「チチ、カエラヌ」 中島清志 作 【登場人物】♂澤田慎司(さわだ・しんじ)・・・父。       ♀澤田真理(さわだ・まり)・・・・母。              ♀澤田由紀(さわだ・ゆき)・・・・長女。短大を卒業してフリーター。             ♀澤田彩 (さわだ。あや)・・・・次女。高校2年生。      父の久しぶりの休日。      澤田家は一家で遊園地に行った帰りの車中である。      父の慎司が運転。      母の真理は助手席。      2人の娘、由紀(高校生)と彩(中学生)は後部座席である。 由紀「あーあ、つまんなかった。」 真理「由紀!」 慎司「そ、そうか・・・    そうかと言えば・・・」 由紀「草加せんべいって言ったら怒るぞ。」 慎司「いやいや・・・    そうかと言えば池田大作。」 彩 「誰それ?」 慎司「創価学会。    ははは。」 由紀「つまらん。」 彩 「てゆーか、意味不明ー。」 由紀「やっぱ来るんじゃなかった。」 真理「お父さんがせっかく休みに連れてってくれたんだから。」 由紀「だから遊園地なんか行きたくねえって言っただろ!」 慎司「昔はよく父さんと一緒にコーヒーカップに乗ったもんだけどな。」 由紀「あんなー。    女子高生が親父とんなもん乗って喜ぶかよ。」 真理「彩ちゃんは楽しかったよね?    前から楽しみにしてたもんね。」 彩 「何か人が多くてつまんなかった。」 慎司「そう言や彩と一緒にメリーゴーランドにも乗らなかったな。」 彩 「えー、やだよ。    子供じゃないのに。」 真理「まだ子供じゃないの。」 彩 「今度たーくんと一緒に乗るよ。」 慎司「たーくん?」 由紀「彼氏。」 慎司「ほう・・・    彩はお姉ちゃんより先に彼氏が出来たか。」 由紀「余計なお世話。」 慎司「今度連れて来なさい。    父さんが見てあげるから。」 彩 「バーカ。」 真理「彩!」 慎司「あや〜。」 真理「お父さんもくだらない事言ってないで、しっかり運転してよ。」 慎司「おっと!」      乱暴な運転で女たち悲鳴を上げる。 慎司「あなたはツマで、私はオット。」 由紀「最低。」 真理「急になんてことするんですか!」 慎司「いや、犬が一匹横切ってな。    何しろ犬が、一匹だけに・・・」 由紀「ワンとか言ったら殺す。」 慎司「いやー、由紀は鋭いな。    さすがは父さんの娘だ。」 由紀「早く縁切りてーよ。」 真理「なんてこと言うんですか!」 彩 「ねえ、まだー?    ここ、どこー?」 慎司「由紀は父さんが嫌いか?」 由紀「当たりめーだろ。」 真理「由紀!」 彩 「テレビ始まっちゃうよ。」 由紀「あーあ、やっぱ彼氏とデートでもするんだった。」 真理「そういう事は彼氏を作ってから言いなさい。」 慎司「早く嫁に行ったらどうだ?    父さんと別れられるぞ。」 真理「冗談はやめてよ。    まだ高校生なのに。」 彩 「お姉ちゃん、いい加減彼氏くらい作ったら?」 真理「あなたは早過ぎるの!」 彩 「普通でしょ。中学生だもん。」 真理「どうして兄弟でこう違うんでしょうね。」 由紀「アタシは結婚なんかしねーから。」 彩 「相手がいなきゃ出来ないよねー。」 由紀「あんだとー?」 彩 「悔しかったら彼氏連れて来てよ。」 真理「あーもう、やめなさい!」 由紀「アタシはね、結婚して母さんみたいになりたくねーの。」 彩 「なるほど。」 慎司「ずいぶん遠回しなイヤミだな。」 真理「遠回しじゃないわよ。」 由紀「さっきからさ、何か遠回りしてね?」 真理「お父さん、どこ走ってるの?」 慎司「あや〜。さっきの道は右だったか。」 真理「迷った?」 慎司「ま、何とかなるさ。」 由紀「こいつやっぱサイテー。」 