にからんでいる。 聡子「何で、あんな暑苦しい男連れてくんのよ!」 洋一「我慢してくださいよ。    吉田君白衣が大好きで聡子さんにゾッコンなんですから。」 聡子「変態かよ。」 洋一「そんなにひどく言わないでくださいよ、悪いやつじゃないですから。    ちょっと変わってますけど。」 聡子「ちょっとじゃねえよ。    (ビールをあおる)プハー!・・・    あんな男に付き合わされたら、ストレス発散どころか、ますますストレスがたまっちゃうじゃないのよ!」   洋一「僕は結構楽しかったですけど。」 聡子「そりゃあんたはいいわよ。    あの子と結構いい雰囲気だったしね。」 洋一「そんなことないですよ。」 聡子「洋一、やっぱり若い子の方がいいんでしょ。」 洋一「聡子さんだって、まだ十分若いじゃないですか。    それに吉田君は年上が好きだって言ってましたよ。」 聡子「あんたはどうだって聞いてんのよ、このボケッ!(しばく)」 洋一「僕は別に・・・」 聡子「よし、もういいから、飲め!」      聡子、洋一にビールをつごうとするが、洋一、コップを手で隠して 洋一「僕、まだ未成年ですから・・・」 聡子「私の酒が飲めないのう・・・    飲めって言ってんだろうがっ!(しばく)」 洋一「飲みます!    飲みますから、落ち着いて・・・」 聡子「すいませーん!    ビール2本追加お願いしまーす。    あと、冷酒も2本、」 洋一「あの、聡子さん。もうそろそろやめといた方が・・・」 聡子「いーって、言ってんだろうがっ!    洋一も、もっと飲め!」 洋一「あの、もうちょっと時間あけてから・・・」 聡子「じゃあ、食べなさい。    すいませーん!    料理の注文お願いしまーす・・・    洋一、何がいい?」 洋一「僕、何でもいいです。    聡子さんにお任せします。」 聡子「すいませーん!    焼き鳥の、ももと、ねぎまと、砂ずり。    あと、ホッケと、はすぎょうざと・・・    あと豆腐ステーキと馬刺し、ついでにお好み焼きお願いしまーす。」   洋一「あ、あの、そんなに沢山誰が食べるんですか?」 聡子「男なら、これくらい食べれるでしょ。」 洋一「無理ですよ。」 聡子「私も食べてあげるから・・・    それに私が払うんだから、ケチケチしないでいいの!」 洋一「すいません。」 聡子「ヨウイチさ、あんたって何でも私に頼り過ぎよ、昔から。」 洋一「ごめんなさい。」 聡子「謝りゃいいってもんじゃないでしょ!(しばく)」 洋一「ごめんなさい。」 聡子「あんたがうちへ来てからもう5年か・・・」 洋一「母さんが死んでからですから、僕が中三の時でしたね。」 聡子「高校に行かずに、うちを出てカメラマンになるんだって、言い張ってね・・・(大あくび)」 洋一「聡子さん、眠いんじゃないですか?    もう帰りませんか?」 聡子「まだ注文したもの来てないでしょ。」 洋一「キャンセルすれば・・・」 聡子「じゃかあしいっ!(しばく)    今日はとことん、飲むわようっ!    へっくしょい!    何か文句あんのかあ、洋一!」   洋一「もう、嫌だ、こんな生活・・・」      聡子急に落ちついた様子。      しかし目が完全に座っている。      ビールをグイッとあおると 聡子「洋一・・・    いつまで私に甘えてるつもり?    戦場カメラマンになりたいっていうのは、もう諦めたの?」 洋一「いいえ。    だけど・・・」 聡子「(泣き声)本気でなりたいんだったら、ウジウジしてないで努力しなさいよ!    まず新聞記者になるんでしょ!」 洋一「就職するのも大変ですから・・・    大学まで行かせてもらって、そのうえ仕事を選ぶのは聡子さんやご両親に申し訳なくて。」 聡子「逃げてるだけじゃない・・・    人のこと気づかうふりして・・・    お父さんみたいなカメラマンになるんじゃなかったの?・・・    諦めないでよ、バカア・・・」 洋一「・・・聡子さん、それ本気ですか?」 聡子「本気のわけないじゃないのよう・・・    何にも出来ないガキのくせにさあ・・・    あんたなんか戦場カメラマンになれるわけないじゃない!」      聡子、派手に泣き続ける。      その時隣の座敷で飲んでいた男が気になってのぞきに来る。 栄二「すいません、大丈夫ですか?・・・    って、あれ?」 洋一「吉田君。    彼女を送ってったんじゃ・・・」 栄二「いや送った後物足りないからさ、この辺りの友達に連絡して飲んでたんだ。    ここ親父の店だから。    それより聡子さん、大丈夫か?」      いつの間にか聡子はテーブルに伏せて眠っている。 洋一「いつものことだから大丈夫だよ。    聡子さん、忙しいしストレスが相当溜まってるみたいで。」 栄二「医者って大変なんだろうな。    特に女性だし。」 洋一「だと思うよ。    聡子さん、医者になるかどうかも迷ってるみたいだ。」 栄二「そうか・・・    タクシー呼んでやろうか?」 洋一「そうだね。    お願いするよ。」      栄二席を外す。      洋一は聡子を横に寝かせてやる。      栄二毛布を持って戻って来ると、聡子にかけてやる。 栄二「風邪ひくといけねえからな。」 洋一「吉田君って気が利くなあ。」 栄二「お前の方が気が利かないだけだ。    それに目のやり場に困るだろうが。」 洋一「同じ家に住んでるから、全然気にしたことなかったよ。」 栄二「お前、ホントに羨ましいやつだな・・・    よし、タクシーが来るまで少し飲むぞ。」 洋一「友達と飲んでるんじゃないの?」 栄二「気のおけない連中だから別にいい。    たまにはお前とも話してみたいしな。」 洋一「ここが君のお父さんの店だとは知らなかったよ。    将来は跡を継ぐつもり?」 栄二「馬鹿言え。    こんな小汚い居酒屋の大将なんかで人生を終える気はねえよ。」 洋一「じゃあ、吉田君は将来どうするの?」 栄二「まだ決まっちゃいないけど・・・    親父を見てたら、ああいう風には成りたくないんだよね。    