「コンビニクリスマス〜北海道発、納豆に愛をこめて」 中島清志 作 〔キャスト〕♂5名 ♀8名 ?4名 ♂ 佐々木浩平 ♀ 桑原美里 ♂ 山田一郎 ♂ 浜野正夫 ♂ 三谷良介(男) ♀ 老婆 ♀ 嫁 ♀ 主婦 ♀ 女子高生A ♀ 女子高生B ♀ 女子高生C ♂ 小学校時代の浩平 ♀ 小学校時代の美里 ? いじめっ子A ? いじめっ子B ? いじめっ子C ? 納豆業者      開幕       佐々木浩平の部屋である       高校の制服を着た桑原美里が座っている       バイクから降りた格好の浩平が帰ってくる 美里「遅いー。」 浩平「又お前か。」 美里「もう、どこ行ってたのよ。    待ちくたびれちゃった。」 浩平「人んちに勝手に上がりこんどいて、何ていいぐさだ」 美里「この家昔から出入り自由だったでしょ。    合い鍵だって持ってるもんねー。」 浩平「盗られるような物はないから、いいけどな。」 美里「変な本は片づけておいてよ。」 浩平「見なきゃいいだろ。」 美里「だって床に落ちて広がってるんだもん。    女子高生なら目の前にいるのに・・・」 浩平「誰でもいいってわけじゃねえんだよ。」 美里「失礼ね・・・    あ、外まだ雪降ってたでしょ。すごいよねー。」 浩平「それがどうした。」 美里「初雪だよ、初雪。    積もったらいいのにね。    そしたら雪合戦できるよ。」 浩平「お前、相変わらずガキだな。」 美里「嬉しいなー。    今年こそはクリスマスに雪降らないかなあ。    私前からあこがれてるんだ、ホワイトクリスマス。」 浩平「北国に行きゃ毎年嫌でもホワイトクリスマスだぜ。」 美里「夢を壊すような事言わないでよ・・・    それにしても汚いね。」 浩平「掃除する人間がいないからな。」 美里「あんまり汚いと嫌われるよ。」 浩平「誰に?」 美里「美里ちゃんに。」 浩平「何言ってんだか。    だいたい、お前だって自分で掃除なんかしてないだろ?」 美里「してます!」 浩平「本当は?」 美里「そりゃあ普段はメイドさんにしてもらってるけど・・・    でも、自分の部屋くらいしてるよ。    たまにだけど。」 浩平「そうか。    じゃ、どうしてもって言うんならここ掃除してもいいぜ。」 美里「何で私が浩平の家を掃除しなきゃならないのよ!」 浩平「お前、そんなんじゃ嫁に行けないぞ。」 美里「私、お嫁には行かないから。    イケメンのおむこさんもらうんだもんね。」 浩平「はいはい。    大病院のお嬢様はこんな汚い所いたくねえだろ。    とっとと帰れよ。」 美里「せっかく美里ちゃんが会いに来てあげたのに。」 浩平「お前みたいな脳天気なやつ見てると腹たってくるんだよ。」 美里「うわ、ノミでもいるんじゃない?」 浩平「いると思うぜ。    何か最近痒いからな。」 美里「カップラーメンの汁くらい捨ててよ。」 浩平「あれは親父が食ったやつだ。」 美里「あのさ・・・    浩平、ちゃんと食べてる?」 浩平「食わなきゃ生きてねえよ。」 美里「クッキー作って来たんだ。    一緒に食べよ。」 浩平「遠慮しとく。」 美里「何でよ!」 浩平「腹こわすのがオチだからな。    どうせなら買って来てくれ。」 美里「やっぱり・・・    おなかすいてるんじゃないの?」 浩平「で、いったい何の用だ?」 美里「あのさ、今年もうちでクリスマスパーティーやるんだ、友達いっぱい呼んで。    浩平も来るよね?」 浩平「それだけの用で家に来たのか?」 美里「だって、浩平学校にも来ないし、電話にも出てくれないんだもん。」 浩平「高校はもうやめたよ。    それで、俺もうこの家も引っ越すんだ。」 美里「え?    いつ?」 浩平「クリスマスには、もういねえよ。」 美里「せっかくパーティーやるのに。」 浩平「俺がそんな気分になれると思ってんのか。」 美里「ごめん。」 浩平「とにかく俺はもうここを出て働く。」 美里「どこへ行くの?」 浩平「北海道へ行く。」 美里「何でそんな遠くに?    アテでもあるの?」 浩平「アテはない。    どうせ1人で生きてかなきゃいけないんだ。    バイトでもしながら、北の大地をツーリングして回る。」 美里「ツーリングって・・・    そんな・・・」 浩平「親父と約束してたんだ。    俺が卒業したら、北海道へツーリングに行こうって。    新車を買って、親父と2人で一緒にって・・・    約束は果たせなかったけどな。」 美里「浩平・・・」 浩平「バカな親父でよ、いい年して休みの日はツーリング三昧さ。    お袋はとうにあいそをつかして出てったけど、俺は親父のこと尊敬してた。    お袋がいなくなって家の中は散らかし放題、晩飯はいつも同じ安い定食屋で同じ物頼んで、親父はビール1本、俺はコップ1杯だけ飲ませてもらってた。    腹が減ったらカップラーメン食って、たまに銭湯行って帰りにコインランドリーに寄ってさ・・・    人から見れば惨めな暮らしだったろうけど、俺は幸せだった。    休みになるとたまにツーリングに連れてってもらって、俺も親父みたいに生きたいと思った。    自由に生きてる親父みたいに。」 美里「自由に、生きてる?・・・」 浩平「親父が死んじまってから、俺何もやる気が起こらなくなった。    このまま腹すかせて死ねるならそれもいいと思った。    だけどそんな時親父の形見のバイクが修理から戻って来て、乗ってみたら・・・    何もかもが俺のチンケなバイクとは違ってた。    その時、俺は風になったんだ。    どこへ行くのも自由な風になって・・・    そして、気がついたら猛スピードで爆走していた。」 美里「浩平まで事故したらどうするのよ。」 浩平「そしたら天国で親父と会える。」 美里「バカなこと言わないで!」 浩平「夢だったんだ・・・    一緒に北海道を走るのが、親父と俺の夢だったんだよ。    俺は、北海道の原野を親父のバイクで突っ走るんだ!」 美里「私も行く。」 浩平「?」 美里「だって浩平見てられないんだもの。    お父さんの事故自分のせいにして、世界中の不幸を全部背負い込んだみたいな顔してさ。    バイクでムチャなことしないように見張っててあげなきゃ。」 浩平「お前こそバカ言うな。」 美里「バカでいいもん。    親は大学は好きな所に行っていいって言ってるから、北海道の大学受験して、浩平を見張りに行くよ。」 浩平「お前は一体俺の何なんだよ。」 美里「一番大切な・・・    友達だよ。」 浩平「どこの世界に友達が遠くに行くからってついてくバカがいるってんだ。」 美里「じゃあ・・・    浩平、私と付き合ってよ。」 