彩 「もう!    録画予約してないのに。」      女たち、わざとらしく大きなアクビをする。慎司もつられるようにアクビするが 真理「お父さん、しっかりしてよ。」 慎司「このところ、残業が続いてるからな。」 真理「子供たち寝ちゃいましたよ。」 慎司「・・・この子たち、もう遊園地じゃ喜ばないか。」 真理「何?    今頃気付いたの?」 慎司「早く言ってくれよ。」 真理「いいのよ。    どこ行ったって文句言うに決まってるんだから。」 慎司「そういうもんか。」 真理「女の子は、お父さんを煙たがるもんだから。」 慎司「母さん見てればよくわかるよ。」 真理「それにしても彩には困ったもんね。」 慎司「何かあったのか?」 真理「いっちょ前に色気づいちゃって。」 慎司「ああ。    密林の王者か。」 真理「はあ?」 慎司「ターザンだっけ?」 真理「たーくんよ!」 慎司「彩に言ったら怒るだろうな。」 真理「お父さん、会社で若い子にしょーもないこと言ってないでしょうね。」 慎司「やっぱりまあ・・・    コミュニケーション取らないといけないと思ってな。」 真理「やめてよ。    ただでさえうっとうしいタイプなんだから。」 慎司「はあ・・・    そろそろ運転変わってくれないか・・・    母さん?」 真理「家に着いたら起こしてね。」 慎司「おい!」      真理も寝てしまう。再び大きなため息をつく慎司。 慎司「ここで事故ったら、家族4人であの世行きか・・・」 真理「・・・やめてよ、はげ・・・」      慎司、ギクッとして最近気になっている後頭部を触る。 真理「・・・タッキー・・・」 慎司「寝言か・・・」      もう寝言はおさまり、ふと横を見るとだらしなく寝ている妻の寝顔を見て、やれやれと思いながら悪い気はしない心優しい慎司。      バックミラー越しの娘2人の寝姿に、慎司は1人疲れを振り払って頑張るのだった。 慎司「よおし!」      暗転し明かりが入ると、数年後の澤田家。      和室の居間である。      秋の夕方の暮れ始めの頃。      中央に小さなテーブルがあり、由紀がだらしない格好で菓子をつまみながらテレビを見ている。      時々お尻をポリポリ掻いたりしている。      相変わらず彼氏はいないが、いたとしたら見せられない格好である。      百年の恋も冷めるとはこのことかと言うようなだらしのなさ。      もちろん色気のイの字も感じさせない。      そこへ高校生になった彩が学校から帰って来る。 彩 「ただいまー。」      制服を着崩した彩が部屋に入って来る。 由紀「おう。    帰って来たか、この不良娘。」 彩 「プー太郎が何言ってんだか。」 由紀「好きでプーやってんじゃねーよ。」 彩 「いいご身分だこと。    母さんは?」 由紀「知らねーよ。    アタシが帰った時にはいなかった。    どーせ、買い物行って油売ってんだろ?」 彩 「買い物ねえ・・・」 由紀「お前、今日食事当番だからな。」 彩 「お姉ちゃん、死ぬほどヒマそうじゃん。    晩飯くらい作ってよ。」 由紀「じゃあ5千円。」 彩 「はあ?」 由紀「じゃ3千円・・・    よし2千円で手を打とうか。」      その時慎司が帰って来るが、娘2人は完全無視。                        由紀「こないだ仕事やめたから厳しいんだよ。」 慎司「おーい、帰ったぞー。                           誰もいないのかー。 彩 「私だって持ってないよ。」           母さーん。                           由紀ー。 