夜の仕事だから生活は不規則だし、休みは少ないし、かと言ってそんなに儲かってるわけでもない。    それにお袋には頭が上がらないし。」 洋一「それは関係ないんじゃないの?」 栄二「そうだけどな。    洋一はいいよな、戦場カメラマンっていう目標があって。」 洋一「それだって父さんの跡を継ぐようなもんだし。」 栄二「だけど、俺は跡を継ぎたくないんだから、お前とは違う。」 洋一「ふうん。    でも吉田君は、困ったら居酒屋を継げばいいんでしょう?」 栄二「みんなそう言うんだよな。    だけど、俺にとっちゃどうせ将来は跡を継ぐんだってのが一番のプレッシャーなんだよ。    いっそ遠くの大学まで行って、そこで就職しちまえば良かったかも知れない。」 洋一「人それぞれ悩みはあるんだね。」 栄二「当たり前だ・・・    そろそろ、タクシーが来る頃かな。」 洋一「あの、勘定なんだけど、聡子さんが払ってくれる予定だったんで・・・」 栄二「何だお前、お金持ってないのか?・・・    今日はいいよ、出世払いってことにしといてやる。」 洋一「そういうわけにはいかないだろう?」 栄二「気にするな。    将来必ず払ってもらうからさ。」 洋一「ありがとう、吉田君。    あの、聡子さんを運ぶの手伝ってくれない?」 栄二「おやすい御用だ。」      洋一と栄二、聡子を立たせ、両側から肩を貸して歩かせる。      退場すると入れ替わりに居酒屋店員登場して小テーブルを片づける。            校門付近で洋一と聡子話している 聡子「今日はありがとうね。    百合ちゃんのお見舞い。」 洋一「凄い偶然ですね。    聡子さんが担当医になるなんて。」 聡子「ところで、吉田君元気かしら?」 洋一「殺しても死ぬようなやつじゃないですよ。」 聡子「彼にもお見舞いに来るように言っといてくれない?    百合ちゃんも会いたがってるみたいだから。」 洋一「もしかしたら知らないのかもしれません。    いい加減なやつですから。」 聡子「百合ちゃん、きっと寂しいと思うのよ。    身寄りの人もいないしね。」 洋一「わかりました。    吉田君に声を掛けておきますよ。」       2人退場。      慶早大校門付近で洋一が栄二と話している 栄二「何だ一体、改まって。    厄介な話は勘弁してくれよ。」 洋一「島尾さんが入院したってこと、知ってるよね。」 栄二「ああ。」 洋一「一緒にお見舞いに行かない?」 栄二「お前1人で行ってやれよ。」 洋一「だって、君の彼女だし。」 栄二「いいんだ・・・    もう、百合に会う気はない。」 洋一「どうして。」 栄二「そもそも何回か会ってデートしただけで、特別なことは何もなかったんだ。」 洋一「でもそれじゃ・・・    まるで彼女の病気のことを知って別れたみたいじゃない。」 栄二「そう思われても仕方ないな。」 洋一「そんな・・・    それじゃ、あんまりだよ。」 栄二「さっきも言っただろう。    別に深い関係でも何でもなかったんだ。    知らない男がノコノコ会いに行っちゃ、家族の人も嫌だろう。」 洋一「島尾さん、家族なんかいないそうだよ。」 栄二「何だって?」 洋一「両親とは死に別れて兄弟もなくて、親の遺産を親戚に管理してもらって、それでずっと施設暮らしって話だ。」 栄二「なあ洋一。    お前何で又そんなに百合のこと詳しいんだ?」 洋一「聡子さんから島尾さんが入院したことを教えてもらって、この間のこともあるからお見舞いに行って来たんだ。    君も誘えば良かったなと思って。」 栄二「そういうことか。」 洋一「島尾さん、君に会いたがっていたよ。」 栄二「さっきも言っただろう。    俺、もう百合には会いに行かない方がいいと思っている。」 洋一「どうしてだい。」 栄二「コンサートの後、百合を送って行っただろう?    あの時、俺見てしまったんだ。」 洋一「何を?」 栄二「百合がカツラを外して、髪の毛が生えていないところ。    それから痛み止めの注射の跡であざだらけの二の腕だ・・・(間)・・・    そして、病気のことを、告白された。」 洋一「彼女は君のことが好きだから、君なら信頼出来ると思ったんじゃないの。」 栄二「そうだろうな。    だけど、俺はその信頼に応えることは出来ない。    弱虫とでもひきょう物とでも呼べばいいさ。」 洋一「吉田君・・・」 栄二「俺、百合のことが好きだ・・・(間)・・・    でも駄目なんだ。    彼女の毛のない頭を見せられた時、俺の足は情けないほどガクガクふるえが止まらなかった。」      間。      2人は視線を反らし足元を見て固まっている。 栄二「洋一。    お前、百合の病気のこと、どこまでわかってるんだ?」 洋一「大体のところは聡子さんに聞いたよ。    聡子さんが担当医になったらしいから。」 栄二「百合が高2までずっと入院していたのは知ってるな?」 洋一「ああ。」 栄二「そこで一度退院した。    その理由はわかってるか?」 洋一「ある程度状態が良くなったからじゃないの?」 栄二「それは・・・(間)・・・    違う。」 洋一「えっ?」 栄二「違うんだよ。    良くなったんなら、そのまま入院を続けて完治をめざしているはずだ。」 洋一「よくわからないよ。」 栄二「もう完全に治す見込みがなくなったから、少しでも普通の生活をさせてもらうために退院していただけなんだ。    そう百合は言った。    だけどもうすぐ病院に戻らなければいけないって、俺に病気のことを教えてくれたんだよ。」 洋一「それじゃあこの入院は・・・」 栄二「最期ってことだ・・・(間)・・・いわゆる末期ガンで、もう治すわけじゃなく、少しでも苦痛を和らげて人間らしい生活を送ることが、これからの彼女の目標だ。」 洋一「・・・だったら、なおさら彼女に会いに行ってあげなきゃ。    見舞いに来るくらいのことが、出来ないのかい?」 栄二「怖いんだよ。」 洋一「怖い?」 栄二「百合はこれからどんどん死に向かって病気が悪化していく。    