熊ノ井えれじい〜夜霧に消えたジョニー  中島清志 作 ☆登場人物  熊田洋子(老女ー芸名オードリー)  熊野春美(老女ー芸名ジュリア)  熊崎好恵(老女ー芸名キャサリン)  鹿川哲哉(青年)      オレンジ色に染まった薄暗い小学校の帰り道。      学芸会についておしゃべりしている仲良し3人組。 洋子「好恵ちゃんはええなあ。」 好恵「そんなことないよ。」 春美「主役やもんな。」 洋子「春美ちゃんかて役があるやろ。」 春美「役言うても馬の足やで。 ホンマ好かんわ、あのセンセ。」 好恵「馬の足かて大切な役や、言うて熊沢センセ言うてはったよ。」 洋子「出れるだけええやないの。    うちなんか、ナレーションやで。」 春美「その方がよっぽどカッコええわ。」 好恵「あれは一番頭のええ子がやるんよ。」 洋子「ウチ勉強なんか出来んでも、お芝居に出たかったな。」 春美「何やったっけ?    オード・・・」 洋子「オードリー・ヘップバーン。」 春美「そう、そのヘバーンや。    洋子ちゃん、めざしとるんやもんな。」 好恵「なれるよ、きっと。    洋子ちゃんやったら。」 洋子「学芸会でも役もらえへんのに。」 春美「ホンマ好恵ちゃんはええなあ。    それにー。」 洋子「そうそう。」 好恵「な、何よ。    その言い方。」 春美「相手役は熊本君やし。」 好恵「それがどうかしたの?    関係あらへん。」 春美「おっと、照れとる、照れとる」 好恵「もう知らん!」 洋子「好恵ちゃん、どこ行くのー。」 春美「好恵ちゃーん。」 洋子「(笑いながら)帰ろっか。」 好恵が上手、春美と洋子が下手に消えると、まぶしいまでの陽光が射し込み、そこは50年以上たった熊ノ井老人集会所の1室である。 なぜか石原裕次郎の「夜霧よ今夜もありがとう」が流れている。 小さな長机と古びた戸棚があり、床の間にはハリボテの熊(ジョニー)が置いてある。 ジョニーは人目がないと動く不思議な熊で、今も音楽に合わせて変な踊りを踊っている。 すっかり老人になった春美と洋子がやって来るとジョニーは動かなくなる 春美「今日は暑いな。」 洋子「ホンマやね。」 春美「あら、好恵ちゃんは?」 洋子「もう来とるはずやがの。    好恵ちゃーん。」 好恵「おるよー。」 奥から好恵が出て来る。 奥には簡単な台所やトイレがある。 春美「何や、オシッコか。」 好恵「嫌やわ、恥ずかしい。」 春美「ちゃんと手えあろうたか?」 好恵「そんなん、忘れるはずあらへんよ。」 春美「おお、ジョニー、元気やったか?」 春美、ジョニーの顔をなでているが 春美「しもた!    わてもさっきトイレ行ったとき、手え洗わへんかったかも知れん。」 洋子「あんたまでボケ始めとるんと違うか?」 春美「手え洗うて来るわ。」 洋子「困ったもんやな。(ジョニーの顔をハンカチで拭く)」 好恵「うち、トイレ・・・」 洋子「好恵ちゃん?」 好恵「いや、何でも・・・」 洋子「この頃具合はどうね?」 好恵「まあぼちぼちやね。    別にいのちに別はあらへんしな。」 洋子「そらそうやがな。」 春美「いや、やっぱり手は洗うたな。」 洋子「何や、手洗うて来たんと違うんか?」 春美「間違いなく洗うたもんを、もっかい洗うわけにはいかん。」 好恵「春美ちゃんらしい理屈やね。」 洋子「はいはい。    それじゃ早いとこ本読みやりまっせ。」 洋子、複写して来たらしい脚本を配る。 春美「夜霧に消えたジョニー。    相変わらずワンパターンのタイトルやな。」 好恵「ええやないの。    素敵なタイトルやわあ。」 春美「で、わてがジョニーでええんやな。」 洋子「そら、この熊はしゃべれへんからな。    そんで好恵ちゃんはいつも通りのキャサリンや。」 春美「よっしゃ、行こ。」 洋子「昼下がりの銀行。    怪しげな格好をしたジョニーは、受付嬢のキャサリンに名前を呼ばれる。」 好恵「熊野さーん。」 春美「はいよー。」 洋子「春美ちゃん、あかんで。」 春美「はあ?」 洋子「そこはセリフないやろ?」 春美「いや何か返事せんのは無礼かのうと。」 好恵「つまらんこと気にする銀行強盗やね。」 洋子「それにジョニーは、はいよー、とは言わんで。    そらあんた、そこら辺のオバンや。」 春美「そこら辺のオバンで悪かったな。    そんじゃまあ、イエッサー!ちゅうのはどやろ?」 洋子「あんたなあ、そこで余計なこと言わんといてくれんか?    ジョニーは無口でシブイ男なんやで。」 春美「へえへえ、そういうもんでっか。」 好恵「役になり切らな、あかんよ。」 洋子「じゃ、もっかい同じとこ行くでー。    昼下がりの銀行。    怪しげな格好をしたジョニーは、受付嬢のキャサリンに名前を呼ばれる。」 好恵「熊野さーん。」 春美「(顔をしかめてこらえている)・・・」 洋子「春美ちゃん、我慢や。    我慢するんやで・・・    ジョニーは無言で窓口にやって来ると、懐から拳銃を出した。」 春美「手を上げろー。    金を出せー。」 洋子「はい、キャサリン手え上げて。    ジョニーも拳銃出すフリしてしゃべりい。」 春美「手を上げろー。    金を出せー」 洋子「ジョニー。    男の哀愁出してくれへんか?」 春美「手を上げろー。」 洋子「あんな、なんでそない間延びすんのや。    もっとビシッと強盗らしゅう出来んか?」 春美「やっぱわてには男の役は無理でっせ。」 洋子「今さら何言うてんねん。    あんたがやる言うたんやろ、ジョニーの役。」 春美「わては情熱の女ジュリアが適役やさかい。」 洋子「ジュリアでもジョニーでも似たような名前やがな。」 春美「無茶言いよるな。」 好恵「洋子ちゃん、もう手下ろしてもええかね?    うちゃあ手が疲れたわ。」 洋子「かまへんで。    あんたも状況見たらわかるやろに。」 好恵「うち、洋子ちゃんと違うてアホやさかい。    それにこの頃ボケとるし・・・」 春美「お互い若い頃のようにはいかんで。」 洋子「はあ・・・」  好恵「疲れましたな。」 春美「お茶にせえへんか?    わてが入れて来るさかい。」 好恵「すんませんのう。」 洋子「どうせ春美ちゃんは、魂胆があるんやろ。」 春美「へえへえ、洋子ちゃんは何でもお見通しやな。」 洋子「何もなければ、あんたが自分から動くわけがない。」 好恵「相変わらず洋子ちゃんは春美ちゃんにはきついの。」 洋子「あれくらいでちょうどええねん。」 春美「好恵ちゃーん。    あんた湯わかしとったんかー?」 好恵「すまんなー。    すっかり忘れとったわー。」 洋子「好恵ちゃん。    あんた・・・」 好恵「うちホンマは全然覚えとらへん。    湯なんかわかしたかねえ?」 洋子「ごめんな。    うちも気を付けとらな、あかんかったのにな。」 好恵「やめてよ。    何で洋子ちゃんが謝るん?」 春美がお盆の上に湯飲み2つ、缶ビール1本、菓子折1つを載せて戻って来る。 春美「火事になるとこやで。    電動ポットにしとるんやから、湯はわかさんでええんやに。」 好恵「すまんなあ。    どうもここ来ると湯をわかすのがくせになっとるみたいで・・・」 春美「いや、いっつもあんたにはねまかしとったわてらもいけんのやがな・・・    それから、この菓子折もあんたのやろ?」    好恵「そうや。それも忘れとったわ。」 春美「そうやろ思て、茶と一緒に持って来たで。」 洋子「春美ちゃん、ちゃっかりしとるな。」 好恵「珍しやろ?」 