浩平「はあ?」 美里「ずっと好きだったんだ。    私と付き合って。」 浩平「ちょ、ちょっと待ってくれ。」 美里「待てない。    だってもう9年も待ったんだよ・・・    私、浩平と別れたくない・・・」 浩平「美里・・・」 美里「ねえ、恋人同士だったら北海道について行ってもいいよね?」 浩平「マジで言ってんのか?」 美里「うわっ!    冷静になったらムチャクチャ恥ずかしくなっちゃった。    北海道へ行ったら連絡ちょうだいね。    電話するから。(逃げるように急いで帰って行く)」 浩平「勝手にしろ。」      登場人物たちがパフォーマンスしながら雪の降る道を歩いて行く       舞台は北海道にあるコンビニ「フレンド」の店内に変わる       クリスマス仕様の飾り付けがしてあり、レジ台の横には大きなクリスマスツリー       店の制服を着たバイトが2人働いている       レジに立つのは大学4年生の桑原美里       商品の入れ替えをしているのは山田一郎       老婆がレジの前でイスに座ってしゃべっている 老婆「・・・それで嫁がわしを邪魔者扱いするんじゃ。」 一郎「それはお嫁さんがいけませんねえ。」 老婆「はあ?」 一郎「あ、いや、ですから・・・」 老婆「あんたのう、若い衆はもっとしゃきっとしゃべりい。    聞こえん。」 美里「一郎君。    池田のおばあちゃん耳が遠いから。」 一郎「わかりました。    それでは、それはあー、およめさんがあー・・・」 老婆「やかましいわ!    誰が怒鳴れ言うた!」 一郎「早く帰らないかな、このばあさん・・・」 老婆「誰がばあさんじゃ!」 一郎「聞こえてるじゃないですか。」 美里「おばあちゃん、地獄耳だから。」 老婆「美里ちゃん。    この男は駄目じゃ。    別の彼氏にしい。」 美里「おばあちゃん。    彼氏なんかじゃありませんよ。」 老婆「あんた、ふられたの。」      その時バカでかい携帯電話のメールの着信音が鳴り、老婆携帯をチェックする 老婆「嫁が迎えに来る言うから、続きは又今度じゃの。」 美里「一郎君。    外まで送ってあげてね。」 一郎「承知いたしました。    右よーし!    左よーし!    出口よーし!    さ、おばあさん、行きましょう。」      一郎、老婆を立たせ付き添って行く 老婆「すまんのう。」 一郎「いえ、年配の方に敬意を払うのは当然のことであります。」 美里「おばあちゃん、大丈夫ですか。    雪がかなり降ってますよ。」 一郎「しばらく中で待たれますか?」 老婆「なあに、うちはすぐそこじゃ。    じき嫁が来るわ。」      女性が入って来る  嫁「すいませーん、池田ですけど。    おばあちゃん迎えに来ました。」 一郎「早い・・・」 老婆「近い言うたろ。    お兄ちゃん、あんた彼女おるまい?」 一郎「は、そうでありますね・・・」 老婆「シャキッとし!    美里ちゃんをゲ・・・    ゲップじゃ。」 一郎「ゲップ?」  嫁「おばあちゃん、それゲット。」 老婆「若いもんの言葉はわからん。」  嫁「あの、美里ちゃん。    これ受け取ってください。(何か入ったコンビニの袋を渡す)」 美里「え、何ですか?」  嫁「おばあちゃんが毎日ここでお世話になってますから。」 美里「そんな!    申し訳ないです。」 老婆「遠慮せんともらっとき。」 美里「ホントにいいんですか?・・・    うわあ、ドーソンのお菓子だ・・・」 老婆「よしこさん。    ドーソンで買っちゃいけん言うたに。」  嫁「でもここで買ったお菓子渡すわけにいかないでしょ。」 老婆「買い物はここ。    フレンドに限る。」 美里「ありがとう、おばあちゃん。」  嫁「それでは。    さ、おばあちゃん帰りますよ。」      嫁、老婆を連れて出て行く       一郎イスを隅の空きコーナーへ持って行きながら 一郎「なかなか強烈なおばあさんでありますね。」 美里「良かったね。    彼女作るようにはげまされて。」 一郎「全く冗談にならないであります。」 美里「おばあちゃん、君のこと気に入ったみたいだよ。」 一郎「そうでありますか?」 美里「そうだよ。    君って優しそうだからね。」 一郎「頼りないだけであります。」 美里「ほかのバイトの子たちも言ってたよ。    浩平なんか見た目怖そうだけど、一郎君は優しそうだって。    もっと話してくれればいいのになあって、みんな言ってるよ。」 一郎「自分は話下手でありますから。」 美里「でもおばあちゃんと話弾んでたよ。」 一郎「自分は、年上の女性に受けるタイプでありますから。」 美里「そうかもね・・・    ちょっと戻って来てくれる?」 一郎「はい。(クイック移動)」 美里「ここお願いできるかな?」 一郎「承知いたしました。    この山田一郎、男命にかけて桑原さんなきあとのレジを死守いたします。」 美里「そんなオーバーな。    浩平に電話かけて起こしてくるだけだから。」 一郎「ラジャー。」      美里がレジの奥の部屋に入って行くと、入れ替わるように男が入って来る       男は入店するとサングラスをかけ、手鏡で自分の姿をチェックしている 一郎「いらっしゃいませ。    あの、この店は初めてでいらっしゃいますか?」  男「それがどうした?」 一郎「よろしければ、こちらにお名前を書いて頂きたいのでありますが。    景品を差し上げますので。」  男「景品だって?」 一郎「お好みの品物を選ぶシステムになっております。    フレンドTシャツ・フレンドペンシル・フレンドキーホルダー・フレンド風船セット・フレンド納豆セットがございますか。」  男「いらねえよ。」 一郎「今ならさらに年末恒例大特典としまして、もれなくブロマイドと握手券をお付け致します。」  男「何だそりゃ?」 一郎「店長のブロマイドと、店長と握手が出来る権利であります。    あ、あの、これはシャレでございますので。」  男「頭おかしいんじゃないのか、その店長。」 一郎「それでは景品はなしで結構ですので、お名前だけでもお伺い出来ませんでしょうか?    本名でなくてもよろしいのですが。」  男「それじゃ、ペとしといてくれ。」 一郎「ペ様でございますか?    (用紙に)書き込んでいる)」  男「下の名前は、ヨンジュンだ。」 一郎「ペ、ヨンジュン・・・    おお!    アンニョンハシムニカ・・・」  男「馬鹿野郎!    俺は生粋の日本人だ。」 一郎「しぇーしぇー。」  男「それは違うだろうが!」 一郎「ボンジュール!    