点滴に繋がれて、ベッドを離れられくなって、そして・・・(間)・・・    他人には見せたくない状態が来るんだよ。    俺はどこかで耐えられなくなって・・・    それが怖いんだ。」 洋一「彼女のことが好きなんだろう?」 栄二「ああ。    それに百合も俺に好意を持ってくれてると思う。    だからこそ、怖いんだよ。    百合に会いに行って、気を持たせて、でもどこかで百合のことを見捨てる時が来る。    そしたら百合をとてつもなく傷つけてしまうことになる・・・    今ならその傷は最小限ですむんだ。」 洋一「そんなの、やってみなくちゃわからないだろう。」 栄二「お前、これまでに自分の身近な人をガンで亡くしたことがあるか?」 洋一「あるよ。    母さんはガンだった。」 栄二「そうか。    俺はおじいちゃんがガンだった。    小学校の低学年だったよ。    俺、小さい頃はおじいちゃん子でさ、可愛がってもらったんだからって、親に最期まで見舞いに行かされた。    俺そういうのわかってたから我慢してたんだけど、本当はもう怖くて逃げ出したくてたまらなかった。」 洋一「そんなにひどい状態だったのかい?」 栄二「ひどいなんてもんじゃない・・・    あれ以来ガンと聞いただけで、もう駄目なんだ・・・」 洋一「吉田君・・・」      栄二、その場にしゃがみ込んでしまう。 栄二「情けねえよな。    今だって、もうこのザマだ。    足がふるえて立ってることも出来ねえ。」 洋一「それ、冗談じゃないよね。」 栄二「こんなつまらない冗談はねえよ・・・    なあ洋一、頼みがある。」 洋一「何だい?」 栄二「俺の替わりに百合の見舞いに行ってやってくれ。」 洋一「君の替わりにはなれないよ。」 栄二「じゃあ、何でもいい。    お前は逃げないでくれ、俺みたいに。」 洋一「島尾さんに、君の気持ち、伝えておくよ。」 栄二「よしてくれ。    惨めになるだけだ。」 洋一「だけど・・・」 栄二「俺のことは絶対口にするな。    彼女のことを思うんだったらな。」 洋一「わかったよ。」 栄二「へっ、夕陽が目に染みるぜ・・・」       病室である。      ベッドには百合がいる。      聡子が洋一を連れて入ってくる。 聡子「(点滴のチューブを確認しながら)百合ちゃん。    相談があるんだけど。」 百合「はい。    何でしょうか。」 聡子「洋一に百合ちゃんの付き添いをさせたいのよ。    もちろん昼間だけね。」 百合「あ、あの、そんな・・・    申し訳ないです。    それに、洋一さん、大学の授業出なくてもいいんですか?」 洋一「大丈夫だよ。    もともと出てないからね。」 聡子「威張って言うことじゃないでしょ!(手に持ったバインダーで洋一の頭を強打する)    あ、百合ちゃん。    遠慮しないでいいから洋一を使ってやって。    うっとうしかったら買い物でもさせりゃいいし、邪魔だったらそう言って。」 百合「邪魔だなんて、そんな・・・」 聡子「洋一。」 洋一「は、はい、何でしょう。」 聡子「変なことしたら、私が承知しないよ。    オムコに行けなくするからね。」 洋一「もちろんですよ。」 聡子「百合ちゃんも、嫌なことがあったら私に言ってね。    それから身の危険を感じたらすぐにナースコールで。」 百合「はい。    でも、洋一さんなら大丈夫だと思います。」 聡子「洋一。    百合ちゃんに安全牌だと思われてるみたいね。」 百合「えっ!    そういう意味じゃないですよ。」      聡子出て行く。      洋一は椅子に座る。 百合「いいんですか、本当にずっと居てもらって。」 洋一「島尾さんが嫌でなければ。」 百合「下の名前で呼んでくれませんか。」 洋一「百合さん?」 百合「出来たらチャンづけがいいです。」 洋一「百合ちゃん・・・    何だか照れるな。」 百合「子供っぽいと思います?    チャンづけがいいなんて。」 洋一「え?」 百合「聡子さんにもそう呼んでくれるようにお願いしたんです。    もうずっと、そう呼ばれたこと、なかったんですけど。」 洋一「百合ちゃんって?」 百合「はい。    私両親がいた頃のこと、ほとんど覚えてないんです。    だけど、小さい頃そう呼ばれていた記憶があります。    だから、私、百合ちゃんって呼んでもらえると嬉しいんです。」      洋一「僕と、同じだね。」 百合「聡子さんから聞いてます。    洋一さんも御両親がいらっしゃらないって。」 洋一「でも、僕は母さんのことは良く覚えているよ。    中学まで生きてたから。」 百合「それから、聡子さんのお宅に引き取られたんですよね。」 洋一「そうだよ。」 百合「羨ましいです。    私、ずっと施設で暮らしてたんで。」 洋一「付き添ってくれるような人もいないの。」 百合「はい。    初めてです。    だから私、とても嬉しいです。」 洋一「良かった。」 百合「ところで、聡子さんと洋一さんって、お付き合いされてるんですか。」 洋一「な、何、急に。    とんでもない。」 百合「でも、凄く仲がいいじゃないですか。」 洋一「そう見える?」 百合「見えます。」 洋一「参ったな。    よく人から誤解されるんだけど、付き合ってるとか、そういうつもりは全然ないんだけど。」 百合「じゃあ、聡子さん他にお付き合いされてる男の人がいらっしゃるんですか?」 洋一「いないと思うよ。」 百合「聡子さんて、美人でスタイルもいいし、頭もいいし、素敵な人ですよね。」 洋一「うーん、そうかな。」 百合「男の人が放っておくはずないと思うんですけど。」 洋一「いや、でも本人にその気がなけりゃ、断るだろうし。」 百合「それは好きな男の人がいるからですよ。」 洋一「あの、何か変なこと考えてない?」 百合「洋一さんはその気じゃなくても・・・」 洋一「あり得ないよ!    大体、聡子さんと僕じゃ全然釣り合ってないでしょ、客観的に見て。」 百合「そう言われれば、そうですね。」 洋一「そう、アッサリ納得しないでも・・・」 百合「ごめんなさい。    