由紀「ウソつけ。」                 彩ー。」               慎司が入って来るが、ホームウェアである。                         彩 「持ってないってば。」            慎司「何だ2人ともいたのか。」 由紀「お前バイトで稼いでるだろ?」        慎司「お、おい・・・」 彩 「お姉ちゃんが仕事やめるのが悪いんじゃん。」 慎司「バイトなんて聞いてないぞ!」 由紀「しょーがねえんだよ。    店長の野郎がセクハラして来るんだから。」 慎司「何い!」 彩 「おうおう、見栄張っちゃって。」 慎司「一体、何をされたんだ!」 由紀「いや、まあ・・・」 彩 「化粧くらいして行きなよ。    セクハラもされない女だからクビになるんだよ。」 慎司「いかん。    つい納得してしまった・・・」 由紀「お前なあ・・・    いつまで女を武器に世の中渡っていけると思ってんだよ!」 彩 「ほう・・・    女を捨てたお姉ちゃんに、何がわかるって言うのかしら?」      彩ポーズをとっている。 由紀「何だってえ!    そんなカッコで、男に媚び売りやがって!」 慎司「何だか凄いことになって来たな・・・」      慎司、娘2人の殺気に押されて少し場を離れる。 彩 「悔しかったら、セクハラの1つもされてみなさいよ!」 慎司「されなくていいよ。」 由紀「言わせておけば・・・    オメーなんかが稼げるのは、女子高生のうちだけなんだからな。」 慎司「一体どういうバイトなんだ?」 彩 「お姉ちゃん、セーラー服なんかもう着れないでしょ!    この年増!」 由紀「セーラー服くらい着てやるよ!    オラ脱げっ!」      彩に襲いかかる由紀。      慎司はオドオドと遠巻きで声を掛ける。 慎司「お、おい、やめなさい!・・・    やめな・・・」      由紀と彩がもみ合っていると、間抜けな声が聞こえる。 真理「ただいまー。」 3人「か、母さん・・・」      40代後半という年齢からすると、明らかに無理のある真理の若作りの服装に凍り付く3人。 真理「あら、どうしたの、みんな?    豆が鳩鉄砲喰らったような顔しちゃって。」 慎司「母さん、それ逆だ・・・」 由紀「どこ行ってたの?」 真理「お買い物よ、晩ご飯の。」 彩 「その格好で?」 真理「地味過ぎたかしらね。」 由紀「ちょ、ちょっと、めまいが・・・」 慎司「私もだ・・・」 真理「彩ちゃん、今日当番でしょ。    早く着替えて来なさいよ。」 彩 「えー?    今晩バイトなのに。」 慎司「だからどういうバイトなんだよ!」 真理「行くとき又着替えりゃいいじゃない。」 慎司「お、おい、認めてるのか?」 彩 「メンドクサー。」 真理「汚しちゃダメでしょ。」 由紀「ぶつくさ言ってねえで、早いとこ着替えて来な。」 彩 「はいはい。」 慎司「お、おい、彩・・・」      彩がまるで慎司の存在を意識していないかのようにスカートをバタバタさせてから出て行ったので、ショックを受けている慎司。 由紀「おうおう、スカート短くして。」 真理「若いっていいわよねえ。」 由紀「そら違うだろ。」 慎司「そうだよ。」 真理「母さんも、もっと短くしてみようかしら。」      真理、ポーズを取っている。      さらに強烈にショックを受ける慎司。 由紀「歳考えろよ。」 真理「由紀ちゃんももっと若い子の格好しなきゃ。」 由紀「十分若い格好だろ。」 真理「だらしないだけじゃない!」 由紀「家ん中まで気い使ってらんねえって。」 真理「どうしてあんたはそうなのかしらね。    お父さんがいたら、何て言うか・・・」 慎司「お、おい!ここにいるよ。」 