アイネ・クライネ・ナハトムジーク!    ナット・ナット・ナットーッ!!」  男「お、おい、大丈夫か?」 一郎「大丈夫であります。」  男「何だ驚かせやがって・・・    やっぱり名前を変えよう。    そうだな、負け犬、とでもしといてくれ。」 一郎「負け犬様でいらっしゃいますね?(用紙に記入する)    下のお名前は?」  男「下の名前?    じゃあポチだ。」 一郎「負け犬ポチ様でございますね。」  男「ところで今日は店長は来ないのか?」 一郎「たいてい6時過ぎに立ち寄ります。    何か御用でしょうか?」  男「いや、何でもない。」      男は雑誌売り場に行くと立ち読みを始める       美里が出てくる 一郎「ごゆっくりお楽しみください。」 美里「やっぱ寝てたよ、浩平。」 一郎「こんな時間にでありますか。」 美里「きのう摩周湖見に行くって言ってたし。    遠出した次の日はいつまでも寝てるやつだから。」      美里と一郎がレジを交替すると女性が入って来る 美里「いらっしゃいませ。」 主婦「あら美里ちゃん。    クリスマスにお仕事?」 美里「そうなんですよ。    あ、一郎君。    学園団地の木村さん。」 一郎「は、木村様でいらっしゃいますか。    自分は、姓は山田、名は一郎、層雲峡で産湯を使い・・・」 美里「あ、いいからいいから。」 主婦「納豆置いてるかしら?    ドーソン行ったら品切れで。」 美里「ドーソンなんか行かないでくださいよ。」 主婦「ごめんね。    今日は雪がひどいから近い方へ行っちゃったのよ。」 美里「えーと納豆ですよね?    確か、あちらの方に・・・」      一郎、素早く主婦に買い物かごを持たせ、美里が示した方向と違う場所へ誘導する 一郎「かごをどうぞ。    納豆はこちらでございます。」 主婦「あらホント・・・    まあ、ずいぶん沢山置いてあるのね。」      一郎が見守る中、主婦は納豆を物色しているが 主婦「ヒョットコ納豆の北海風味醤油ダレ付きはないの?」 一郎「ヒョットコ納豆の北海風味醤油ダレ付きでございますか?    いやあそれは現在ナンバーワンの売れ筋商品でございまして、残念ながら本日14時半頃売り切れてしまいました。    次の入荷予定は・・・   (メモ帳を見ながら)あしたの朝になりますね。」 主婦「あら困ったわ、いつもヒョットコ納豆だったから・・・    タクヤちゃんが食べなかったらどうしましょう?」 一郎「お子様の口に合うかどうかご心配でいらっしゃいますか?」 主婦「子供じゃなくて犬よ、タクヤちゃんは。」 一郎「はあ、犬のキムラタクヤですか・・・    で、その犬が納豆を食べるのでありますね。」 主婦「そうなのよ。    タクヤちゃん納豆が大好物で。」 一郎「わかりました。    それでしたら、こちらのオフクロ納豆元気づくりはいかがでしょうか?    粒の大きさ、粘り、それに甘過ぎず辛過ぎずのタレの風味が、もっともヒョットコ納豆に近い商品でございます。」 主婦「そうねえ・・・」 一郎「あるいは、こちらのドサンコフーズの新商品、俺の納豆〜網走番外地編〜はいかがでしょうか。    こちらは当店一押しの商品でございまして、小粒ひき割りタイプながら新製法の氷温焙煎によりまして従来比5割増しの強力な粘りを実現した、画期的新製品でございます。    又、タレは甘口・辛口・シソ風味・激辛味噌など7種類もの味から選ぶことが出来るというスグレモノでございます。」 主婦「タクヤちゃん辛いのは下痢しちゃうから・・・    オフクロ納豆頂こうかしら。」 一郎「ありがとうございます。」 主婦「ほかの物も買ってあげなきゃね。」      主婦、商品をいくらかカゴに入れるとレジに向かう       美里レジを打つが 美里「1569円になります。」      主婦千円札を2枚出す 美里「二千円から頂きます。」      美里おつりを渡そうとするが百円玉が切れているようだ 美里「えーと・・・    すみません、少々お待ち下さい。」 一郎「桑原さん、硬貨はその中にありますから。」 主婦「ちょっと早くしてくれない?    テレビが始まっちゃうから。」 一郎「木村様。    とりあえず私が立て替えておつりを払いましょう。」      一郎サッとつり銭を用意して主婦に渡す 主婦「じゃあ又来るわね。」 一郎・美里「ありがとうございました。」      主婦出て行く       美里ようやく百円玉の束をほどいてレジに入れた所である 美里「木村さんって1人暮らしなのよ。    だから犬をかわいがってて。」 一郎「はあ・・・    人それぞれでありますね。」 美里「ごめんね。    いつも助けてもらって。」 一郎「いえ、自分は桑原さんのお役にたてたのでしたら、光栄であります。」 美里「えっと、いくら立て替えてもらったんだっけ・・・    あーっ!」 一郎「ど、どうかしましたか?」 美里「レジ打ったの消しちゃった。」 一郎「自分が立て替えたのは431円であります。」 美里「どうしよう。    お金が合わなくなっちゃうよお。」 一郎「失礼させてもらってよろしいでしょうか。」      一郎、美里の替わりにレジを打ち直してやる 美里「すっごーい。    何で覚えてんの?    私なんかヒョットコ納豆しか覚えてないよ。」 一郎「オフクロ納豆です。」 美里「ねえ、何で何で?」      美里、一郎の背後からビタッと密着し肩越しにのぞき込む 一郎「じ、自分も全部覚えているわけではありません。」 美里「だよねー。    あ、でも今レジ打ったじゃん。」 一郎「売り上げ合計を打っただけです。    品目はお客様へのサービスでありまして、店側の記録には不要でありますから。」 美里「へえ、そうなんだー。」 一郎「も、申し訳ありませんが、少し離れて頂けませんでしょうか?」 美里「あ、ごめん。    なれなれしくし過ぎだよね。」 一郎「とんでもございません。    ただ・・・」 美里「ごめん。    本当にごめんね。」 一郎「背中に残る桑原さんの感触と残り香が・・・    うっ!    鼻血が・・・」 美里「え、うそ!」 一郎「冗談であります。」 美里「一郎君って面白いね。」 一郎「桑原さんにほめて頂くとは、感激の余り言葉もございません。」 美里「いや別にほめてないから。    あと前から思ってたんだけど、桑原さんって、やけに他人行儀じゃない?」 一郎「自分としては相当にくだけているつもりでありますが。」 美里「そうかなあ?」 一郎「はい。    本来、桑原美里先輩とお呼びするのが正式かと思います。」 