私、嘘つくの苦手だから。」 洋一「全然フォローになってないんだけど。」      聡子手に花束を持って入ってくる。 聡子「これ、百合ちゃんの知り合いって人から預かって来たわ。    名前は言わないでって。」 百合「えー、誰だろう?    持って来てくれたらよかったのに。」 聡子「(百合に聴診器を当ててから)この部屋、家族の人以外原則として面会謝絶だからね・・・    ちょっと洋一。」 洋一「はい。    何でしょう。」 聡子「(紙を渡しながら)それ付き添いの人用だから、読んどいて。」 洋一「一体、何ですか。」 聡子「百合ちゃんの日課表よ。」 洋一「7時から朝食、食後30分以内に体温測定・・・    結構細かいですね。」 聡子「基本的にはナースがやるんだけど、あんたに出来ることや手伝えることがあったら、やってあげてね。    ここの病院、人手不足だから。    じゃあね。」      聡子出て行く。 洋一「聡子さん、忙しそうだね。」 百合「はい。    私みたいな患者抱えたら大変だろうと思います。    これからどんどん手がかかるようになりますから。」 洋一「百合ちゃん。    これからは出来ることは僕がやるからね。」      その時、同じ病棟の患者(恵)がマンガ雑誌の山を抱えて入ってくる。  恵「あのー、すみません。」 百合「はい。    あっ、恵ちゃんじゃなーい。」  恵「私今度退院することになりました。」 百合「おめでとう。    良かった良かった。」  恵「ありがとうー。」 百合「あ、洋一さん。    あれ受け取ってもらえますか?」 洋一「はい。」  恵「すいません。」      恵、洋一に雑誌の山を渡す。      洋一は雑誌の山を抱えてベッドのそばまで運ぶ。 百合「恵ちゃんがいなくなると、寂しくなるわね。」  恵「百合さんも早く退院出来るといいですね。」 百合「これでレディコミ同好会も解散かあ・・・」 洋一「レディコミ同好会?」 百合「わあ、恵ちゃん、ありがとうー。    こんなにいっぱい。」  恵「えへへ。    百合さんにあげようと思って、持って来ました。」 洋一「百合ちゃん、レディコミなんか読むの?」 百合「結構好きなんですよ。    恵ちゃんとは仲良くさせてもらってて、趣味が同じだから盛り上がっちゃって。」 洋一「それでレディコミ同好会か。    意外だなあ。」 百合「あー、洋一さん、レディコミに偏見持ってるでしょ?」  恵「嫌らしー。」 洋一「ちょっと待ってよ。    僕何も言ってないけど。」  恵「顔を見たらわかりますよ。」 恵百「ねーっ。」 洋一「何のこと?    わけわかんないなあ。」 百合「洋一さん、レディコミって、エッチな内容だとか、中年のオバサンが読む雑誌だとかいう偏見を持ってるでしょ?」 洋一「そんなこと思ってないよ!」  恵「ムキになって否定する所を見ると、図星ですね。」 洋一「おいおい。    参ったな・・・」 百合「恵ちゃんと私の趣味はそういうのじゃないんですから。    (雑誌の表紙を1冊ずつ調べている)わあ、何だかワクワクするなあ。」  恵「あの、お兄さんも読んでみてください。    誤解が解けますよ。」 洋一「ふうん。    (1冊取り上げて)なになに・・・    秋の恐怖サスペンス特集?」 百合「ホラー系は嫌いですか?」 洋一「どちらかと言えば好きじゃないけど・・・    呪いの館〜黒魔術で姑を呪い殺そう・・・    恐怖の学校〜気に入らない同級生をイジメ殺す7つの方法・・・    黒い巨塔〜大病院に巣くう秘密結社の死の儀式・・・    うーん、あまり趣味じゃないな。」 百合「タイトル読んでたら、笑えません?」 洋一「でも表紙からして絵が気持ち悪くて、ちょっと読む気しないよ。」      恵、いつの間にか洋一に近付いている。      雑誌に付いているいくつかの付箋を示して  恵「あの、ここがお勧めの絵の所なんで、見てください。    特にこれが最高です。」 洋一「いや、いい。    嫌な予感がするから・・・」 百合「もしかして、洋一さんって怖がりですか?」 洋一「そんな事ないよ。」  恵「じゃあ見てください。」 洋一「しょうがないなあ。」      洋一、しばらく絵を見て何の絵か理解すると、雑誌を放り出して床に倒れ込む。 洋一「うわーっ!」  恵「ね、凄いでしょ。」 洋一「これ、凄過ぎるよ・・・」 百合「私にも見せて。」      恵、洋一の放り出した雑誌を拾ってユリに渡す。  恵「ここの所です。」 百合「どれどれ・・・    キャー、凄い凄い。」  恵「私的にはこの絵が二重丸です。」 百合「さすが恵ちゃん・・・    あれ、洋一さん?」 洋一「ちょっと、トイレに・・・」 百合「逃げないでください。」 洋一「わかったよ。」  恵「そんなに怖いですか、これ?(ページを開いて、ヨウイチに見せる)」 洋一「うわあっ!    か、勘弁してくれよ、もう・・・」 百合「男の人って、そういうのダメな人多いですよねえ。」  恵「そうそう。    私のお父さんも怖がりだから、いい絵があったら寝起きに見せていじめてあげるんです。    これがもう面白くって。」 洋一「それはやめようよ。    お父さんが可哀相過ぎる。」 百合「洋一さん。    腐った死体にウジ虫とか、苦手ですか?」 洋一「好きな人はいないだろう?」  恵「えー?    私そういうの好きですよ。    ヌルヌルした系統のやつ。」 洋一「ひょっとして、この沢山付いてる付箋って、全部そういう系統?」  恵「はい。    まあ定番ですけど。」 洋一「処分しよう。(雑誌の山を運ぼうとする)」  恵「あーっ!」 百合「駄目です!    人の物勝手にとらないで。」 洋一「じゃあ、見えない所に隠しておこう。」 百合「もう、怖がりなんだから。」 洋一「生理的に受け付けないんだよ。」 百合「じゃあ、ホラー映画とかも嫌いですか。」 洋一「駄目だね。」 百合「私スプラッター系のホラームービーが大好きで、血がドバーッと滝みたいに流れる所見ると、キャー、素敵っ!