春美「もみじまんじゅうでっか?」 洋子「うちらに気い使わんでもええのに。」 春美「菓子ならまだ買い置きがあるはずや。」 好恵「孫息子が戻って来ての。    土産や言うて。」 洋子「春美ちゃん。    昼間っから飲むんね?」 春美「はあ先は長うないんやさかい、好きなもん食べて飲まにゃ損でっせ。」 好恵「そうやねえ。    人間死ぬときゃ呆気ないもんやからね。」 春美「そやろ?」 老女たちお茶やビールを飲み、まんじゅうをつまみながら 洋子「お孫さん言うて?」 好恵「ああ。    ケンジの方よね。」 春美「広島へ出とられてんかいな?」 好恵「いやいや広島へ出とるのはカズシや。    ケンジは大阪やわ。    ありゃ?    どっちでしたかの、洋子ちゃん?」 洋子「もみじまんじゅうは広島やろな。」 春美「洋子ちゃんとこはどうやったかいな?」 洋子「うちとこは女の子ばかりやさかいな。    一番上のが高校生やし、皆熊ノ井におりますで。」 好恵「春美ちゃんとこもお孫さんがこっちにおって、ええね。」 春美「龍太郎やで?    あがなボンクラおってもらわんでええがな。」 好恵「そら贅沢言うもんよ。    男の子はたいていよそに出て帰って来えへんのに。」 洋子「そうそう。    うちとこは本家やさかい、男の子が欲しいんやけどな。」 春美「ムコ養子もらやあ、ええやろ。あんたとこは、山持っとってんやさかい・・・」 洋子「熊が出るような山ん中に来てくれる物好きは、なかなかおらへんからなあ。」 春美「それにあんたとこのサキちゃんはごっつう別嬪さんやからな。    あんたとちごうて。」 洋子「余計なお世話や。」 好恵「お互いうまくいかんもんやね。」 春美「まあ年寄りが気を揉んでもしょうがないがの。」 洋子「そらそやな。」 好恵と洋子は茶をすすり、春美は缶ビールを豪快にあおる 春美「ぷはあ。」  好恵「年々さびしゅうなりますの。」 洋子「若い衆は皆出てくからの。」 好恵「そやから春美ちゃんとこの龍太郎君はええんよね。」 春美「そうは言うても、悪さばっかりする子やさかいな・・・」 好恵「はあ落ちついとってんでしょう?役場に勤めとられるんやし。」 春美「高校も出とらんのに・・・    まあ、ここだけの話やけど、うちのお父ちゃん役場には多少顔が利くさかい、かなり無理お願いしてなあ・・・   (指で輪を作って見せる)」 洋子「多かれ少なかれ皆やっとることやからな。」 好恵「それにそろそろ生まれてんでしょう?    春美ちゃん、初ひ孫やないの。」 春美「それやがな。    全く結婚もせんこうにはらませよって、えらい恥さらしや。    先方さんの親も怒鳴り込んで来よってな・・・」 洋子「ちゃんと責任とったんやから、立派なもんや。」 好恵「若いんやから、いろいろあるよね。    おかげで熊ノ井に残ってくれるんやしね。」 洋子「まあ龍太郎も、子供が出来りゃあそうそう悪さも出来んやろうしな。」 春美「そうならええんですがの。」 好恵「ジョニーさんかて、昔は悪かったやないね。」 春美「まあなあ。」 洋子「今やから言うけど、うちゃあ、昔ジョニーさんに、その、されたことがあってな。」 春美「あんたも急に凄いこと言わはるな。」 好恵「洋子ちゃん、何されたって?」 洋子「何をて・・・    キッスやがな。    言わさんといて、こっぱずかしい。」 春美「あんたが勝手に言い出したんやがな・・・    何やキッスかいな、つまらん。」 洋子「何やと思たねん?」 春美「そらあれに決まっとろうが。」 洋子「恥ずかしいこと言うオバンやな、年甲斐もない。」 春美「何やて!」 好恵「まあまあ。    うち、あんたらが何でけんかしとるんか、ようわからん。」 洋子「けんかやおまへんで。」 春美「まあ、コミミケーションちゅうやつやな。」 洋子「それを言うならコミュニケーションやろ。    耳がこまいんか、このドアホ!」 春美「ツバ飛ばさんといてくれるか?    入れ歯がくさいからな。」 好恵「まああんたらホンマに仲がええな。」 洋子「それは違うで!」春美「それは違うで!」 好恵「息までピッタリやがな。」 皆笑っている 春美「何の話やったかな?」 好恵「洋子ちゃんが、ジョニーさんにキッスされた話や。」 春美「そやったな。」 好恵「せやけど、うちもされた覚えがあるわあ。」 洋子「あんたもか?    まあ、ジョニーさん、熊ノ井の種馬と言われとったからなあ・・・」 春美「わては何もされた覚えがないがの。」 洋子「ジョニーさんは面食いやったからな。」 春美「どういう意味や!」 好恵「洋子ちゃん、ジョニーさんは面食いやないよ。あんたにも手え出したんやろ。」 洋子「あんたも意外ときついこと言うな・・・」 春美「わてだけ仲間外れかいな。    何ぞおもろないな。」 洋子「春美ちゃんは、はように結婚しとったからよね。」 好恵「そうやね。    なんぼジョニーさんでも、人妻じゃあ・・・    ありゃ?」 春美「どないした?」 好恵「うちゃあ、あの時結婚しとったような・・・」 春美「それはないで。    さすがに。」 洋子「好恵ちゃんは、この頃よう物を忘れてやさかい・・・」 好恵「ジョニーさん・・・    ええ男やったねえ・・・」 洋子「年を重ねるたびに渋味が増してなあ。」 春美「確かにこの頃じゃ渋過ぎてどくだみ茶並みになっとったな。」 好恵「もうああいう人は出んやろねえ。」 春美「せやから、わてにはジョニーさんの替わりは勤まらんと思うねん。」 洋子「ジョニーさんがおっちゃったらのう・・・」 好恵「ジョニーさんのおられん劇団熊ノ井じゃねえ・・・」 春美「ちょっとあんたら、何暗うなってんのや。    うちが悪いんか?」 好恵「ごめんな春美ちゃん。    せやないで。」 洋子「ジョニーさんの穴は大きい、思てな。」 春美「劇団熊ノ井のオードリーやキャサリンが、そないな弱気でどうすんねん。    わても、このジュリアも頑張ってジョニーさんの役を埋めるさかい、あんたらも踏ん張るんや。」   洋子「その通りや。    春美ちゃんも、まれにはええこと言うやないの。」 春美「まれは余計やで。」 好恵「ジョニーさんが安心して成仏出来るよう、この公演は成功させなあかんね。」 洋子「それじゃ腹もふくれたとこで、もう一踏ん張りといきますかの。」 好恵「うちゃあ、又手上げるんね?」 洋子「まあ無理はせん程度にな。」 春美「用意出来ましたで。」 洋子「じゃいくで。    昼下がりの銀行。    怪しげな格好をしたジョニーは受付嬢のキャサリンに名前を呼ばれる。」 春美「ああ、ちょっと待った。」 洋子「何やねん。」 春美「その怪しげな格好ちゅうのは、どがいな格好ね?」 洋子「今気にせんでもええがな。」 春美「そうは言うても気になるで。」 好恵「そうそう。    うちも気になるわ。」 洋子「そらやっぱ銀行強盗らしい格好やな。」 春美「強盗らしい格好て?」 洋子「顔知られへんように、あれかぶるとか。」 春美「あれて何やねん?」 洋子「せやから女のパンストとかや。」 好恵「そらおもろそうやね。」 春美「わては嫌やで。    それじゃジョニーはシブイ男やのうて、変態になってまうがな。」 好恵「うちはおもろい思うけどな。」 春美「人ごとやと思うとるな。」 洋子「春美ちゃん。    試しにかぶってみてくれへんか?    何なら私の貸したげるさかい。」 春美「いらん、て。」 好恵「うちのがええ?」 春美「そういう問題やない!」 