美里「正式でも何でもいいから、もっとくだけようよ。」 一郎「もっとくだける、でありますか?・・・    それでは、ミーちゃん。」 美里「くだけ過ぎだよ、おい。    わたしゃ猫かい。」 一郎「大変失礼致しました。」 美里「ほかのバイトの人は、美里ちゃん、とか、みさぼう、とか呼んでるよ。」 一郎「さすがに先輩でありますから、そういうのはちょっと抵抗が・・・」 美里「浩平みたいに、美里って呼び捨てるやつもいるけど。」 一郎「あの・・・    美里さん、ではいかがでしょうか?」 美里「別に許可をもらうようなことじゃないと思うよ。」 一郎「そ、そうですね・・・    み、美里さん。」 美里「そんな緊張しないでもいいのに。」 一郎「じ、自分は、そ、その、女性の前ではあがり症でありますから。」 美里「じゃ、そういうことで。    よろしくね、一郎ちゃん。」 一郎「一郎・・・    ちゃん?」 美里「仲良し度アップ!ということで、私も呼び方ワンランク上げたげるから。    嫌かな?」 一郎「い、いえ、嬉しいです・・・    うっ!(鼻を押さえる)」 美里「良かった、一郎ちゃんが喜んでくれて。」 一郎「あ、あの、こんなことしてないで・・・    そうです、仕事、仕事をしましょう。」 美里「いいじゃん。    お客さんいないんだし。」      2人の視線はずっと立ち読みを続けている男に集まる       男はせき払いすると平然と立ち読みを続ける 美里「だからもうちょっとお話しよ。」 一郎「自分は商品の入れ替えをしなくては・・・」 美里「いいって、いいって。    あとで浩平にやらせりゃ。    泊まりはどうせもっとヒマなんだから。」 一郎「商品管理は自分の責務でありますから。」 美里「そう言や、一郎ちゃんってすごいよね。」 一郎「何が、でありますか?」 美里「どこで何を売ってるとか、異常に詳しいじゃない?」 一郎「それはこんな小さな店でありますから。」 美里「謙遜しないでいいんだって。    ついこないだ入ったばかりなのに、一郎ちゃん、偉いよ。」 一郎「あの、もう半年たつんですが。」 美里「え?    もうそんなになるっけ?」 一郎「はい。」 美里「君って目立たないからね。」 一郎「そうでありますか・・・」 美里「そんな落ち込まないで!    一郎ちゃん、しゃべったらすごいよ。    もう印象的って言うか、絶対忘れらんない。」 一郎「そうでありますか!」 美里「ところで、一郎ちゃんって納豆好きなの?」 一郎「え?    納豆、でありますか?」 美里「いや何かさっき納豆の話してるとき、すごく生き生きしてたから。」 一郎「普段は、魚が腐ったような人間ですからね・・・」 美里「誰もそんなこと思ってないよ。」 一郎「納豆も腐った大豆ですから・・・」 美里「質問に答えてないよ。    納豆が好きなのか、どうか。」 一郎「・・・特に納豆が好きとかいうわけでは。」 美里「そうなの?    でも何か水を得た魚みたいだったけど。    納豆についてあれだけ熱く語れる人、ちょっといないよ。」 一郎「商品について知識を持つのは、この仕事の基本でありますから。」 美里「いや、それだけじゃないでしょ。    おかめ納豆がいつ売り切れて、いつ入るかなんて、普通知らないって。    私たちただのバイトなんだし。」 一郎「お言葉ではありますが、おかめ納豆ではなく、ひょっとこ納豆の北海風味醤油ダレ付きです。」 美里「だから、その、ひょっとこ納豆がどうとか、普通じゃないこだわりをすごく感じたのね。」 一郎「もう、納豆の話はやめませんか?」 美里「どうしてえ?    一郎ちゃん、納豆が好きそうなのに。」 一郎「いえ、自分は納豆は大嫌いであります。    見ただけで悪寒が走ります。    おぞましい食べ物ですよ。    あんな物は人間の食べる物じゃない。」 美里「あの、一郎ちゃん?    隠さないでもいいんだよ。    納豆が好きでも全然恥ずかしいことじゃないんだから。    あんな豆の腐った嫌なにおいのするマズイ食べ物どこがいいんだ、とか、糸引いてて食べた後口についたり服についたりして、もサイアクー、とか、大体若いくせに納豆好きだなんて年寄りくせえやつだな、とか、ゼーッタイに思ったりしないから。」 一郎「そんな風に思ってるんですね。」 美里「いや今のは例だから。    もしかして一郎ちゃんって納豆マニア?」 一郎「自分はアンチ納豆派であります。」 美里「嫌い嫌いは好きのうち、って言うからね・・・    もしかして、納豆集めてコレクションしてるんじゃない?    日本全国ありとあらゆる銘柄を集めて、毎晩ながめてニヤニヤしてるとか。」 一郎「恐らくそういう人類は存在しないと思います。」 美里「いや、いそうだよ・・・    あ、だけど、納豆なんか集めたら大変だよねー。    ただでさえにおうのに、そのうち腐って来たら悲惨だよー。    すっごいにおいになりそうじゃん。」 一郎「納豆はすでに腐っております。」 美里「そんでさ、どんどんコレクションが増えて来ると、部屋に置ききれなくなって、もう山積み状態になって、ドアをあけたらドサッと崩れてきたりするんだよね。    へたすると、体中ネバネバの納豆だらけになって、それどころか、納豆が顔中を覆って口や鼻に詰まって、んんっ!    ンーッ!    バタッて、窒息死の危険にさらされたりしてね。    こりゃもうゴミ屋敷なんて目じゃないよ。    恐怖の納豆屋敷ってノリだよね〜。」 一郎「美里さん。」 美里「なあに〜。」 一郎「想像の域を超えて妄想に入ってますよ。    まさか、自分はそのような人間に見えますか?」 美里「うん。    ちょっとそう思った。」 一郎「やっぱり・・・」 美里「あ、ごめん。    いちいち落ち込まないでよ、そんなに。」 一郎「大丈夫です。    慣れてますから。」 美里「一郎ちゃんって意外と演技派だね。」 一郎「ふっ・・・    やはり、わかってしまいますか。」 美里「え?」 一郎「実は、自分は俳優をめざしていたことがあります。」 美里「ホントに?」 一郎「ウソです。」 美里「ちょっとー。」 一郎「ですが、俳優の養成所に1年間通っていました。    これは本当です。」 美里「一郎ちゃんってただの浪人生だとばかり思ってたよ。」 一郎「高校を中退してから行ってました。」 美里「そうだったんだ・・・」 一郎「自分は高校を中退して何をして良いのかわからず、まず養成所に入所しました。    自分を変えてみたいと思ったのであります。」 美里「それで、変わったの?」 一郎「いえ、変わらなかったと思います。」 