由紀「死んだ人の話されてもな。」      ガーンというなるべくチープな効果音。      (又は慎司が自分で「ガーン」と言う。情けないけど。)      由紀と真理はストップモーション。 慎司「落ち着け!    おい、落ち着くんだよ、澤田慎司52歳妻子アリ・・・   (軽いノリで)そっか・・・    そうだよな、何だ・・・    俺って死んでたんだよ、はは。」      明かりが落ちて読経の声が聞こえる。      再び明るくなると、慎司は離れた所で大きな木わくの中に、まるで遺影のように立っている。      以後慎司はわくの中で演技するが、その声は生きた者には聞こえない。 由紀「もうすぐ49日だね。」 真理「へえ、由紀ちゃんでもそんな事気にするんだ。」 由紀「そりゃまあ・・・」 真理「何か湿っぽくていけないわね。 早いとこ供養すませて、キレイさっぱり忘れちゃいましょう。」 慎司「そんな言い方ないだろう・・・」      ホームウェアに着替えた彩が帰って来る。      かなり薄着である。 彩 「何?    何の話してんの?」 慎司「お、おい・・・もうちょっと服装を考えなさい。」 由紀「もうすぐ49日だなあって。」 彩 「どーでもいいじゃん。」 慎司「よくないよ!」 真理「あんなお父さんでも、父さんには変わりないんですから。」 慎司「あんなとは何だ、あんなとは!」 由紀「母さん、何で父さんと結婚としたの?」 真理「何?急に。そんなこと聞いて・・・」 由紀「だって、よりにもよってさ・・・」 慎司「引っかかる言い方だな・・・」 真理「えっとね・・・    やだ、照れちゃうじゃないの。」 慎司「母さん・・・」 由紀「何ブリッコしてんだか。」 彩 「金に決まってるじゃん。」 真理「ちょっと彩。」 彩 「それしか考えられない。」 由紀「そらちょっと言い過ぎだろう。」 慎司「そうだよ。」 由紀「金目当てなら、ますます父さんとは結婚しねえよ。」 慎司「おい!」 彩 「それもそうか。」 慎司「納得するなよ!」 真理「あんたたち勝手なことばかり言って。    父さんとはそういうんじゃないの。」 慎司「そうだ。    言ってやれ、言ってやれ。」 由紀「見合いだっけ?」 彩 「うわ、サイアクー。」 真理「早く結婚しろって親がうるさくてねえ。」 由紀「それで見合いしたんだ。」 真理「ずっと断ってたんだけどね。    会うだけでいいからって。」 彩 「見合いって相手の写真とか見てやるんでしょ。」 真理「そうよ。」 彩 「他にいなかったの?」 真理「いい加減断り続けてたから、断り切れなくなってね・・・」 由紀「外れクジ引いちゃったか・・・」 真理「男の人は見た目じゃありません・・・」 慎司「そうだ。」 真理「・・・って、うまく親に言いくるめられてね。」 慎司「何だよ。」 真理「それに写真映りは良かったのよ、お父さん。」 彩 「そうなんだ。」 真理「会って見て愕然とした。」 由紀「断りゃ良かったのに。」 慎司「母さん?」 真理「・・・魔が差したのかしらね。」 彩 「ま、でも、結婚するならやっぱ金だよね。」 真理「生意気ばかり言ってんじゃありません。    早く晩ご飯の支度して。」 由紀「そうそう。    ダベッてる場合じゃねえって。」 彩 「ねえ、今日は食べに行こうよ。」 真理「うちがどういう状況かわかってるでしょうに。」 彩 「えー、お金入るんでしょ?」 由紀「どこから?」 彩 「お姉ちゃんも隠さないでよ。」 真理「何言ってるの、彩?」 彩 「もう、とぼけないでよ!    保険金だよ、保険。    父さん入ってたんでしょ、生命保険。」 真理「入ってたわよ。」 彩 「うわ、お父さんサマサマ〜。」 由紀「何だよお前。    