洋子「春美ちゃんは遠慮しいやな。」 春美「とにかくあんたらのパンストかぶるんやったら、わてはこの役おろさせてもらうわ。」 好恵「さよか。」 洋子「残念やな。    かぶるんが嫌やったら、どないしょ?」 春美「グラサンがええと思うんやがな。」 好恵「うちもそう思ようったんよ。    ホレ、あの、何やったかいね、ジョニーさんがしとっちゃったんは・・・」 春美「ああ、あれや。    港の若大将ジョニーやろ。」 好恵「そうそう。    あん時のジョニーさんはカッコえかったさかいな。」 洋子「ジョニーの子守歌でもしとられたな。    そう言や確かこん中に・・・   (戸棚を調べる)おお、あったあった。」 好恵「ジョニーさんが置いとっちゃったんかね?」 洋子「そらま、あん歳でこのグラサンしとったらアブナイ爺さんやからな。    逮捕されかねんで。」 春美「パンストよりはましやと思うで。」 好恵「春美ちゃん、掛けてみはったら?」 洋子「・・・こらまた、ごっつう似合わへんなあ・・・」 春美「目の前が暗いで。」 好恵「そういうもんやさかい。」 洋子「外しとき。    本番だけでええわ。」 春美、サングラスを外すとハリボテの熊に掛ける。 熊はさりげなくポーズをとっている。 洋子「まだこっちの方が似合うとるな。」 春美「わてはハリボテ以下かいな。」 好恵「ええわあ。    さすがはジョニーやわ。」 春美「誰や、ハリボテの熊にまでジョニーと名前付けたんは?」 洋子「もうええか?    はよ次いきたいんやがな。」 春美「待ってえな。    ほかの衣装はどうなるんかいの。    わてはこげな服しか持っとらんで。」 洋子「さすがにアッパッパーじゃまずいで。    そら格好を気にせえへん小汚い婆さんの着る服や。」 春美「今度は小汚い婆さんか?    たいがいにしいや。」 洋子「こら口が滑ったの。」 好恵「まあうちら皆小汚い婆さんよね。」 春美「好恵ちゃんにそう言われたら仕方ないの。    まあ息子に何か借りて着ますわ。」 洋子「そうしい。」 好恵「うちの服はどうなるんね?」 洋子「キャサリンは制服やろ。」   好恵「制服、言うて・・・」 春美「高校を出たて、言う設定やから、セーラー服とかでもええんと違うか?」 好恵「ちょっと待ってな・・・    そう言やうちの孫娘に中学生がおったような・・・」 洋子「あんたとこは男の孫しかおらんがね。」 好恵「おお、そやった。    ありゃ娘でしたわ。」 春美「そら一体何十年前の話かいの。」 洋子「キャサリンの制服はな、うちとこの嫁が熊銀に勤めとるから借りたげるよ。」 好恵「洋子ちゃんとこの嫁は細かろう?    うち、服が入るかねえ?」 春美「そらパンストをかぶるくらい、きつそうやな。」 洋子「今衣装のことあれこれ言うたかてラチが開かんさかい、次行かしてんか?」 春美「どっからかいの?」 洋子「キャサリンがジョニーを呼ぶとこからや。」 春美「よっしゃ、行きましょかい。」 洋子「キャサリン。」 好恵「熊野さーん。」 春美「ほいほいー。」 洋子「あんたなあ・・・」 春美「わてのことは気にせんといてんか。」 洋子「しゃあないな。    次行くで。    ジョニーは無言で窓口にやって来ると、懐から拳銃を出した。」 春美「手を上げろ。    金を出せ。」 洋子「やっぱいまいち迫力が出まへんな。」 春美「そう言われてものう。」 好恵「春美ちゃんやったら、普段通りでええのと違う?」 洋子「そらあかん。    ジョニーがオバタリアンになってまうがな。」 春美「どないせえっちゅうねん。」 好恵「ホンマに拳銃でも出せば違うんでしょうがの。」 洋子「それや。」 好恵「へえ?」 洋子「小道具を使うて迫力を出すんや。」 春美「洋子ちゃん、拳銃なんぞ持っとるの?」 洋子「まさか。    うちとこやーさんやおまへんで。」 春美「似たようなもんやがな。」 洋子「何でやねん!。」 好恵「猟銃なら、うちとこあるよ。」 洋子「どこぞの世界に、猟銃かついで銀行強盗に行く間抜けがおるかいな。」 好恵「春美ちゃんなら、やってもおかしゅうないで。」 春美「あんなあ。    わてやのうてジョニーやで。」 洋子「とにかく強盗が猟銃かついどったらアホ丸出しや。    凶器は懐に隠し持たなあかん。」 春美「怪しまれんようにな。」  好恵「パンストかぶっとるのは、もっと怪しいよ。」 春美「パンストから離れんかい!」 洋子「第一猟銃は暴発でもしたら危のうてかなわん。    ここは刃物で行きまっせ。」 春美「刃物でっか?」 好恵「台所に何かあったよ。」 洋子「好恵ちゃん、持って来てくれへんか?」 好恵「はいよ。」 春美「これで少しは強盗らしゅうなるかの?」 洋子「そらま、あんた次第やな。」 春美「やったことないから、むつかしいで。」 洋子「当たり前やがな。」 好恵「こんなんしかありませんでしたで。」 春美「果物ナイフでっか?」 洋子「えらいさびついとるの。」 好恵「こらちょっと切れまへんな。」 春美「切れんでもええがな。    下手に切れたら懐に入れるのが怖い。」 好恵「春美ちゃん、ぶきっちょやからね。」 洋子「ちょっとやってみてえな。」 春美「こら凄いな、金属面が見えへん・・・    何とも辛気くさい強盗やで・・・」 洋子「キャサリン、ジョニーを呼ぶとこから。」 好恵「熊野さーん。」 春美「へえへえ、ここにおりまっせ。」 洋子「ジョニーは無言で窓口にやって来ると、懐から拳銃・・・    やなかった、ええと、刃物を出した。」 春美「手をあげろ!    金を出せ!」 洋子「だいぶサマになって来たやないか。    刃物を持つと違うな。」 春美「そらどうも。    うちでなれとるさかい。」 好恵「かわいそうやな、あんたとこのお父ちゃん・・・」 洋子「今度はキャサリンがあかんな。」 好恵「うち、ちゃんと手上げたよ。」 洋子「強盗やで。    それなりのリアクションせな。    キャーとか、アーレーとか。」 好恵「そら又恥ずかしいな。」 洋子「あんた、キャサリンは花も恥じらうはたち前の乙女やで。    キャーの1つくらい言えんでどないするんや。」 春美「役に成り切れ、言うたんは好恵ちゃんやで。」 好恵「わかった、やってみるわ。    あのギターを抱いた暴れん坊ジョニーの時みたいにすればええんやね。」 洋子「そうや。    それでこそ我が劇団の看板女優キャサリンやで。」 春美「ちょっとええでっか?」 洋子「今度は何や?」 春美「洋子ちゃんはどういう役ね?」 洋子「うちか?    うちはジョニーの恋人か、又は1人娘のオードリーですわ。」 春美「そらあんた欲張りや。    どっちかにせな。」 好恵「そういう問題やおまへんで。」 洋子「当分出てけえへんから、おいおいどっちかに決めさせてもらいますわ。    どっちにしても、ジョニーは最愛のオードリーのために、やむにやまれず銀行強盗してまうんや。」 好恵「何ぞ理由でもありますのか?」 洋子「知らんがな。    ジョニーに聞いてや。」 春美「そな無茶な・・・」 洋子「役づくりはキャストに任しとるんやから。」 春美「恋人か娘かくらい、決めてえな。」 洋子「どっちがええ?    うちが恋人なるんと、娘になるんと。」 春美「どっちも嫌や。」 好恵「ねえうちは?    キャサリンはジョニーとどういう関係やの?」 洋子「そらあんた、行きずりの関係や。」 好恵「行きずり・・・    ええ言葉やね・・・」 春美「何を想像たくましゅうしてんねん。    