てはしゃいじゃうんです。」  恵「あ、そういうのいいですよね。」 洋一「僕、血も苦手だな。」  恵「お兄さん、大丈夫ですか?    顔色が悪いですよ。」 洋一「こういう話はもうやめようよ。」  恵「そうですか・・・    嫌だ、もうこんな時間!」 百合「ごめんね、長話になっちゃって。」  恵「じゃ・・・    又来ます。」 洋一「来ないでいいよ。」 百合「じゃーね。」      恵出て行く。 百合「洋一さんって本当に怖がりなんですね。」 洋一「そうかな?    普通だと思うけど。」 百合「男の人ってそうなんでしょうか?」 洋一「そう言えば、女の人って子供を産むから男より血が平気なんだって聞いたことがあるよ。」 百合「子供を産むからですか・・・    私には関係ないですね。」 洋一「あ、ごめん。」 百合「いいですよ、気を使わなくても・・・    でも病気の治療で放射線を当てた時に、子供が産めなくなったのは結構ショックでした。」 洋一「百合ちゃん・・・」 百合「まだ中学生だったから、そんなに出産とか考えたことなかったんですけど、お医者さんが治療の前に細かく説明してくれて、凄く重大なことなんだって、だんだん伝わって来て・・・」 洋一「もう、この話はやめにしよう。」 百合「洋一さん。    私、乳房も片側取っちゃって、子宮も摘出してるんです。    こんな女の子って、もうまともな人間じゃないですよね。    そう思いますよね。」 洋一「そんなわけないじゃないか!」 百合「嘘つき・・・」      シルエットの中に百合と聡子がいる。      聡子、バインダーを見ながらベッド上の百合に話しかける。 聡子「CTで見る限り、腫瘍自体の大きさは変わってないわ。    だけど腫れがひどくて、それが目の神経を圧迫しているみたいなの。    このままでは、両目とも失明する危険があるわ。」      聡子、百合に眼帯をかけ、点滴のチューブを確認しながら 聡子「幸い白血球は二百まで回復してきたから、後は輸血して血小板が戻ったら、抗ガン剤の治療に入りましょう。」 百合「聡子さん。いつまで抗ガン剤の効果があるんですか?」 聡子「わからない・・・    ただ副作用で嘔吐と白血球の減少は避けられないわ・・・    百合ちゃん、つらいでしょうけど、諦めちゃ駄目よ。    可能性がある限り、頑張って治療しなきゃ。    いいわね、百合ちゃん。」 百合「はい。    わかりました・・・」      聡子が去ると照明元に戻る。           洋一、大人用紙おむつの大きな袋と買い物袋を持って入って来る。 洋一「いやあ、ライブリーのSサイズが切れてて、大人用紙おむつって品揃え悪いから、探すのも一苦労だったよ・・・    百合ちゃん!」      洋一、百合の眼帯に気付き、あわてて荷物を置くと百合のベッドへ急ぐ。 洋一「どうしたの、その目?」 百合「洋一さん、朝から右目がほとんど見えなくなりました。    そのうち左目も・・・」 洋一「腫瘍が・・・(間)・・・    目に来てるんだね。」 百合「あまり見ないでください・・・    それよりお父さんの写真集持って来てくれました?」 洋一「ああ。    (荷物の中から写真集を持って来る)これだよ。」 百合「(写真集をパラパラとめくりながら)へえ・・・    凄い写真がいっぱい・・・」 洋一「戦争の写真だからね。」 百合「あ、これ・・・」 洋一「この写真、いいだろう?    僕もこの写真を見て、父さんみたいなカメラマンになりたいと思うようになったんだ。」 百合「この女の子、死んでるんですか?」 洋一「周りに死体と人の骨が散らばってるから、死んで捨てられてるってことだよね。」 百合「でも、まるで生きてるみたい。    目がキレイ・・・」 洋一「父さん、死体の山の中から、まだ腐敗してなくてハゲタカやハイエナに喰われていないこの女の子を捜し出して写真を撮影したと思うんだ。    僕は、この死体置場みたいな所で一生懸命仕事をしている父さんを想像して、素直に凄いなって感動したんだ。」 百合「お父さんって、どういう人だったんですか?」 洋一「覚えてないんだ。    僕がまだ小さい時にどこか外国で地雷を踏んで死んだらしい。」 百合「立派な人なんですね、ヨウイチさんのお父さんって。」 洋一「いや、母さんに言わせればロクでもない父親だって。    家族を放っておいてから世界中を飛び回って滅多に帰って来ないし、最後は自分だけ先に死んでしまったって。    だから母さんは、父さんのような仕事だけはしちゃいけないって、いつも言ってたよ。」 百合「じゃあ、洋一さんがお父さんのような戦場カメラマンになりたいってことは・・・」 洋一「そう思うようになったのは、母さんが入院した頃だった。    心配かけられないし、母さんには一言もそんなことを言ったことはないよ。」 百合「洋一さんって凄い怖がりなのに、戦場カメラマンになって大丈夫なんですか?」 洋一「映画やマンガと現実は違うよ。    現実のものなら、僕はどんなグロテスクな物でも目を反らしたりはしない。    しっかりこの目で見てそれを写真に撮りたいと思うんだ。」 百合「さっきの死体なんかも大丈夫ですか?    ウジ虫がわいてましたよ。」 洋一「ウジ虫はやっぱり苦手だけど、それでも現実の物はどんなにグロテスクで悲惨に見えても、その中に『美しい』と思える何かがあるんだよ。    父さんの写真は全部そういう写真だし、カメラを通してそれを伝えるのが戦場カメラマンの仕事だと思うんだ。」 百合「へえ、凄いですね。    洋一さんって、そんな立派な志を持ってるんですね。」 洋一「カッコいいこと言ったけど、本当はカメラマンになれるかどうかさえ、わからないよ。    僕って、夢を行動に移す実行力や自信のないウジウジした人間だから。    まして世界中を飛び回る戦場カメラマンなんて・・・」 百合「なってください。    そして世界中を撮影して歩いてください。」 洋一「そんな勇気があればなあ・・・」 百合「大丈夫ですよ。    私応援してますから。」 