あれだけ父さんのことバカにしといて、現金な奴。」 慎司「いやお前が言うなよ。」 彩 「ねえ、いくら入んの?    1千万? いや働き盛りだったから、もっと行くかな?」 慎司「はあ〜もう世も末だな。」 彩 「母さん?」    ねえもったいぶらないでよ。    生命保険入ってたって、さっき言ったじゃん。」 由紀「保険下りないんだって。」 慎司「どういうことだ・・・」 彩 「え?ウソ・・・」 真理「ホント。」 彩 「冗談はその服だけにして!」 真理「母さんが何でこんな服着てるのか、わかってる?」 彩 「あ、はい!    男を作ろうと思った。」 真理「ブーッ。    惜しい。」 慎司「惜しいのかよ!」 由紀「あんな、彩。    49日もまだなんだよ。」 真理「それは終わってから考えます。」 由紀「母さん、サイテー。」 慎司「死んだ奴の事は気にしなくていいよ。」 彩 「ねえ、今度はもっと若い人にしようよ。」 由紀「それは無理。」 真理「何が無理なのよ!・・・    じゃなくて、これから仕事探さなくちゃと思ってね。」      不自然な間 彩 「母さん、その服逆効果だと思う。」 真理「そう?    若い子の格好の方がいいかなと思ってね。」 由紀「いや、引くってそれ、絶対。」 彩 「それで買い物行ったんだよね。    もう、やめてよ、恥ずかしい。」 真理「あら、でも魚屋さんがサービスしてくれたわよ。    魚見てたら、適当に何でもいいから持って帰ってくれって。」 由紀「それ追っ払われたんだよ。」 彩 「その格好でいて欲しくないよね、魚屋さんも。」 真理「嫌だ、2人とも妬かないのよ。    母さんが魚屋さんにモテたからって。」 由彩「妬いてねーよ!」 真理「それでね、今晩面接に行くのよ。」 彩 「何だ、母さんも夜の仕事か・・・」 由紀「何考えてんだか。」 真理「やっぱり女の仕事と言ったらね・・・」 由紀「この親にしてこの子ありとはよく言ったもんだ。」 真理「由紀ちゃんがまともに働かないからでしょ!」 彩 「言われてやんの。」 由紀「うるさい!    お前早くメシ作って来いって。」 彩 「ちょっと待って。    保険金の話はどこ行ったの?    何で保険金下りないのよ?」 真理「あー保険金ね、保険金・・・!!」      突然それまで我慢していたものが爆発したかのように、髪をかきむしって暴れる真理。 真理「陰謀よ!    これは絶対、誰かの陰謀だわ!」 彩 「母さん。」 由紀「ちょっと落ち着きなよ。」 真理「保険会社がさ、自殺だって言うのよ!」 彩 「自殺?    あり得ないよ。    ねえ、お姉ちゃん。」 由紀「あ、ああ・・・    アタシちょっとトイレ。」      由紀席を立つ。 慎司「え、俺・・・    何で死んだんだっけ?」 真理「父さんが自殺するくらいなら、隣の犬が自殺してもおかしくないわよねえ。」 慎司「どういう意味だ?!」 彩 「そうそう。    殺しても死なないタイプだもん。」 真理「自殺ってのは何かに悩んでの事よね?」 彩 「父さん何か悩んでた?」 真理「そりゃ、小さな悩みくらいあったでしょうけどね・・・」 慎司「自殺じゃないぞ、自殺じゃ・・・」 彩 「こんなかわいい妻と娘に囲まれて。」 真理「幸せいっぱいだったわよね?」 慎司「どこからその自信が来るんだ?」 真理「わかった。    彩ちゃんと由紀ちゃんが原因ね。」 彩 「はあ?    この、キュートで、プリティーな、ピチピチの女子高生の私のどこが悪いっつーのよ!」 慎司「確かに頭が痛い・・・」 真理「何がキュートでピチピチですか。    仕事帰りにキューッと一杯、おかげでおなかがビッチビチ・・・」 慎司「ははは。    座布団1枚。」 