あんたはたまたまジョニーの押し入った銀行の受付嬢言うだけで、ジョニーとは赤の他人や。」 好恵「そんなんつまらへんわ。    行きずりの関係になってえな。」 春美「どういう関係やねん。」 好恵「オードリーと三角関係っちゅうのはどうね?」 洋子「ちょっと待って!    そらいくらなんでも話がまとまらんわ。」 好恵「一目惚れした、言うことでええやないの。」 洋子「強盗に入ってか?」 春美「第一あんたに一目惚れはせえへん。    わてかて選ぶ権利がある。」 好恵「ホンマにうちに惚れんでもええんよ。」 春美「気色悪いこと言わんといて。」 洋子「まあ、それもおいおい考えますよってに。    人数少ないと話考えるのも一苦労なんや。」 春美「やっぱりジョニーさんの穴は大きいなあ・・・。」 好恵「何でコロッと逝っちゃったんかねえ。    あないピンピンしとられとったのに・・・」 哲哉「ごめんくださーい。」 春美「はあい。」 洋子「珍しなあ。    老人集会所に何の用やろ?」 好恵「うちが出て来るわ。」 好恵が部屋を出ようとすると、若い男が入って来る。 鹿川哲哉である。 哲哉「ごめんください。」 好恵「はい。」 哲哉「あの、こちらには今皆さんだけですか?」 好恵「ほうですな。」 哲哉「て、て、手を上げろ!」 洋子「こらホンマもんやで。」 好恵「え、嘘や。」 春美「兄ちゃん、何手に持ってんねん?」 哲哉「え?    包丁ですけど。」 春美「聞いたか?    やっぱ本物やで。」 好恵「えっと・・・」 洋子「兄ちゃん、そこの婆さんな、ボケかけとるさかい、もっぺん言うた方がええで。」 哲哉「えっ?」 春美「手を上げろ、やろ。    兄ちゃんもボケとるんか?」 哲哉「すいません、手を上げてもらえませんか。」 洋子「キャサリン!」 好恵「キャーッ!    わ、わ、私には将来を誓い合ったお人が・・・    アーレー!    お、お、お許しを・・・」 春美「好恵ちゃん。    強盗はんが困っとられるで。」 哲哉「強盗?」 洋子「皆さん。    ちゃんと手え上げとらんと刺されまっせ。    なあ、強盗はん?」 哲哉「あ、あの、僕強盗じゃありませんので、手下げてもらって構いませんよ。」 春美「何や兄ちゃん。    強盗と違うんか。」 洋子「おかしい思たで。    ここは老人集会所やさかい。」 春美「強盗にしてはへなちょこやしな。」 哲哉「ど、どうもお騒がせしました。」 好恵「何やもう帰ってんか?」 洋子「待ちんさい。」 哲哉「あ、いえ・・・」 洋子「待ちんさい、言うとるやろ。    まあ、そこに座りいな。」 哲哉「僕、用事が・・・」 洋子「ちょっと、帰さんといてや。」 春美と好恵、哲哉を無理矢理座らせる。 洋子「兄ちゃん、あんた見えすいたウソついたらあかんで。」 哲哉「すいません。」 春美「ええ若い衆が昼日中に何さらしとんねん?」 好恵「何ぞわけありなんと違いますか?」 哲哉「あ、いえ、さっきのはただの冗談です。」 洋子「ウソついたらあかん、言うたやろ!」 哲哉「すいません。」 洋子「あんたちょっとええか?    覚悟して聞きいや。」 哲哉「な、何でしょうか?」 洋子「言いづらいことなんやが、ここで会うたのも何かの縁や。    手遅れにならんうちに教えたげるさかいにな。    心の準備はええか?    兄ちゃん。」 哲哉「え?いや、あの・・・」 春美「また始まったの・・・」 好恵「しーっ・・・」 洋子「外野はうるさいで!    兄ちゃん、あんた死後の霊魂とか信じる方でっか?」 哲哉「・・・どちらかと言えば、はい。」 洋子「あんたが入って来たとき、すぐ気づいたんやがな、あんた今とてつもない邪悪なオーラに包ま   れとりまんな。」 哲哉「え?」 洋子「あんたヤバイで。    ホレ、そっちの肩の上におるのがわからんか?」 哲哉「な、何ですか、一体?・・・」 洋子「あんた見えへんのやな?」 春美「兄ちゃん。    冗談や思たらあかんで。    この人見えるんやさかいな。」 洋子「角生やして黄土色した不細工な鬼みたいのが、歯剥き出して笑うとる。    こりゃ邪鬼やな。」 哲哉「じゃ、邪鬼ですか?」 洋子「地獄の悪霊の一種や・・・」 哲哉「(肩をはたきながら)ぼ、僕、どうしたらええんでしょうか?」 洋子「無駄やで兄ちゃん。    下手にあがくと噛みつかれんで。    そしたら生気をゴッソリ抜かれるな・・・    」 哲哉「何とかならないんでしょうか・・・」 春美「何とかしたりいな。    兄ちゃん、丸うなって震えとるで。」 洋子「兄ちゃん、ジョークやがな、ジョーク。    まあそこに座りい。    情けないやっちゃな。」 好恵「お兄さん。    今気付けにお茶でも出したるさかいな。」 春美「それにしてもえらい間に迫った演技やったな。」 洋子「恐山のイタコを演ったのはダテではおまへんで。」 春美「なんちゅうても、あんたの顔が怖い。」 洋子「そらホメとんのか、けなしとんのか、どっちやねん。」 春美「細木和子も真っ青やな。    さすがはオードリーや。」 哲哉「オードリー?」 洋子「芸名やがな。」 哲哉「はあ・・・」 春美「何や兄ちゃん、知らへんのか?    劇団熊ノ井のオードリーさんを。」 哲哉「すいません。」 春美「あんた、熊ノ井におってわてらを知らんとは、モグリちゃうか?」 好恵「まあまあ。(哲哉にお茶を出す)。」 哲哉「あ、どうも。」 好恵「若い人やさかい、知らんこともあろうて。」 春美「劇団熊ノ井は、毎年盆と正月に公民館で芝居をうっとんねんで。    はあ50年はやっとるんと違うかの?」 洋子「そらいくらなんでもオーバーや。    うちら40になってから始めたんやで。    あんたは90の婆さんか?」 好恵「それにしては元気やね。」 洋子「まだ30年たってへんわ。    再来年やで30周年は。」 春美「ほうか。    大昔からやっとる気になっとったで。」 好恵「30年言やあ、このお兄さんにすれば大昔よね。なあ。」 哲哉「・・・まだ生まれてません。」 春美「さよか。    1回くらい見に来たことあらへんか?」 哲哉「子供の頃見たような気もします。」 春美「頼むで兄ちゃん。    しっかりせえや。」 哲哉「すいません。」 春美「こちらが座長のオードリーさんや。」 洋子「よろしゅうにな。    あ、いかん、へえこいてもうたわ。」 好恵「洋子ちゃん。    お客さんの前で失礼やで。」 洋子「オードリーがへえこいて、ヘップバーンやな。」 春美「おもろないで。」 洋子「ほんで、この口の悪いオバンがジュリアや。」 春美「覚えてな、兄ちゃん。」 哲哉「はあ・・・」 春美「覚えんと、どつかれんで!」 好恵「まあまあ。    お兄さん怖がらせてどないすんの。」 洋子「で、この人が劇団熊ノ井の看板女優、キャサリンや。」 好恵「よろしくね。」 春美「ババアがブリッコしてどないする。    兄ちゃん引いとるやないか。」 洋子「あと、この熊がジョニーや。」 春美「グラサン外したれや。」 洋子「ホンマはジョニーさんいうトップスターがおったんやが。」 春美「正月公演の後モチをノドに詰まらせてもうて。」 好恵「ええ男やったんよ。    裕次郎みたいな。」 春美「ほうか?    どっちか言うとバーブ佐竹に似とったで。」 好恵「ちょっと。    まぜっかえさんといて。」 洋子「バーブ佐竹はわからんと思うで。」 春美「好恵ちゃんはジョニーさんにホの字やったさかいな。」 