美里「相当濃いキャラだったんだね、昔から・・・」 一郎「え?    何でしょうか?」 美里「な、なんでもない・・・    だけど、何で高校やめちゃったの?」 一郎「中退した理由でありますか・・・」 美里「ごめん、聞いちゃいけなかったね、そんなこと・・・」 一郎「いえ、そんなことはありません。    美里さんは人生について思索されることがおありでしょうか?」 美里「な、何、急に難しいこと言い出して。」 一郎「人生いかに生きるべきかとか・・・」 美里「・・・私は考えないよ。    考えたって仕方ないから。」 一郎「自分は、高校を出て一流大学に進んで大企業に就職して、という将来を考えておりました。」 美里「一郎ちゃん、勉強出来そうだもんね。」 一郎「しかし、本当にそれで良いのか疑問を抱くようになったのであります。」 美里「どうして?」 一郎「最近ちまたで勝ち組とか負け犬とかいう言葉をよく耳にいたします。」 美里「そうだね。    私あまり好きじゃないな、そういうの。」 一郎「人生に勝ちも負けもないと思うのであります。」 美里「だけど、高校やめなくても良かったのに。」 一郎「きっかけは父の死でありました。    父は自殺したのです。」 美里「・・・一郎ちゃん、もういいよ。」 一郎「いえ、聞いてください。    父は、先程私が述べたようないわゆるエリートサラリーマンでありました。    しかしリストラにあい、それを家族に隠したまま自殺しました。」 美里「そうだったの・・・」 一郎「養成所に通い、看護学校に通い、自衛隊にも入隊してみました。    ちなみに匍匐前進が得意であります。(匍匐前進の態勢に入る)」 美里「やらなくていいよ。」 一郎「この春はサーカス団に入団してみましたが、動物虐待が目に余り団長とケンカして3日でやめました。」 美里「何か・・・    すごいね。」 一郎「自分はいかに生きていくべきか。    自分探しをさせてもらった感じであります。」 美里「自分探しか・・・    いいなー、そんなの出来る人は・・・」 一郎「美里さん?」 美里「いや、何でもないよ・・・    あ、一郎ちゃんってもしかして結構年いってるとか。」 一郎「恥ずかしながら、自分は普通であれば大学3年であります。」 美里「じゃあ1つ下か・・・    良かった。」 一郎「良かった?」 美里「やっぱ年上の人に一郎ちゃん、じゃ悪いし、私年下の男の子が好きだから。」 一郎「そうでありますか!」 美里「一般論で言ってんだよ。」 一郎「そうでありますか・・・    結局、大検をとって大学をめざしております。」 美里「回り道だったね。」 一郎「いえ、自分はそれで良かったと思っております。」 美里「そう?」 一郎「はい。    そうでなければ、こうして美里さんのような素敵な女性と出会うこともなかったでしょうから。」 美里「うまいこと言うね、一郎ちゃん。」 一郎「美里さんと話していると、自分は素直になれる気がします。    隠し立てして申し訳ございませんでした!」 美里「え?    何のこと?」 一郎「自分は・・・    自分は・・・    正真正銘の納豆マニアであります。    納豆万歳!」 美里「まあそう興奮しないで。」 一郎「自分は全日本納豆協会にも所属しております。」 美里「なんだそんなこと。    隠さないでも良かったのに。」 一郎「小学校のお弁当に納豆が入っていたのをからかわれて以来、この性癖のおかげで自分は何人の友人を失ったか、わかりません・・・    ああ、納豆の魔力に取り憑かれた自分が、怖い・・・」 美里「ちょっとギャグ入ってんじゃない?」 一郎「養成所で鍛えられましたので。」 美里「しかしまあ、ヒマだねえ〜。」      2人、男を見る       男はせき払いをして立ち読みを続ける 美里「朝からほとんどお客さん来てなくない?    おかげで池田のおばあちゃん、1時間近くしゃべってったよ。」 一郎「のべで16名のお客様が来店されました。」 美里「そんなに来たっけ?」 一郎「1時間に2名強の割合であります。」 美里「そう言われると、少ないかあ・・・」 一郎「この店舗の主なお客様は大学生を見込んでおります。    下宿生はもうかなり帰省しておりますし、今日はクリスマスイブでもありますから。」 美里「に、しても少な過ぎない?    お客さん。」 一郎「やはり、ドーソンが進出して来たのが響いているようでありますね。」 美里「だよねー。    それもあんな近くにさ。    あれってズルイよね、まるでこの店、目の敵にしてるみたいだと思わない?」 一郎「自分はアルバイトの立場でありますから。」 美里「素直に言おうよ、一郎ちゃん。」 一郎「明らかに悪意が感じられるのは確かでありますね。」 美里「でしょー。    それにあっちの店で働いてる子に聞いたらさ、時給から何からここの店よりちょっとだけ高いんだって。」 一郎「ありそうな話ですね。」 美里「しかもしかも、店で売ってる商品だって、同じ物がちょっとだけ安くなってるらしいし。」 一郎「品揃えや価格では、全国チェーンのコンビニと勝負は出来ませんよ。」 美里「潰れちゃうのかな、この店。」 一郎「ご安心ください。    実は自分に秘策があります。    店長と相談して、手を打っておきました。」 美里「そうだったんだ。    やっぱ一郎ちゃんってただのバイトじゃないって前から思ってたんだよね。    で、それってどんな手?」 一郎「密かに納豆の種類を大幅に増やしました。」 美里「密かにやったら、お客さんにはわからないんじゃない?」 一郎「わかる人にはわかる、というスタンスであります。」 美里「それ以前に納豆増やしても・・・」 一郎「自分がいる限り、納豆に関してはいかなる店にも負けることはありません。」 美里「納豆で勝負出来ると思う?」 一郎「・・・いつから日本はこんな納豆に冷たい社会になったんでしょうね・・・」 美里「ヤだ、もうこんな時間。」 一郎「交替時間、かなり過ぎましたね。」 美里「一郎ちゃん、先に帰っていいよ。    私、浩平が来るのを待って文句言ってやるから。」 一郎「いえ、自分はこう見えて結構ヒマでありますから。」 美里「いや、見るからにヒマそうだよ。」 一郎「一応受験生なのでありますが。」 美里「あ、そうだよねえ。    一郎ちゃん見てたらそんなこと忘れちゃうよ。」 一郎「なるようにしかならない。    自分が浪人生活で得た教訓であります。」 美里「でも本当に勉強しなくていいの?」 一郎「カンが鈍らない程度にはしておりますので。」 