彩 「誰が小咄やれって言ったの!    しかも汚いって!」 真理「由紀ちゃんは由紀ちゃんで、アレだしね・・・」 由紀「アレって何だよ、アレって・・・」      由紀が戻って来る。 彩 「父さんの自殺の原因だって。」 由紀「ああ、自殺の・・・」 彩 「母さん、私とお姉ちゃんが原因だろうって言うんだよ。    ひどいと思わない?」 由紀「・・・父さん、自殺じゃない気がする。」 彩 「でしょ?    私さ、あえて言えば父さんが自殺するなら原因は母さんだと思うんだ。」 真理「何てこと言うんですか!    私はあなたたちみたいに父さんを粗末にしちゃいませんよ。」 慎司「そうかあ?」 彩 「いや考えれば考えるほど母さんが悪い気がして来た。」 真理「いいえ。    父さんが自殺したのは、由紀ちゃんがまともに働こうとせず、彼氏を作る気配すらなく、彩ちゃんは遊びまくって高校の卒業さえ危ぶまれる上に、変なアルバイトをやっているからです!」 彩 「バイトはばれてないよ。」 由紀「父さん、知らなくて良かったかな?」 慎司「死にたくなるようなことなのか?」 彩 「自殺の原因その1。    母さんが朝も昼も食事を作ってあげなかった。」 真理「ぎく・・・    晩ご飯作りゃ十分でしょ。」 彩 「その2。    しかも週に2回はコンビニ弁当。」 真理「父さん、その方が美味しいって言うから。」 彩 「あれは父さんが悪いな。」 由紀「マズくても旨いって言ってやれよな。」 慎司「俺が悪いのかよ!」 彩 「その3。    お風呂に入る順番がいつも最後。」 真理「あんたたちも共犯でしょうに。」 由紀「そりゃそうだけど・・・    アカが浮いててヤだから。」 彩 「その4。    父さんのだけ洗濯物を分けていた。」 真理「バカね。    父さんが気付いてたわけないじゃない。」 慎司「そうだったのか・・・    ちょっとショック・・・」 彩 「その5。    小遣いを3千円しかあげなかった。」 由紀「小学生以下だよな。」 真理「どこの家もそんなもんです。」 慎司「だんだん、自殺したくなって来たな・・・」 彩 「その6。    父さんが隠してたエッチ本を母さんが処分してしまった。」 慎司「何で彩が知ってるんだ?」 真理「年頃の娘がいるんだから。」 由紀「んなもん、どーってことねえのに。」 彩 「そうだよ。    カワイイもんじゃない。」 慎司「俺って、とことん情けないキャラだな・・・」 真理「わかった?    どれもこれも自殺するようなことじゃないでしょ?    こんなので自殺されたんじゃ、日本中のサラリーマンのお父さんは集団自殺してるわよ。」 彩 「甘いな。    とっておきがあるんだ。     実は母さんが浮気をしていた。」 真理「何てこと言うんですか!」 彩 「ごめんなさい。    冗談だから・・・」 真理「冗談でも言っていいことと悪いことがあるでしょ!    大体ね、浮気してたってお父さんが気付くわけがないでしょう!」      間 一同「え〜!?」 真理「あ、もちろん冗談よ冗談。    もののたとえだって。」 由紀「怪しい。」 真理「ヤーダー、何言ってんの、もう。」 彩 「その年甲斐もない不自然なブリッコ口調は何かを隠してる・・・」 真理「こんなオバサンなんか相手にされるわけがないでしょう。」 由紀「それもそっか。」 彩 「そうだよねー。」 真理「と言うことで丸くおさめましょう。」 慎司「おさめるなよ!」 由紀「母さんは浮気してないし、彩はエンコーなんかしてないってことで。」 慎司「なにい!」 彩 「してないよ。」 由紀「一件落着だな。」 慎司「してないぞ!」 真理「やっぱり父さん、どう考えても事故よね。」 