好恵「お客さんの前で何言うとんの、もう。    うち、お菓子でも持って来るわ。」 洋子「キャサリンはババアになっても恥じらいが残っとるな。」 春美「平気でへえこくようになったらおしまいやで。」 洋子「余計なお世話や・・・    好恵ちゃーん、そっちにゃ菓子はないでー。」 好恵「冷蔵庫に入れとった思うたがね。」 洋子「好恵ちゃんはホンマに忘れっぽいのう。    菓子はその戸棚の中やで。」 好恵「そやったな。」 春美「兄ちゃん。    あんたお茶よりビールの方がええやろ?」 洋子「あんたが飲みたいだけと違うか?」 好恵「こらええヨウカンが残っとるよ。」 洋子「そりゃジョニーさんが去年四国の巡礼の土産に持って来ちゃったやつやろ?    大丈夫かいね?」 好恵「知らんけど、うちあっちで切って来るわ。」 春美「お兄ちゃーん。    アサヒとキリンとどっちがええねー?」 哲哉「いや、あの・・・」 春美「ハッキリ言わんと、どつかれんでー!」 哲哉「キリンでお願いしまーす。」 台所への入り口で春美と好恵はち合わせ 好恵「そう言や切るもんがいるね。    春美ちゃん、さっきのナイフ貸してよ。」 春美「あのナイフは切れんからな・・・    そうや、兄ちゃん、さっきの刃物貸してみ。」 哲哉「あ、はい。」 春美「こら立派な包丁やないか。」 好恵「これなら切れそうやね。」 春美「兄ちゃん、ありがとな・・・    ほい、ラガーやで。」 哲哉「ありがとうございます。」 春美「遠慮したらあかんで。    わても飲むんやさかいな。」 洋子「ジュリアはホンマ男並みやな。」 春美「頑張って役作りしよるんやないの。」 洋子「よう言うわ。」 好恵、まな板の上にヨウカンをのせて持って来る。 好恵「あかんわ。    こら固うて切れへん。」 洋子「そないに固いか?」 好恵「うちには無理やわ。」 春美「兄ちゃん、あんた男やろ?    切ってえな。」 哲哉「は、はい・・・    な、何か岩みたいに固いですね。」 洋子「兄ちゃんにも無理か?」 哲哉「いやちょっとずつ切れてはいるんですが・・・」 春美「ええい、まだるっこしいな。    兄ちゃん、ちょっと貸してみい。」 春美、気合を入れると次々にヨウカンを切る 洋子「さすがは怪力ジュリアやね。」 好恵「せやけど、こんな固いの食べれへんよ。」 春美「そうやな。    こらもうヨウカンとは言えん。」 好恵「岩おこしみたいやな。」 春美「弾力まである分、始末に負えんで。」 洋子「せっかく、ジョニーさんの土産やのにな。」 好恵「そや。    うち向こうで水にかしてくるわ。    やらこうなるかも知れへんやろ。」 春美「そこまでせえでも・・・」 洋子「そうやね。    明日には食べれるかもな。」 春美「兄ちゃん、ごめんな。    つまみものうて。」 哲哉「つまみだなんて・・・」 春美「何ぞほかに菓子はなかったかの・・・(戸棚を調べて)    ・・・お、食いかけの塩せんべがあるで。」 洋子「そらいつのかいな。」 春美「好恵ちゃんのこと笑われへんな。    かいもく思い出されへん。」 洋子「うちもや・・・    ほい、兄ちゃん。    つまみやで。」 哲哉「あ、あの、大丈夫なんでしょうか?」 春美「男がこまいこと気にするもんやないで。」 3人、せんべいをかじってみるが 哲哉「うーん。」 洋子「かなりシケとるな。」 春美「これ塩せんべやろ?    何や甘いで。」 好恵「あ、それ食べたらあかん。」 春美「何やて?」 好恵「ほら、底の方カビいっとるやろ?」 洋子「はよ、言わな。    みな食べてまうとこやったで。」 春美「アホ。    食うてもうたやないか・・・    こうなったら、兄ちゃん、あんたも1枚くらい全部食べなあかん。」 洋子「どういう理屈やねん。」 春美「わてのせんべが食えんとは言わせへんで。」 春美、哲哉が食べかけで持っていたせんべいの残りを、口に無理矢理押し込む 洋子「相変わらず無茶すんな、春美ちゃんは。」 春美「わてだけカビせんべ食わされるんはシャクやさかいな。」 洋子「兄ちゃん、大丈夫か?    目から涙出とるで。」 春美「好恵ちゃん。    カビとったら捨ててえな。」 好恵「ごめんなあ。    今急に思い出したんよ。」 洋子「ヨウカン、かして来てくれた?」 好恵「それなんやけど、よう見たらカビとったわ。」 春美「ヨウカンもかいな。」 好恵「全部ビッシリカビとって、かえってわからへんかったんやわ。」 春美「白い小豆か思とったで。    あれ全部カビやったんかいな。」 洋子「そう言や、菓子を探さんでも、もみじまんじゅうがあったやないの。」 春美「わてら皆ボケボケやな。」 洋子「ほい、兄ちゃん。    これはさっき開けたばかりやから大丈夫やで。」 春美「兄ちゃん、カンパイや。    カンパーイ。」 好恵「ところで、お兄さん、何の用でしたかの?」 春美「好恵ちゃんは忘れっぽうてあかんな・・・    はて、何やったかいな?」 洋子「2人ともしっかりしいや。    えーと・・・」 哲哉「あ、それじゃ、これで・・・」 洋子「待ちんさい!」 哲哉「勘弁してくださいよ。」 春美「手をあげろ!    言う通りにせえへんと、ホンマに刺したるで。」 洋子「春美ちゃん、大分強盗らしくドスが効いて来たやないか。」 春美「凶器はこちらの手にあるんを忘れたらあかんで。」 好恵「まあ、そないにイジメたらお兄さんがかわいそうやわ。」 洋子「あんた、どうせヒマなんやろ?」 哲哉「は、はい・・・」 洋子「せやったら、もうちっとうちらの相手しい。」 哲哉「わかりました。」 春美「初めから素直にしとればええんや。」 洋子「思い出したわ。    兄ちゃん、何かワケありなんやろ?    悩みでもあるんやったら言うてみい。    ウチらが聞いたげるさかい。」 春美「ホンマのこと言わな、生きて帰さへんで!」 好恵「包丁は置かな。    お兄さん、ホンマにビビっとるよ。」 春美「しょうがないのう。」 洋子「なあ、兄ちゃん。    何でウチらに強盗みたいなマネしかけて来たんや?」 春美「事としだいによっちゃ・・・」 好恵「春美ちゃんは黙っといてよ。」 春美「へいへい。」 洋子「なあ兄ちゃん、言うてみ。    ウチらで構へんのやったら、相談に乗るで。」 好恵「何せ人生経験だけは腐るほどあるからね。」 哲哉「あの・・・こんな事言っていいのかどうか・・・」 洋子「何でも構わんよ。    少々の事では驚いたりせえへんから。」 好恵「皆、棺桶に片足突っ込んだお婆ちゃんばかりやし。」 哲哉「実は・・・人質になって欲しかったんです。」 洋子「人質やて?」 春美「そら物騒な話やな。    怖いなー。    オシッコちびってまいそうやで。」 洋子「あんたが言うても、わざとらしいがな。」 哲哉「どうもすいませんでした!」 洋子「謝りゃすむ問題とは違うで。」 春美「事と次第によっちゃ・・・」 好恵「春美ちゃん!」 春美「何でわてが言うたらアカンのや。    悪者扱いかいな。」 洋子「まあまあ。    兄ちゃん、ちゃんと説明してくれな、ウチら納得出来へんな。」 好恵「そうやで。    あないな事やって、ほな、さいなら、ではあんまりや。」 哲哉「わかりました。    実は僕、人質をとって立てこもろうかと・・・」 洋子「立てこもりやて?」 春美「そら何か、ワクワクするんと違うか?」 好恵「連合赤軍みたいにか、お兄さん?」 哲哉「連合赤軍?。」 