美里「なんか余裕だよね〜    大体受験生なのにバイトしてるってのも、メッチャ余裕って言うか・・・」 一郎「勉強の話はもういいではありませんか。」 美里「そうだね。    じゃ、納豆の話しようか?」 一郎「納豆からも離れませんか?」 美里「ねえ、もっと語ってよ。    納豆マニアなんだから。」 一郎「自分に納豆を語らせると後悔しますよ。」 美里「そんな濃い話はいいからさ。    納豆って子供の頃から食べてた?」 一郎「そうでありますね。    朝昼晩欠かさず食べておりました。」 美里「よく飽きないね。」 一郎「一口に納豆と申しましても、さまざまな調理法がございますので。」 美里「納豆を調理するの?」 一郎「初心者向けでは、納豆汁、納豆鍋、納豆雑炊など、上級者になりますと、納豆ステーキ、納豆コロッケ、納豆コーヒー、納豆紅茶に納豆ケーキ、納豆パフェなどもございますよ。」 美里「やっぱマニアは違うね。」 一郎「いえ、北海道では普通であります。」 美里「それは絶対違うでしょ・・・    納豆コーヒーとかホントにあるの?」 一郎「それは自分が作りました。」 美里「もう、冗談を挟まないでよ。」 一郎「冗談ではありません。    実際に作ってみました。」 美里「すごいね。    おいしかった?」 一郎「マズかったです・・・」 美里「そう・・・    私、子供の頃は納豆なんか食べた覚えがないよ。」 一郎「それは当然であります。」 美里「何でわかるの?」 一郎「そもそも納豆文化圏は東日本、中でも江戸より東の地域が中心だったのであります。」 美里「何か、話大き過ぎない?」 一郎「日本における納豆の発祥には諸説がございますが、最近の研究では1192年鎌倉幕府が成立した前後、というのが最も有力な説となっています。」 美里「ああ、覚えた覚えた。    イイクニ作ろう鎌倉幕府だよね。    えーっと、源だれだっけ?」 一郎「源頼朝です。」 美里「そうそう。    それからナントきれいな平城京、ナクヨうぐいす平安京、なんてのもあったよね?    私日本史の年号覚えるの苦手でさあ・・・」 一郎「黙って聞いてて頂けませんか?」 美里「ごめん。」 一郎「当時、源氏に敗れた平家の落ち武者たちが、食糧不足で腐った大豆を食べてみると、結構うまかった。    そればかりか健康にも良いということがわかり、わざと発酵させて保存する技術が発達した。    これが納豆の起こりと伝えられております。」 美里「へえ〜。」 一郎「さらにその後、戦国時代の忍びの者の首領であった忍者ハットリ君、もとい服部半蔵らによって伝承され、あの水戸光圀すなわち水戸黄門が納豆の生産を奨励したのが、現在でも水戸納豆として伝えられているのであります。    ちなみに助さんの実家は納豆を作っておりました。    また幕末に日本を訪れたペリーの日記にも、納豆は日本独特の食品として紹介されております。    ただし我々の口には合わない、とも。」 美里「へえ〜へえ〜5つだよ。    すごいね、納豆トリビアだよ。」 一郎「と言うのはウソですが。」 美里「ウソかい!」 一郎「9割程度が自分の創作であります。」 美里「そりゃほとんど、ウソってことだろ。」 一郎「まあ、本題に入る前のつかみだと思ってください。」 美里「一郎ちゃんの頭の中が見てみたいよ。」 一郎「まあ、とにかくそういうことで、納豆は東の物なんです。    おわかり頂けましたか?」 美里「わかんないって。」 一郎「西日本では、もともと納豆を食べる習慣がなかったわけです。」 美里「はじめからそう言えよ。」 一郎「西日本で納豆を食べるようになったのは、そんなに昔の事ではないはずでありますが。」 美里「あ、確かにそうだ。    子供の頃、みんな納豆って知らなかったもの。    私なんか、甘納豆のことだと思ってた。    あ、確か浩平がだましたんだよ、納豆ってごはんにのっけるとおいしいんだって・・・    私甘納豆ごはん食べたことがある。」 一郎「一応お伺いしますが、お味の方は・・・」 美里「まずかったに決まってるでしょ!    そしたら、お母さんがあなたが納豆食べたいって言うからわざわざ買って来たんだから、全部食べなさいって・・・    私泣きながら甘納豆ごはん食べたよ。」 一郎「大人の人もご存じなかったのでありますね。」 美里「だから私納豆には恨みがあるんだ。」 一郎「そんな心の傷がおありとは知らず・・・」 美里「冗談だって。」 一郎「もしかすると、先程木村様に売り場を示されたのは、甘納豆のおつもりでしたか。」 美里「あはは、よくわかったね、一郎ちゃん。」 一郎「あっちゃー。    しかもうち甘納豆置いてないですから。」 美里「ねえねえ、何で甘納豆って言うんだろうね。    全然味が違うのに。」 一郎「形が似ているからではないでしょうか。」 美里「でも甘納豆ってデカイよ。    それに形だって微妙に違わなくない?    それなのに紛らわしい名前つけるから、私みたいな犠牲者が出るのよ。」 一郎「全日本納豆協会に研究対象として提起しておきましょう。」 美里「ところでさ、一郎ちゃんって今日何か予定あるの?」 一郎「じ、自分は家で・・・    み、美里さんは?」 美里「え、私?・・・」      手に紙袋を持った浜野店長が入って来る 浜野「メリークリスマスだよ、諸君。」 美里「あ、店長さん。」 一郎「こんにちは。」 浜野「しっかり働いとるかね?」 一郎「申し訳ございません。」 浜野「あー君。    どこへ行くんだい?」 一郎「すぐ商品の入れ替えをいたします。」 浜野「そんなことはいいから、こっちへ来なさい。」 一郎「そうでありますか。」 浜野「君たちそこでずっと話をしていたのかね?」 美里「ごめんなさい。    ヒマだったもんですから。」 浜野「いいんだ、いいんだ。    どうせ客はいないしね。」      3人、男を見る       男はせき払いをすると立ち読みを続ける 浜野「うちのモットーは、仲良く楽しいみんなのコンビニだからね。」 美里「フレンドっていう店名ですもんね。」 浜野「そうだよ。    そういうフレンドリーな店をめざして私が始めた店なんだ。    だからバイト諸君も、ヒマだったら大いに仲良くおしゃべりでもしてもらっていいんだよ。」 美里「(一郎に)いいんだって。」 一郎「自分としましては、やはり勤務中の私語は気が引けるのでありますが・・・」 浜野「まあ、そんな堅い事言っちゃいかん。」 美里「そうですよね、店長さん。」 浜野「今日は2人でしっかりお話したのかね?」 美里「しました〜」 浜野「そうかそうか。    青春だね、うんうん。」      浜野、一郎の肩に手をかけて 浜野「青春しとるかね、一郎君。」 