彩 「父さん、屋根から飛び降りる勇気なんかある人じゃないから。」 慎司「屋根から、飛び降り?・・・そうか、だんだん思い出して来たぞ・・・」 真理「ところが保険会社は聞いてくれないのよ。    いくら自殺なんかする人じゃないって言っても。」 彩 「まあ、2階の屋根から飛び降りりゃ自殺だと思うよね。」 真理「あの人、何か間違えて屋根に上がって滑って落ちたんです、って説明したんだけどね。」   彩 「屋根に上がる理由がないよね。」 真理「酔っぱらってたとか。」 彩 「父さん、お酒飲まないじゃん。」 真理「かわらの修理で。」 由紀「んなこと、今さら詮索しても仕方ねーだろ!」 彩 「何怒ってんの?    自殺じゃないって証明出来たら、保険金下りるんだよ。」 由紀「そんなの無理に決まってんだろ!    これだけ日がたってんのに・・・」 真理「何か証拠でもあればねえ・・・」 彩 「ねえ、第一発見者はお姉ちゃんだよね。    何かなかったの?     遺書とかさ。」 真理「遺書があったら自殺でしょ。」 彩 「あ、そっか。     逆逆、遺書なんかいらない。」 由紀「いい加減にしろよ。     そんなに金が欲しいのかよ。」 彩 「お姉ちゃん?」 由紀「父さんは事故だよ。」 真理「由紀ちゃん・・・    何か知ってるの?」 慎司「言わなくていいんだぞ、由紀。」 由紀「ああ。」 彩 「警察に言わなきゃ!」 由紀「もう遅い。」 真理「どういうこと?    どうして黙ってたの?」 慎司「ホントにもういいんだぞ、由紀。」 由紀「あのさあ、アタシ2階に干してた洗濯物が風で屋根に落ちちゃってさ。」 彩 「何?洗濯物って?」 由紀「いや、あの、パンツだけど・・・」 真理「それで?」 由紀「恥ずかしいから取って来てって、父さんに頼んだんだ。」 彩 「よっぽど恥ずかしいパンツだったんだね。」 由紀「普通のだって!    母さんじゃねえんだから。」 真理「それで、あの運動神経ゼロのお父さんを屋根に上がらせたって言うの?」 彩 「我慢しなよ。    屋根に上がって落ちたんじゃシャレになんないよ。」 由紀「その場なら止めたよ!    あの鈍い父さんに屋根に上がれなんて、マジ自殺行為だっつうの。」 真理「じゃあ、どうして・・・」 由紀「まさかホントに取りに行ってくれるなんて思わなくて・・・ 慎司「当たり前じゃないか。    かわいい娘の頼みを聞けない親がどこにいる?」 由紀「取ってくれなきゃ・・・    口聞かねえからな・・・    なんて言っちまった・・・」 彩 「人殺し。」 真理「彩ちゃん!」 彩 「・・・ごめんなさい。」 由紀「その通りだよな。」 真理「ホントにお父さんがパンツ取りに屋根に上がったかどうかなんてわからないんでしょう?」 由紀「間違いねーよ。    次の日の朝だよ。    他にどんな理由で夜中に屋根に上がったりするっつうんだよ!」 彩 「お姉ちゃん。そのパンツはどうなったの?」 由紀「父さんのそばに落ちてた。    人が来る前に拾ったよ。」 真理「間違いない・・・か。」 由紀「ああ。    父さんは、私のパンツ取ろうとして、足滑らせて落ちたんだよ。」 彩 「警察に言おうよ。    このパンツが事故の証拠ですって。」 由紀「・・・恥ずかしいじゃない。」 彩 「恥ずかしがってる場合じゃないよ!」 真理「何とか事故だと証明出来れば、保険金が下りるかも知れないわね。」 彩 「ねえ、お姉ちゃん。    大金がかかってんだよ。    恥ずかしがってないでさ・・・」 由紀「うるさい!    どいつもこいつも金のことばかり言いやがって!    アタシが恥ずかしがってるのは、パンツじゃねーよ!    父さんが、娘のパンツ取ろうとして足滑らせて落ちて死んだなんて、人から見られるのが耐えられねえんだよ!    