洋一「百合ちゃん、ありがとう。    だけど・・・」 百合「これは私からのお願いです。    私、まだ1度も外国に行ったことがないんです。    だから私の替わりに世界中を見て来てください。」 洋一「百合ちゃんの替わりにかい?」 百合「外国旅行どころか・・・(間)・・・    私もうすぐ両目が見えなくなると思うんです。」      洋一「百合ちゃん・・・」 百合「だから、私、洋一さんの目になりたい。    私が死んだら、私の目を連れて私が行ったこともないいろんな所に行って、私の目に見せてください。    私、あなたの目になりたいんです。」 洋一「・・・わかったよ。」 百合「だから、夢を諦めないでください。」 洋一「そうだよね。    百合ちゃんがこんなに応援してくれているのに、僕の方が頑張らないなんて・・・    あり得ないよね。」 百合「約束してくれますか?」 洋一「わかった、約束するよ。    僕、必ず、君の目を連れて世界中を旅して写真を撮ってくるよ。    本当にありがとう、百合ちゃん。」 百合「そんな改まってありがとうだなんて、恥ずかしいじゃないですか。」 洋一「いや、何だか目を覚まされたみたいな気がするよ。」      百合、激しくせき込む。 洋一「百合ちゃん!    看護婦を呼ぼうか?」 百合「待ってください・・・    大丈夫ですから。」 洋一「いや、でも・・・」 百合「洋一さん。    私死ぬまでにやってみたいことがあるんです。    洋一さんにお願いしてもいいですか。」 洋一「もちろん、僕に出来ることなら、何でも協力してあげるよ。」   百合「1つは聡子さんに言って欲しいんですけど。」 洋一「直接言えないこと?」 百合「せっかく精一杯治療してくれているのに申し訳ないんですけど、抗ガン剤の治療をもうやめて欲しいと伝えてください。」 洋一「え、そんなことしたら・・・」 百合「はい。    今抑えられてるガンの進行が早まって、死ぬのも早くなると思います。」 洋一「じゃ、どうして・・・」 百合「抗ガン剤を使うと白血球が減るから、私この部屋を出られません。    車イスでいいからもう1度外へ出てみたいんです。    洋一さん、車イスを押してくれませんか?」 洋一「わかったよ。    百合ちゃんがそれを望むんなら。」 百合「お願いします。    そして調子が良かったら、病院の外へも連れていってくれませんか、洋一さんと一緒に。」 洋一「それって・・・    デートのお誘いなのかな?」 百合「末期ガンの女の子とデートなんて、嫌ですか?」 洋一「とんでもない、喜んで。」      百合再びせき込む。 洋一「百合ちゃん!」 百合「待って!・・・    もう一つお願いがあるんです。」 洋一「何でもいいよ、言ってみて。」 百合「・・・(間)・・・やっぱり、いいです。」 洋一「どうしたの?    遠慮しなくていいんだよ。」 百合「洋一さんにお願いしても仕方ないことですから。」 洋一「どうして?    言ってみなくちゃわからないだろう。」      間 百合「じゃあ、聞くだけでいいですから、聞いてくれますか?」 洋一「そんなに言いにくいことなの?」 百合「・・・はい。    でも、言います。    栄二さんに会って話をしたいんです。」 洋一「吉田君に?」 百合「栄二さん、どうして私に会いに来てくれないんですか?    洋一さん、何か知りませんか?」 洋一「・・・いや、何も知らないよ。」 百合「私、栄二さんのこと好きでした・・・(間)・・・    いえ、今でもたぶん・・・」 洋一「百合ちゃん。」 百合「私、病院を退院してから、誰とも仲良く出来ませんでした。    高校の時は、みんな私の病気のこと知ってたから、変に気を使ってくれて・・・    そんなのって、本当の友達じゃないですよね。」 洋一「そんな考え方は、悲し過ぎるよ。」 百合「・・・やっぱり私の気持ちなんか、誰にも分かってもらえませんね。」 洋一「ごめん。    もう余計なことは言わないから。」 百合「大学に入って、知らない人ばかりになって、栄二さんが初めて私に声を掛けてくれました。    男の人と付き合ったことなんかなかったし、私すぐに栄二さんのことが好きになりました。    この人ならと思って、病気のことも言ってしまったんです。」 洋一「百合ちゃんは間違っていないよ。    吉田君はいいやつだ。」 百合「じゃあ、どうして会いに来てくれないんですか!」      間 百合「やっぱり、もうすぐ死んじゃう末期ガンの女の子なんかと、付き合ってくれる男の人、いるわけないですよね・・・(泣く)・・・    もう一度、栄二さんと会いたい・・・」 洋一「百合ちゃん、そんなに吉田君のこと・・・」      間 百合「つまらない話を聞いてくれて、ありがとうございました。」 洋一「ごめん・・・    僕には、何も出来ない。」 百合「洋一さん・・・    もういいですから、そんなに暗くならないでください・・・    そうだ、昨日の続き聞かせてくれませんか。」 洋一「え、続きって?」 百合「ホラー特集ですよ。」 洋一「・・・わかった。    それじゃ、行くよ。    ホラー特集、第2弾。    邪悪の十字架。」 百合「邪悪の十字架?」 洋一「そう。    邪悪の十字架。」      ホリが真っ赤な血色に染まり、照明COと同時に、キャーッという女の悲鳴 洋一「男は町の外れをよろよろと歩いていた。    今にも倒れそうな不安定な足取り。    血走った目で、目指すのは町外れの怪し気な金物屋。    しかし、ようやくたどり着いたその店には、開店10時の看板が。    男は呟く。    『じゃ、開くの、十時か。』」      照明元に戻る。 洋一「面白くなかった?」 百合「え?    何だったんですか。」 洋一「だから、店が開いてなくて、10時開店だから、じゃ、あくの、じゅうじか。」 百合「じゃ、あくの、じゅうじか?    じゃ、あくの・・・    わかりました!    うわあ、おもしろ―い!」 