一郎「いや、あの、青春とか言われましても・・・」 浜野「私は前から君のことが心配でねえ。」 一郎「も、申し訳ございません。    自分は未熟者でありますから。」 浜野「君は少しフレンドリーさに欠けるからね。」 美里「大丈夫ですよ、店長さん。    一郎ちゃん、かなりこの店のキャラに合って来ましたから。」 浜野「ほう、それは頼もしい。」 一郎「どういうキャラなんですか!」 美里「今日なんか納豆の話で盛り上がっちゃって。」 浜野「納豆だって?    シブイな。」 美里「一郎ちゃん、納豆について語り出すと止まらなくなっちゃうんです。」 一郎「店長さんにまで変なこと言わないでくれませんか?」 美里「マニアなんですよ、納豆マニア。    納豆の会とかにも入ってるらしいんですよ。」 一郎「恥ずかしながら、全日本納豆協会会員番号4番であります。」 浜野「何と!    君、あの全納協の会員なのか?」 美里「店長さんご存じなんですか?」 浜野「ノリだよ、ノリ。    そんなわけのわからん団体知ってるわけないだろう。」 美里「ですよねー。」 浜野「納豆の話って、どんな話をしたんだい?    私にも聞かせてくれないか。」 美里「ええっと・・・    何だっけ?    あのオタフク納豆。」 一郎「オフクロ納豆元気づくりです。    粒の大きさ、粘り、それに甘過ぎず辛すぎのタレの風味が、業界最大手で人気ナンバーワンのヒョットコ納豆北海風味醤油ダレ付きに迫ると評判の逸品であります。    ちなみに、あのキムラタクヤがご愛用とか。」 美里「ああ、あの犬のキムタクね。    一郎ちゃん、結構話が強引だな・・・」 浜野「うまいのかね、それは?」 一郎「うーん、自分の見立てでは、まだ全体の完成度の点でヒョットコ納豆には及ばないかと思います。    そもそも商品開発のコンセプトとして、ヒョットコ納豆と同じ線を狙った時点で、それを超えるのは至難の業であったと思うのであります。    やはり後続のメーカーとしては、いかに新機軸を打ち出せるかが勝負だと言えるでしょう。    その意味で今自分が注目しているのは、オホーツク物産の新商品『新日本納豆紀行〜北の海から』であります。    これは北方領土から採取したもずくを少量加えた異国の味というのが売りでして・・・」 浜野「そのへんでもういいよ、一郎君。」 一郎「申し訳ございません!    ああ、また語ってしまった・・・」 浜野「いやあ、なかなかシブイところを突いてるじゃないか、君。」 美里「納豆を語らせたら天下一品だね、一郎ちゃん。」 浜野「特にオホーツク物産に注目しとるのは感心だな。    実はあそこの社長には以前お世話になったもんでな・・・」 一郎「まことにお恥ずかしい次第で・・・」 浜野「君の、そのオヤジくささに拍手を送ろうじゃないか。」 一郎「身に余るお言葉でございます。」 浜野「ところで君たち日勤だろう?    泊まりの子は?」 美里「それがまだ来ないんですよ。」 一郎「佐々木先輩なんですが。」 浜野「ああ、遅刻の常習犯らしいじゃないか。」 美里「店長さん、ちゃんと浩平のバイト代から遅刻分は引いてくださいよ。」 浜野「いいじゃないか、この程度の遅刻。    雪で到着が遅れとるんだろう。」 美里「この程度じゃないです。    それに浩平の下宿はここから歩いても15分くらいの所ですよ。」 浜野「彼もいろいろ忙しいんだろう。    ここのバイト代だけじゃ食べていけないだろうし。」 美里「さっき電話したら、まだ寝てたんです。」 浜野「寝る子は育つというからね。」 美里「あれ以上育たなくていいですよ。    それに浩平、月末で苦しくなると私の家まで食事をせびりに来るんですよ。    どう思います?店長さん。」 浜野「それではなおさらバイト代をはずんでやらないとな。」 美里「今日は泊まりで時給がいいくせに・・・」 浜野「あれ、知らなかった?    今日は君たちにも手当がつくんだよ。」 美里「そうなんですか?」 浜野「今日明日はクリスマス手当で、5割増しだ。」 一郎「そんなものを頂いてもよろしいのでしょうか?」 浜野「毎年バイト君を確保するのが大変でね。    帰省してしまう人も多いし、やっぱりみんな予定が入るみたいだから。」 美里「そうですよね。    クリスマスに予定がないなんて私たちくらいかも・・・」 浜野「実の所、今年は君たち3人で回してもらうことになるんだ。    まだ約1名来てないようだがね。」 一郎「確かに、明日の日勤は自分と佐々木先輩でありますから。」 美里「そうなんだ・・・    え?    て、ことはもしかして浩平24時間勤務?」 浜野「いや明日の泊まりも彼に頼んであるから・・・    36時間になるかな?」 一郎「労働基準法の遵守が望まれます。」 美里「店長さん。    意外とやること凶悪ですね。」 浜野「そういうわけだから、1時間や2時間の遅刻は大目に見てやろうや。」 美里「私、生まれて初めて浩平にちょっとだけ同情したかもしれません・・・    って、もしかして私が明日の日勤断ったからですか?」 浜野「まあ、端的に言うとそうだね。」 美里「ごめんなさい!    私明日帰省する予定なんで。」 浜野「おお、そうかそうか。    遠慮することはないから、早く帰って顔を見せてあげなさい。」 美里「いえ、お盆と正月には毎年帰ってますから。」 浜野「君みたいなかわいらしい娘さんを外に出して、親御さんはさぞかし心配しておいでだろう。」 美里「そうでしょうか?」 浜野「そうだよ。    私が親だったら、結婚するまで絶対家を出したりはせんぞ。    毎日心配で気が狂っちゃうよ。」 美里「そんなオーバーな。」 浜野「親とはそういうもんなんだ。    だから今日は早く帰って準備しときなさい。」 美里「浩平が来たら交替します。」 浜野「じゃあ、それまでに着替えて帰る支度をしておいで。」 美里「わかりました。    それじゃ、一郎ちゃん、お先にね。」 一郎「は、はい。    ごゆっくり・・・」      美里、奥の部屋に入って行く 浜野「一郎ちゃん、か。    なかなかいい感じじゃないか。」 一郎「な、何言ってるんですか、店長さん。」 浜野「それにしても寂しいな。    1人ぼっちのクリスマスイブなのかな、彼女は。」 一郎「いや、それはわからないと思いますが。」 浜野「そうか、わからないか・・・    いや、まあ、いい。    ところで君はこの後何か予定があるのかね?」 一郎「恥ずかしい話ですが、自分は母と2人でクリスマスパーティーをする予定であります。」 浜野「そうか。    君の家は・・・」 一郎「はい。    