春美「兄ちゃん、知らへんのか?」 洋子「たぶん、兄ちゃんまだ生まれてへんで。」 春美「浅間山荘事件言うてな。    テレビで何日も実況放送したさかい、ワテらかじり着いて見とったで。」 好恵「か弱い女の人、人質にとって、最後は機動隊が突入して、鉄球で山小屋壊してな・・・」 洋子「好恵ちゃん、あんた、そないな昔の話よう覚えとるな。」 好恵「しょうもないことは覚えてるのよ。    そしたら、うちらが人質になるんね?    こら芝居どころやないね。    うちら悲劇のヒロインやないの・・・」 春美「しもた!    化粧しとくんやったな。」 洋子「ちょっとあんたら席外しとってくれへんか?    人が多いと兄ちゃんも話しづらそうや。」 好恵「春美ちゃん。    台所へでもフケとく?」 春美「そやな。    洋子ちゃん、兄ちゃん逃がしたらアカンで。」 洋子「・・・さてと。    ウルサイのが行ったところで、もう話せるやろ?」 哲哉「は、はい、すみません。    実は・・・」 わずかに暗転。 奥(台所)から春美と好恵の低い呻き声のような悲鳴が聞こえる。 洋子「・・・おもろい話やないか。    なったるで、人質くらい。」 哲哉「いや、でも、ホントもういいですから。」 洋子「もうええよー。」 春美「あんたら話が長いで。」 好恵「こっちは大変やったんよ。」 春美「そうそう。」 洋子「何や。    さっきヒキガエルみたいな声がしたけど、何かあったんか?」 好恵「ヒキガエルどころやないんよ。    さっきのカビヨウカン、水にかしたままやったやろ?」 春美「そしたら、妙に柔らこうなってしもうてな。」 好恵「ひょっと見たら、中からこまい虫がぎょうさん出て来よって。」 春美「エイリアンかと思うたで。」 洋子「そらあんま見たくはないな。」 好恵「ホンマよ。    ウチ、まだ鳥肌立ってんねん。」 洋子「誰や、あのヨウカン食べかけで置いとったんは?」 春美「そらどうせ、あんたやがな。」 好恵「洋子ちゃん、食い意地が張ってるさかい。」 洋子「好恵ちゃん。    あないな物、水にかして食べよう、いう貧乏臭い根性が間違っとんのやで。」 好恵「洋子ちゃんかて、明日には食べれる、言うたやないの。」 春美「まあ、ヨウカンの話はこれくらいにして、聞かせてもらおやないか、兄ちゃんの話。」 洋子「それや。    うちら今からこの兄ちゃんの人質になったろ、思うんや。」 好恵「ホンマに?」 洋子「別に危ないことはないから。」 春美「そら、この兄ちゃんやからな・・・」 好恵「せやけど、どういう事情なん?」 洋子「それがな、どうもちょっと皆に知られるのは恥ずかしい理由なんや。    ここは一つ、芝居やと思うて協力してくれへんか?」 春美「おもろそうやないか。    ワテはのったで。」 好恵「ウチもええよ。    今度の芝居の稽古にもなりそうやないの。」 洋子「兄ちゃん、良かったな。    皆協力してくれるんやて。」 哲哉「あの、ホントに僕の身勝手な理由でこんな事を・・・」 洋子「やめんかい!    そら今から人質とって立てこもろうかいう男のセリフと違うで。    ウチら、今から兄ちゃんを立派に立てこもらせてあげるさかい、あんたも努力して立てこもりいや。」 春美「何かようわからへんな。」 好恵「ウチらは?」 洋子「ええか。    兄ちゃんが人質とって立てこもる凶悪犯になるから、あんたらはか弱い人質になったって。」 春美「そら、わてのキャラやないな。」 洋子「演技や演技。」 好恵「うち、わくわくするわあ。    ねえ、襲われたらどないしょ?」 春美「アホか。」 洋子「それじゃ始めるで。    兄ちゃん、包丁持って外に出えや。」 哲哉「え?    別にそんなことしなくても・・・」 洋子「あんたも努力せえ、言うたやろ。    まずは集会所に突入するとこから手順を踏まな。」 哲哉「いや、しかし・・・」 春美「四の五の抜かしとったらしばくで!    このボケ!」 哲哉「わかりました。」 春美「煮え切らん男やな。」 好恵「大丈夫なん?」 洋子「そこは腐っても男や。    何とかするやろ。」 哲哉「すいませーん。」 好恵「いらっしゃーい。」 春美「お待ちしとりましたで。」 洋子「こらこら。    不自然な応対したらあかんで。」 哲哉「あの、こちらには今皆さんだけですか?」 好恵「ほうですな。」 哲哉「て・て・て・手を上げろ!」 洋子「待った!    何でそないにどもるねん。」 哲哉「すいません。」 洋子「ここはビシッと渋く、手を上げろ!と一発で決めなあかんで。    何事も第一印象が肝心やさかいな。」 春美「ほうやで。    それと刃物の出し方がオドオドしとってアカン。」 哲哉「そうですか?」 春美「ちょっと、貸してみ・・・    こう腰を入れて、突きだして、手を上げろ!    こうや。」 洋子「あんたホンマに堂に入ったもんやな。」 春美「包丁なら任しとき。    ほい、兄ちゃん、やってみ。」 哲哉「手を上げろ!」 春美・好恵「キャーッ!」 洋子「こらこら、何で兄ちゃんそこで逃げんのや。」 春美「人がせっかくか弱い人質になっとんねんで。    性根据えて凶悪犯にならんか!    このドアホ!」 洋子「わかった。    やっぱジュリアはキャラ違いや。    ここはキャサリンだけで行こ。」 春美「頼むで、キャサリン。」 好恵「まかしといて。」 洋子「それじゃ兄ちゃん、もっぺん手を上げろ、からいくで。準備はええか?はい。」 哲哉「手を上げろ!」 好恵「キャーッ!    わ、わ、私には将来を誓い合った人が・・・    アーレー!    お、お、お許しをー・・・」 洋子「兄ちゃん、何ボーッと突っ立っとんねん?」 哲哉「ど、どうすれば・・・」 春美「アドリブきかさんかい!    このボケ!」 洋子「まあまあ。    素人さんやからな。」 春美「プロの立てこもりがおるんかい?」 好恵「あの、もう起きてもええかね?」 洋子「そやな。    あんま長う年寄りが転がっとったら、ポックリ逝ったみたいや。」 好恵「縁起でもない。」 洋子「せやから、演技はもうええから。」 春美「好恵ちゃんが言うたのは、演技やのうて縁起やで。」 洋子「わかっとるがな。    縁起が悪いんやろ?」 好恵「ウチの演技が悪いん?」 春美「好恵ちゃんの演技が悪いんやのうて、縁起が悪いんや。」 好恵「何や区別が付かへんな。」 洋子「縁起が悪いから、好恵ちゃんは演技せんでええ、言うことよ。」 春美「演技せな、芝居にならへんで。」 好恵「ウチ、演技は下手やけど、演技させてえな。」 春美「そもそも、縁起が悪いから演技すな、言うたら好恵ちゃんがかわいそやないか。」 好恵「ウチの演技が縁起が悪いん?」 洋子「待った!    頭が混乱して来たわ。    ゴチャゴチャ言わんといて。」 春美「そうや、兄ちゃん。」 哲哉「はい。」 春美「あんたは、どう思う?」 哲哉「急にふられても・・・」 春美「あんたがシャンとせんから、皆もめとるんやで。」 哲哉「はあ・・・」 洋子「ほうやで。    せっかく好恵ちゃんが体当たりの演技しとるのに、あんたがデクノボウみたいにボサッと突っ立っとるから、こういうことになるんや。」 好恵「まあまあ。    お兄さん責めたら、かわいそうやないの。」 春美「聞いたか、青年。    今からあんたに襲われようか言うキャサリンのこの言葉。    これでふるい立たんようでは男とは言えんで。」 哲哉「わかりました。    