そんなの・・・    丸っきし、バカじゃねえか、父さんが。    アタシの父さんは・・・    そんなバカじゃねーんだよ!」 慎司「いや、そんなことはないぞ。    全く父さんらしい死に方じゃないか。」 由紀「金なんかいらねーよ!」      声を上げて泣き始める由紀。 彩 「私晩ご飯作って来る。」 真理「母さんも手伝うわよ。」 彩 「ねえ、父さんって何が好きだったっけ?」 由紀「煮魚と納豆。」 彩 「ちょうどいいじゃん。    さっき魚もらって来たんでしょ。    父さんにお供え。」 真理「彩ちゃん、煮魚なんか出来る?」 彩 「母さんよりゃうまいと思う。」 由紀「納豆は?」 真理「2人とも納豆なんか食べないくせに。」 彩 「じゃ明日買ってきてよ。」 真理「はいはい。」      彩と真理、台所へ消える。 由紀「父さん・・・ごめんなさい!」 慎司「由紀。」 由紀「父さん?」 慎司「頭を上げなさい。」 由紀「父さんの声が・・・聞こえる。」 慎司「そうか、そうか。そうかと言えば草加せんべい。」 由紀「父さんだ!」 慎司「由紀。    もう自分を責めるのはやめなさい。」 由紀「だって・・・」 慎司「父さん、嬉しかったんだぞ。    由紀のために死ねるなんてな。」 由紀「父さん・・・」 慎司「父さんな、由紀の父さんで本当に良かったよ。」 由紀「アタシも・・・    アタシも、父さんの子供で良かった・・・」 慎司「由紀。    幸せになるんだよ。    じゃーな。」 由紀「父さん!」      慎司は消える。      いつの間にかテーブルに伏せて寝ていた由紀を彩が起こしている。 彩 「お姉ちゃん!・・・お姉ちゃん!」 由紀「彩?・・・あや〜。」 彩 「それ、父さんの口癖だったね。」 由紀「今父さんの夢を見たよ。」 真理「彩ちゃーん。    運ぶの手伝ってー。」 彩 「はーい。」 由紀「アタシ・・・寝てたのか。」      真理と彩が食事を運んで来る。 彩 「こーゆー地味ーな食事って久しぶりだね。」 真理「いくら腕をふるっても、あんたたちじゃーね。」 由紀「よー言うわ。」 彩 「あのさ、これからお金のこととかヤバクない?」 真理「まあぜいたくは言ってられないわね。」 彩 「私高校やめて働くよ。」 由紀「そんなの、許さねーよ、父さんが。」 真理「由紀ちゃん・・・」 由紀「アタシ性根据えて働くからさ、お前進学しな。    どーせ、まともに仕事なんかできゃしねーだろ。」 彩 「父さんも・・・    そう言うかな?」 由紀「ああ。    それから変なバイトもやめんだよ。」 彩 「うん。」 由紀「母さんも、夜の仕事は駄目だからな。」 真理「お金のこと考えるとねえ・・・」 由紀「それから再婚なんか考えたらぶっ殺すからな。    父さんがかわいそうだからな。」 彩 「お姉ちゃんさ、良く考えて言ってるの?」 由紀「何とかなるさ。」      慎司の口調をまねる由紀がおかしくて吹き出す真理と彩。 真理「父さんの口癖ね。」 彩 「何とかなるさ、か・・・」 由紀「母さんもう歳だからさ、アタシが結婚するよ。」 彩 「はあ?」 由紀「でもって、この家に父さんみたいな男の人を連れて来る。」 真理「彼氏を作ってから言いなさいね、そういうことは。」 由紀「何とかなるさ。」      みんなで笑っていると慎司が現れる。 慎司「母さん。    彩。    由紀。」 女達「父さん!」 慎司「みんな、幸せになるんだよ。」 女達「ありがとう・・・父さん。」 慎司「じゃーな。」      いつもの気楽な笑顔を満面に浮かべて女達にお別れの手を振る慎司の姿が次第に消えていき・・・      〜おしまい〜