洋一「無理に面白がってくれなくてもいいんだけど。」      花束を持った聡子入って来る。 洋一「ホラー特集、次のお題は・・・    猿の惑星!」 聡子「洋一、又アホなネタ考えて来たの?    はい、これ。(百合の顔の近くに置く)」 百合「とてもキレイ・・・    いつも一体、誰からだろう?」 洋一「聡子さん、アホとは何ですか。    せっかく百合ちゃんを楽しませようと日夜努力してるのに。」 聡子「アホはアホよ。    じゃあ、アメリカの首都を言ってごらんなさい。」 洋一「ニューヨーク。」 聡子「ほらね。    百合ちゃん、アホがうつるから、あまり取り合わない方がいいわよ。」 百合「あ、でも、洋一さんって、おかしいです。」 聡子「つまり、ネタはつまらないっていうことね。」 百合「そんな!    一生懸命なのに悪いですよ、笑ってあげないと。」 洋一「うう・・・    最後のこのネタは凄いから、聡子さんも聞いてください。」 聡子「はいはい。」      ホリが不気味な濃緑色に変わり、照明COと同時に大量のサルがキーキー騒ぐ音が 洋一「猿の惑星。    悪の科学者山下教授は、ついにヒトとサルの混合生物を作り出すことに成功した。    今夜もまた、犠牲者となる若い女性とメスザルが1つのカプセルの中に閉じ込められた。    その時鼻の曲がるような強烈な異臭に女性は涙を流して苦しんだ。    サルがオナラをしたのだ。    『サルのは、くせえ』猿の惑星!」      照明元に戻ると 大きなオナラの音が数回連続で聞こえる。 聡子「洋一。    いくらネタが下らないからって、人前でオナラされても笑えないんだけど。    百合ちゃんの顔も引きつってるじゃない。」 洋一「あ、あの、僕じゃ・・・」 百合「・・・もう嫌です・・・    私、もう嫌・・・」 洋一「百合ちゃん。」 百合「これで終わりにしてください。    もう来ないで・・・」 洋一「どうして?」 百合「私、洋一さんのこと、好きです。    だから・・・(間)・・・    これ以上見られたくない。」 洋一「オナラなんか誰だってうっかり出てしまうことがあるさ。    気にすることないよ」 百合「私、オナラもオシッコも、もう自分じゃ止められない。    垂れ流しよ。    右目が潰れて、今度は左目に来るわ。    それに口の奥の方に嫌な感触がある。    これって腫瘍が下りて来てるのよ。    そうなったら、喉も潰れてしゃべれなくなるんでしょう?    そうでしょ、聡子さん。」 聡子「残念だけど、そうなるかも知れないわね。」 百合「私、怖い。    自分がどうなってしまうのか、怖いの。    洋一さん、もうこれ以上見ないで。」 聡子「(洋一の肩に手を置いて)洋一。    百合ちゃんの気持ちわかってあげて。」 洋一「(聡子の手を払いのけ)嫌だ。    僕だって百合ちゃんのことが好きだ。」 百合「だったらお願い。    私を、キレイだった時の思い出のままにして。」 洋一「キレイって何だ?    見た目のこと?    違うよ。    たとえどんな外見でも、心で見れば、キレイに見えるんだよ。」 百合「口では何とでも言えるわ。    洋一さん、恰好のいいこと言ってるけど、本当は私が可哀相なだけなんでしょ。    だから、もう来ないでいいって言われて内心ホッとしてるんじゃないの?」 洋一「違うよ!」 百合「違わない。    どうせあなたも栄二さんと同じなんでしょ!    あんなに好きだったのに・・・    私もう誰も信じられない!」 洋一「そうか・・・    じゃ、信じてくれなくてもいい。    今から僕の言うことを良く聞いてくれ。」 百合「もう、いいから、出てってよ。」 洋一「僕は中学の時に母さんを失った。    母さんはちょうど今の君と同じような末期ガンで、腫瘍で顔が潰れ、目も見えず、口も利けず、耳も聞こえなくなっていった。」 聡子「洋一、やめなさい。    百合ちゃんを怖がらせるだけじゃないの。」 洋一「やめないよ。    聡子さんに言われても、もうやめるわけにはいかないんだ。」 聡子「洋一・・・」 洋一「顔中が腫瘍にやられて、最期には・・・    だけど僕が真っ赤に腫れ上がったほっぺたにキスすると、母さんはニッコリと笑ってくれた・・・(間)・・・    それは確かに僕の大好きだった、優しくてキレイな母さんだったよ。」 百合「それはお母さんだったからよ!」 洋一「そうかも知れない。    血の繋がった母親だったから、そう思ったのかも知れない。    だけど・・・(間)・・・    僕は知っている。    心で見れば、どんなひどい外見でもキレイに見えるんだ。」 百合「・・・信じていいの?    洋一さんのこと・・・」 洋一「約束するよ。    僕は絶対に君から目を反らしたりしない。    母さんの最期に僕は立ち会うことが許されなかった。    まだ中学生だった僕がショックを受けないように、僕がいない時に酸素呼吸器を外して母さんは殺されたんだ・・・(間)・・・    僕はもう二度とあんな思いはしたくない。    大切な人を、最期まで見守っていてあげたいんだ。」 百合「洋一さん・・・」 洋一「それに、君と車イスでデートする約束もしたじゃないか。    目が見えなくなっても僕が押してあげれば一緒に動くことが出来る。    そうだろう、百合ちゃん。」 百合「はい。」      シルエットの中に百合と聡子がいる。      聡子、百合の点滴の袋をチェックしながら 聡子「百合ちゃん、痛みはどのくらい?    指で5段階で教えてちょうだい・・・    わかったわ、すぐに痛み止めを入れましょう。」      聡子、点滴を操作すると、百合に近付き顔にマスクのような物を着けてやる。 聡子「百合ちゃん、よく頑張ったわね・・・    だけど、もう我慢しなくていいのよ。    もう頑張らなくていい。    のどが乾いたらジュースを飲んで、痛くなったら痛み止めを入れればいいの。    遠慮しないで、教えてね。」      聡子去る。      