だけど、どうすればいいのか・・・」 洋子「ウチがすぐセリフ書いたるさかい、それ見てしゃべりい。」 哲哉「すみません。」 洋子「全く世話の焼ける立てこもりやな。」 春美「兄ちゃんが男になれるセリフ、頼んだで。」 洋子「男になれるセリフか・・・    まあ、こんなもんやな。    ほい、兄ちゃん。」 春美「男らしいセリフやろな?」 洋子「まあ、男らしいと言えば男らしいの・・・」 哲哉「こんなセリフ言うんですか、僕が。」 春美「ゴチャゴチャ抜かすな!言うとろう?」 洋子「頑張りや。    そのくらいのセリフが吐けんようでは、一人前の立てこもりとは言えん。」 哲哉「わかりました。」 好恵「お兄さん、一回で決めてえな。    うち、そろそろ眠うなって来たさかい。」 春美「年寄りは体力ないんやからな。」 洋子「ほな、手を上げろ、からいくで。    はい。」 哲哉「手を上げろ!」 春美「ほら、腰入れて。」 洋子「キャサリン!」 好恵「キャーッ!わ、わ、私には将来を誓いあった人が・・・アーレー!お、お、お許しを・・・」 哲哉「騒ぐと命はないぞ。」 春美「おっしゃ。    ええ感じやで。」 洋子「そこで兄ちゃん、キャサリンににじり寄って次のセリフや。」 哲哉「へっへっへ。    ねえちゃん、ええ体しとるやないか。」 好恵「近寄らないで!    舌を噛むわよ。」 哲哉「ええやないか、ねえちゃん。    減るもんでもあるまいし。」 洋子「はい、そこまでや。」 春美「ありゃまあ。」 哲哉「すいませんでした!」 春美「兄ちゃん、謝ることはいらんで。    えらいうまいやないか、今のセリフ。」 好恵「何かホンマにゾゾゾッて、鳥肌立ったよ。」 春美「ヨウカンのエイリアンにも負けてへんで。」 洋子「兄ちゃん。    あんた使い物にならんか思とったけど、これならいけそうやで。」 哲哉「そうですか!」 洋子「そうや。    あんた変態路線なら立派に役が勤まるで。」 哲哉「ありがとうございます。」 春美「兄ちゃん。あんまほめられてへんと思うで。」 洋子「手始めにパンストでもかぶってもらおうか?」 哲哉「え?」 洋子「ウチの、貸したるさかい。」 哲哉「いや、それは・・・」 洋子「あんな、兄ちゃん。    昔から変態の王道言うたらパンストかぶりと相場が決まっとんのやで。」 春美「そら始めて聞いたな。」 洋子「裕次郎かて、キムタクかて、あのペ・ヨンジュンでさえ、皆はじめはパンストからかぶったもんや。」 春美「ようそないなホラが吹けるな・・・」 洋子「人がせっかくあんたを一人前の変態立てこもり男に仕立てたろう思て苦労しよるのに、親心が わからんか?」 春美「どう見ても親と言うより婆さんやわな・・・」 好恵「洋子ちゃん。    やっぱパンストは無理やろ。」 洋子「甘やかしたらタメにならんのやがな・・・」 哲哉「僕、やっぱりもうええです。」 春美「何やだんだんアホラシなって来たな。」 好恵「うちも疲れたわ。    大体、お兄さん何でここに押し入ったん?」 春美「もっと、らしい場所があるやろ。」 哲哉「あ、あの、僕これでもう失礼します。」 洋子「まあ待ちなはれ。    せっかくの縁や。    立てこもりにええ場所を紹介したろやないか。」 好恵「そら名案やね。」 春美「やっぱこういうのは銀行が定番やろ。    兄ちゃん、熊銀はどや?」 哲哉「・・・さっき行ってみました。」 春美「何や、行ってみたんか。    で、どないした?」 哲哉「行員さんが多すぎて・・・」 洋子「そうやな。    大人数を人質にするには兄ちゃんでは明らかに役不足や。」 哲哉「それと、男の人はちょっと・・・」 春美「注文の多い立てこもりやな。」 好恵「ええとこがあるよ。    農協はどう?」 洋子「そらええわ。    あそこはヒマそうやしな。    兄ちゃん、ちょっと待ってな。    今聞いたげるさかい。」 哲哉「あ、あの、ちょっと・・・」 洋子「(ケイタイを掛けて)ああ、鹿川さんか?    うちや。今ヒマか?・・・    え?ほうね、そらええわ・・・    いや何でもないんやけど、ちょっと用がある人がおってな・・・    又電話するかも知れんよってに・・・    ほな、さいなら。」 春美「ええ話らしいな。」 洋子「ほうや。    兄ちゃん、今農協は所長さんしかおらへんのやて。    うちが話通しといたげるさかい、行ってみたらどうや。」 好恵「お兄さん、気分でも悪いの?」 哲哉「い、いえ・・・」 洋子「鹿川さん言うのは優しそうな女の所長さんや。    若いのに出来た人やから、事情を話せば人質になってくれると思うで。」 春美「ほうやで、兄ちゃん。    鹿川さんならわてらより親身になってくれると思うで。」 哲哉「農協は駄目です。」 洋子「なして?」 哲哉「・・・母さんなんで。」 間 洋子「あんた、ひょっとして、鹿川さん?」 哲哉「・・・はい。」 春美「うそ。    鹿川さんて、お一人身と違うんか?」 哲哉「僕なんて・・・    いないようなものですから・・・」 好恵「覚えとるよ。」 洋子「好恵ちゃん?」 好恵「お兄さん、哲哉君やろ。」 哲哉「・・・はい。」 春美「こら驚いたな。    好恵ちゃんが知っとってとは・・・」 好恵「確か、春美ちゃんとこの龍太郎君と同級やで。」 春美「ホンマか、兄ちゃん?    熊野龍太郎て知っとるか?」 哲哉「知ってます。」 春美「そうか。    ワテの孫なんやけど、これが札付きでな。    何せ小学校の頃から、タバコは吸うわ、人は殴るわ、カツアゲするわ・・・」 哲哉「よくやられてました。」 春美「ありゃあ。    そりゃ悪かったの、兄ちゃん。    昔のことやさかい、許したってえな。」 洋子「今さら・・・    なあ・・・」 好恵「哲哉君。    あんた確か小学校の時転校して来はったんやわな。」 哲哉「はい・・・」 好恵「熊ノ井はよそ者にはきつい土地やからね。」 春美「ホンマ堪忍やで、兄ちゃん。    今度龍太郎引っ張って来て謝らしたるさかい・・・」 洋子「余計なことよ、春美ちゃん。」 哲哉「会いたくないです。」 好恵「小学校?    龍太郎君にやられたんは・・・」 哲哉「はい。」 春美「好恵ちゃん、もう堪忍したってえな。    兄ちゃん、答えるんがつらそうやで。」 間 春美「そ、そや。    兄ちゃん小学校は熊小か?」 哲哉「はい。    ここは熊小しかないですから。」 春美「そらま、そうやけど・・・    熊小の子がこれ作ってくれたんやで。」 春美、ハリボテの熊を示す。 春美「そこにはな、ホンマは立派な石で出来た熊さんがおってな。」 洋子「熊の井の守り神やとか、言うてたな。    ま、ホンマかどうか知らへんけど。」 春美「それがこの春の地震で真っ二つに割れてな。」 洋子「縁起が悪い、言うて、神社におはらいして引き取ってもろうたんや。」 春美「そしたら、熊小の元の校長さんが、これがわてらのダチなんやけど、寂しいから小学生に何か作らそ、言うてな・・・」 好恵「熊の話はもうどうでもええやないの。」 洋子「好恵ちゃん?」 ケイタイ電話が鳴り洋子が出る。 洋子「はい。え、鹿川さん?・・・    ちょ、ちょっと待ってえな・・・    兄ちゃん、お母ちゃんからやで。    あんたがここにおること、勘付っといてみたいや。    話すか?・・・    あ、ああ、ごめんな。    ちょっと芝居の稽古でバタバタしとってな・・・    え?ああ、ええよ、何?