ベッド上の百合は左目を残して、顔のほとんどが覆い隠されている。      百合の両目の視力はなく、しゃべる事も出来ない。      百合は手の動きと筆談で洋一に意志を伝える。      1人の男が花束を手に遠慮しがちに現れるが、近寄ろうとはしない。      栄二である。 洋一「吉田君!」 栄二「今頃、何しに来たんだと思ってるだろう?」 洋一「吉田君、百合ちゃんを見てやってよ・・・    お願いだよ・・・    百合ちゃん!    吉田君が来てくれたよ。    君に会いに来てくれたんだよ・・・    え?    何か書いてくれるのかい?(筆記道具を百合に持たせる)」      百合ゆっくりと何か書いている。      栄二足がすくんで動けないが、百合の様子をじっと見ている。 洋一「あ・り・が・と・う・・・    百合ちゃん!」      そこまで書いた百合は筆記用具を取り落として意識不明の状態に 洋一「駄目だ・・・    さっきまで意識があったのに・・・」      栄二泣き崩れると、床を拳で殴って自分の不甲斐なさを嘆く。      そこへ聡子急いで入ってくる。 聡子「吉田君!」      聡子、栄二を抱きかかえるようにして部屋の外へ連れ出す。 聡子「彼、毎日病院に来ては花束を置いて帰ってたのよ。」 洋一「じゃ、じゃあ、どうして・・・」 聡子「百合ちゃんに会いに来なかったのかって?    1つは、洋一、あんたに対する遠慮でしょうね。」 洋一「馬鹿な・・・    百合ちゃんは最後までずっと吉田君のことが好きだったんだ。」 聡子「吉田君を責めちゃ駄目よ。    彼真っ青になって今にも吐きそうだったわ。    おじいさんのがんでよっぽどひどいショックを受けたんでしょうね。」 洋一「わかってます・・・    聡子さん。    さっきから百合ちゃんの意識が戻らないんですが。」 聡子「(百合を診察して)・・・眠っているだけよ。異常はないわ。」 洋一「そうですか。」 聡子「洋一。    近いうちに、百合ちゃんの命が尽きる時が来る。    ドクターの指示では、状況次第で心臓マッサージや酸素呼吸器によって延命を図るということよ。」 洋一「延命はしない筈だったんでは?」 聡子「研修医にそんなことを決める権限はないわ。」 洋一「百合ちゃん自身が延命しないでくれと言ってたじゃないですか。」  聡子「医者の使命は患者を生かすことじゃないの?    患者の意志だからって、延命しないのはそれに反することになるわ。」 洋一「聡子さん・・・」 聡子「抗ガン剤をやめたのも百合ちゃんの命を縮めたわ。    私、今とんでもないことをしようとしているんじゃないかしら?」 洋一「ただいたずらに生きているだけでは、人間の尊厳を守ることにはならない。    聡子さんがそう言ったんですよ。」 聡子「私、怖いのよ。    今、足がふるえてるわ。    本当の医者になって、こういう患者さんに出会った時、私適切な判断が下せるのかしら?」 洋一「医者が迷ったら、患者は誰に頼ったらいいんですか?」 聡子「だから、怖いんじゃないの・・・」    15年後に戻る  洋一「結局、延命はしなかったんですよね。」 聡子「ええ。    彼女の意志はドクターにも伝えられてたし、私と洋一の意見も尊重してもらってね・・」 洋一「あれで良かったと思いますよ。」 聡子「患者の意志を尊重する医療を許してもらって、私医者になる決意を固めたわ。    ドクターに無断でやって、後で大目玉くらったこともあったけどね。」 洋一「聡子さんらしい話ですね。」      その時、男が料理と酒を盆に載せて入って来る。      15年後の栄二である。 栄二「へいらっしゃい!」 洋一「吉田君じゃないか。」 栄二「洋一、どっかで人質にでもなってねえか、心配してたんだぞ。」 洋一「吉田君、そう言えば15年前ここの勘定をツケにしてなかったっけ?」 栄二「そんな事もあったな。    だけど、いいよ。    戦場カメラマンなんて儲かる仕事じゃないんだろう?」 洋一「よく知ってるね。」 栄二「うちの親父が、お前の親父のことよく知ってて、戦場カメラマンなんかなるもんじゃない、居酒屋の方がまだましだって言ってたからな。」 洋一「ははは。    それは言えてるよ。」 栄二「俺、いろんな仕事やってみたけど・・・    結局この店を継ぐことにしたんだ。」 洋一「なかなか似合ってるよ。」 栄二「よしてくれ・・・    それとこの間結婚したばかりでな。」 聡子「それはおめでとうございます。」 洋一「おめでとう。    年貢の納め時ってやつだね。」 栄二「お前もいい加減落ち着いて結婚しろよ。」 洋一「考えておくよ。」 栄二「それではごゆっくり。」      栄二出て行く。 洋一「そうか、吉田君は結婚して店を継いだのか。」 聡子「私も結婚してるのよ。」 洋一「そうですか、やっぱり・・・」 聡子「もう10年前にね。    子供だっているのよ。    小学生の男の子が2人。    これがもうやんちゃでね・・」 洋一「医者の仕事と両立するのは大変でしょう?」 聡子「ダンナに仕事やめて主夫やってもらってるから・・・    洋一、すぐ出発するの?    今晩うちに泊まっていかない?」 洋一「申し訳ありませんが、これから寝台で成田に行かないと。    明日の便でアフガンの取材に出発するんです。」 聡子「へえ、ホントに世界中を飛び回ってるのね。」 洋一「はい。    僕、百合ちゃんと約束したんです。    百合ちゃんを連れて世界中を旅して、写真を撮って来るってね。」 聡子「そうか・・・    今の洋一があるのは百合ちゃんのおかげってわけね。」 洋一「残された僕たちが頑張って生きなければ、百合ちゃんに顔向け出来ませんからね。」 聡子「私も、百合ちゃんから教えてもらったことを胸に、医者として頑張って行くわ。」 洋一「聡子さん。    百合ちゃんのために乾杯しましょう。」 聡子「(乾杯しながら)洋一。    気を付けてね。    勝手に外国で死んだりしちゃ駄目よ。」 洋一「聡子さんも・・・    お幸せに。」      〜おしまい〜