・・・    う、うん、わかった、25くらいの陰気な男の子やね・・・    いや、ホンマおらへんよ・・・・    ああ、それじゃあな。」 哲哉「何か?・・・」 洋子「息子を見たら、家に帰れ、言うてくれって。    そんで、母さんが悪かったからって。」 春美「わてら、事情はわからんのやが・・・」 洋子「お母ちゃん、泣いとったで。」 哲哉「・・・帰っていいんでしょうか?」 洋子「そう言うとられたよ。    帰るか?」 哲哉「・・・はい。」 好恵「待って。    うちどうしてもあんたに聞きたい。」 洋子「好恵ちゃん・・・」 好恵「あんた熊小にずっと通うたんか?」 哲哉「いいえ。」 好恵「殴られたり、カツアゲされたりして、学校には行けんわな。」 春美「ホンマ堪忍やで、兄ちゃん。」 好恵「中学は?」 哲哉「行ってません。」 好恵「今までどうしよったん?    もしかしてずっと家におったんと違うか?」 哲哉「・・・そうです。」 春美「立てこもりやのうて、引きこもりか・・・」 洋子「春美ちゃん!」 好恵「今多いんやとね。    お兄さん、何でここに来はったん?」 哲哉「おとつい母さんに家追い出されました。    職安でも行って仕事探して来い、それまで家には入れたらん、言うて。    おとついも昨日も、家帰っても入れてくれませんでした。」 春美「どこ泊まったんや?    友達のとこか?」 哲哉「・・・友達は、いません。    公園のベンチで寝ました。」 洋子「ちょっと酷やわなあ。    いきなり仕事探して来い、言われてもな・・・    鹿川さんも、もうちいと考えて・・・」 哲哉「母さんは悪くありません!    全部僕が駄目な人間だからです。    学校行け、言われて、僕、何度も、何度も、母さんを殴りました・・・」 好恵「もうええよ。」 哲哉「僕、最低の人間です。    家追い出されて、どうしていいかわかりませんでした。    何か騒ぎでも起こせば、母さんが困って家に連れ戻してくれるんやないか思うて・・・」 洋子「よう考えたらおかしな話やわな。」 哲哉「このまま30なっても、40なっても、僕よう家を出んかも知れません。    母さんにずっと迷惑かけて・・・    ホント、皆さんにも大変迷惑を掛けました。」 春美「ま、早う帰ったり。    お母ちゃん、心配しとるからな。」 哲哉「僕なんか・・・」 春美「男が泣くもんやないで。」 哲哉「死んだ方がましですね。」 部屋を出ようとする哲哉を好恵が呼び止める。 好恵「あんた・・・    今何言うたん?    お母ちゃんはあんたを死なそう思うて苦労しとるんやないで。    家にずっとおるのがそないに嫌か?    人並みに学校行って働いて・・・    それがそないに偉いことなんか!・・・    ドアホウ。    違うやろが。    あんたが元気でおるのが一番の親孝行違うんか?    死ぬやなんてめったなことで口にしたらあかんよ・・・」 春美「兄ちゃん、まっすぐうち帰るんやで!」 洋子「好恵ちゃん・・・」 好恵「ごめんな、ウチまで泣いてしもうて。」 春美「とんだお客さんやったな。」 洋子「ウチらは先帰ろか?・・・    好恵ちゃん、カギ置いとくさかい、落ち着いてから戸締まりして帰ってえな。」 好恵「待って。    ウチに気い使っとんのやったら、やめて。    ウチ一人になるのは嫌や。」 洋子「そうか。」 好恵「・・・ウチな、最近物忘れがひどいやろ?    覚えとかなアカンことも忘れてもうて・・・    けど、おかしなもんやね。    大昔のことは妙によう覚えとるんよ。    おひな祭りで初めて洋子ちゃんのうちにお呼ばれに行ったときとか・・・」 春美「何やそれ。    小学校のときやろ?」 好恵「白酒飲ませてもろうたけど、マズかったわ・・・」 洋子「もう覚えてへんよ。」 好恵「そしたら、春美ちゃんが酔っぱろうて、ひなだんひっくり返してな・・・」 春美「よう、そないな昔のこと覚えとるな・・・」 好恵「つまらんことばかりよ。    孫の顔さえ思い出せんのに、どうでもええこと、忘れてしまいたいことは、いつまーでも覚えとってな、何かのおりに頭に浮かんで離れてくれへん・・・」 洋子「思い出してもうたか?」 好恵「これももう大昔のことやのにな。    あの日の朝、一郎に欲しがっとった靴買うて来てはかせてやってな。    これ買うたるから学校行くんやで、ってアホな約束しとったんや。    玄関出るとき、一郎の足がオドオドふるえとってな、ちょうど今のお兄さんのような感じや。    せやのにここで甘やかしたらあかん思て、あの子を無理やり追ん出したんや・・・」 洋子「好恵ちゃん、自分を責めたらあかんよ。」 好恵「わかってる。    もう何回も何回も考えたことやからね・・・    そやけど、首吊っとったあの子のはだしの両足がピクピクしとったのが、今でもな・・・」 数日後の集会所。  春美「さびしゅうなるの。」 洋子「やっぱ置いてもらえへんのか?」 好恵「おってもええ、って娘は言うんやけどね。    これ以上世話をかけるわけにはいかんわ。」 春美「そこまでボケとるようには見えへんがな。」 好恵「春美ちゃんや洋子ちゃんとおるときだけよ・・・    ウチ、どうかすると娘の顔もわからへんかったりしてな・・・」 洋子「ホームに会いに行くからの。」 好恵「ありがとうね・・・    せやが、ウチ、あんたらのこともいつまで覚えとるかわからへんよ。」 春美「そないなこと、言いないな・・・」 好恵「ごめんなあ。    でもこの芝居はやるからの。」 洋子「そうや。    好恵ちゃんのためにも、夜霧に消えたジョニーはやらなあかん。」 春美「わてもやったるで!・・・    そやけど、あれ、ホンマにやるんか?」 洋子「ウチも恥捨てるよってに、あんたも頼むで。」 春美「ま、パンストかぶること思たら、何でも出来んことはないがな・・・」 好恵「ウチは?」 洋子「好恵ちゃんは今のままでええよ。    キャー、アーレー、で十分や。」 春美「しかしこの芝居ホンマにおさまりがつくんかいの?」 洋子「おさまりがつかへんから、苦労しよるんやないの。」 春美「やっぱジョニーさんがな・・・    おい、お前、何とかしたらどないやねん!」 洋子「熊に当たってもしゃあないで。」 好恵「あのお兄さん、今頃どないしよるやろ?」 春美「ああ、あの引きこもりの兄ちゃんか?    大方、うちで、あれやあれ、イタリアンや。」 洋子「インターネットのこと、言いたいんか?」 春美「それや。    今うちのお父ちゃんがハマっとってな。    日がな一日、部屋にこもって何かやっとるで。」 洋子「爺さんの引きこもりやね。」 春美「ホンマ銭にならへんな。」 哲哉「手を上げろ!」 好恵「お兄さん!    今、うわさしよったんよ。」 洋子「ジュリア!    あれ、やるで。」 春美「おっしゃ!」 哲哉「金を出せ!」 好恵「キャーッ!    わ、わ、私には、将来を誓い合った人が・・・    アーレー・・・」 洋子「待ちなさい!」 哲哉「何っ!?」 春美「か弱い婦女子にあだなす変態引きこもり仮面め。    ワテらが相手やで。」 哲哉「何者だっ!?」 洋子「胸に光るは勇者の誓い。」 春美「愛と正義の使者。」 洋子「セーラー仮面、ただ今参上!」      春美と洋子は決めのポーズから、哲哉に襲い掛かり乱闘になる。      熊のジョニーまで参加して・・・・・      おしまい