自分は母と2人で暮らしております。」 浜野「では、お母さんは君のことをかわいがっておいでだろうな。」 一郎「いえ、母はいつも誰か一緒にクリスマスイブを過ごす人はいないのか、と心配しております。」 浜野「それは、お母さん以外の女性と一緒に、ということだな。」 一郎「はい。    自分はそちらのけはありませんので。」 浜野「私にもそのけはないよ。」 一郎「ですが、自分はそういうのが大の苦手でありまして・・・」 浜野「しかし、そう言いながらお母さんは喜んでおいでだろう?」 一郎「はあ、自分は料理が得意でありまして、ここ数年毎年クリスマスケーキや料理を作りますと、母はとても喜んでくれます。」 浜野「そうだろう。    いや、親孝行で大変結構結構。」 一郎「店長さん。    今の話はほかのアルバイトの方には黙っておいて頂けませんでしょうか?」 浜野「ほう、どうして?」 一郎「世間一般では、マザコンとさげすまれる行為だと思われますので。」 浜野「君でもそんなことが気になるものかね。」 一郎「恥ずかしながら、そうであります。」 浜野「それでは、今夜は彼女を連れて帰ってはどうかね?」 一郎「は?」 浜野「さっき言っただろう。    美里君は今夜1人のはずなんだ。」 一郎「どうしてそんなことがわかるのでありますか?」 浜野「私にはわかるんだよ。」 一郎「彼女のような社交的な人が何の予定もないとは、自分にはとても思えないのでありますが。」 浜野「だから、私にはわかるんだよ。    なぜなら、私は店長だからだ。」 一郎「それに、美里さんにはもうお相手が。」 浜野「君、そんなに懸命になるところを見るとまんざらその気がないわけでもなさそうだね。」 一郎「失礼ですが、からかっておられるのでしたら・・・」 浜野「私は君のようなまじめな青年をからかったりはせんよ。」 一郎「何かしくんでおられるような気がするのですが。」 浜野「誘ってあげて欲しいんだよ。」 一郎「自分が、美里さんを、でありますか?」 浜野「そうだ。    実は、美里君は今日でここをやめる。」 一郎「え?」 浜野「明日郷里(くに)に帰って、もうこちらには戻らないと聞いている。」 一郎「それは、佐々木先輩もご存じなんでしょうか?」 浜野「だろうな。    あの2人の関係は私にもよくわからんのだよ。    はっきりしているのは、浩平君の方がずっと美里君を避けていると言う事だ。」 一郎「そんな事・・・」 浜野「そうでなければ、わざわざこんな日に泊まりを入れなくてもいいと思うんだけどな。    美里君の最後の夜。    しかもクリスマスイブの夜にだ・・・    一郎君。」 一郎「は、はい。」 浜野「私は彼女に1人ぼっちで寂しく北海道の最後の夜を過ごして欲しくはないんだ。」 一郎「し、しかし・・・」 浜野「君もにぶい男だなあ。    私が見る限り、美里君は君に誘って欲しいんだよ。    このところずっとそういうサインを出しているような気がするんだがなあ・・・」 一郎「じ、自分には荷が重すぎます・・・」      着替え終わった美里が奥から現れる 美里「お待たせー。    一郎ちゃん、交替ね。」 浜野「あー、ちょっと待った。    君たちもうちょっと時間はいいかね?」 美里「私は浩平待ってますから。」 一郎「自分もかまいませんが。」 浜野「いや、実は今日店に寄った理由を忘れておったよ。」 美里「何か特別な理由でも?」 浜野「これだよ。」      浜野、紙袋の中からサンタクロースの衣装を出して見せる 美里「うわあ、サンタさんですね。」 浜野「今夜はうちのユウちゃんが待ってるんでね。    サンタになってから家に帰ろうと思うんだよ。」 一郎「子どもさんですか?」 浜野「よく聞いてくれたね。    来年小学校なんだよ。」 一郎「女の子でありますか。」 浜野「そうなんだよ。    もうかわいくってな。    近頃じゃ晩ご飯の時に、はい、パパってビールをついでくれるんだよ。    あ、いや、ビールじゃなくて発泡酒なんだけどね、一番安いやつ。    嫁さんはお茶もついでくれやしないんだけど、やっぱり女の子はいいよな。」 美里「あの、店長さん、着替えられるのでしたらどうぞ。」 一郎「自分は後でかまいませんので。」 浜野「まあそう言わず聞いてくれよ。    毎晩お風呂に入れてやって、あ、これは嫁さんも一緒だよ。    それで寝る前には絵本を読んであげるんだよ。    この頃はバムとケロってのがお気に入りでね、3冊読むと寝ちゃうんだよ。    これが毎日同じ本だから、とうの昔に全部覚えちゃってるんだけどね。」 一郎「バムとケロは、自分も母に読んでもらった記憶があります。」 浜野「この前なんか、ユウちゃん大きくなったらパパと結婚するって言うんだよ。」 一郎「しかしまあ、いずれはほかの人と結婚してしまうことに・・・」 浜野「何を言うんだね、君!    ほかの男にやれるわけがないだろうが!」 一郎「そ、そうですか。」 浜野「一郎君。    君まさかユウちゃんを狙ってるんじゃないだろうね。」 一郎「いえ、自分は、そのユウちゃんのことは全く存じ上げませんので。」 浜野「そう簡単に紹介するわけにはいかんな。」 一郎「いや、それにまだ幼稚園でいらっしゃいますよね。」 浜野「何を言うんだ。    君はまだ年が15歳くらいしか離れてないだろうが。」 一郎「それだけ離れていれば十分です。」 浜野「何が十分なんだ!    愛があればその程度の年の差など問題になるものか!」 一郎「そ、そうでありますね。」 浜野「私など30以上違うのだぞ!」 美里「店長さん。」 浜野「何だ!」 美里「そう興奮しないでください。    お客さん、びっくりしますから。」      視線が立ち読み男に集まるが、男はせき払いすると立ち読みを続ける 浜野「すまない。    ユウちゃんの話になると・・・」 美里「とりあえず着替えて来られてはどうでしょうか。」 浜野「そうするよ・・・    全く油断もスキもありゃしない・・・    一郎君。」 一郎「はい。」 浜野「わかってるな。    私はしばらく着替えて来るからな。」 一郎「はあ。」 美里「あの、何でしょうか?」 浜野「いや、何でもないよ。」      浜野着替えを持って奥の部屋に入る 一郎「あの・・・    美里さん。」 美里「何?」      一郎何か言いかけるが、その時女子高生ABCが口々に「しばれるー」と雪を払いながらにぎやかに店に入って来る 美里「いらっしゃいませ。」 一郎「あ・・・    いらっしゃいませ。」      Aはカゴを持って一目散に売り場に向かい、Cは後を追う       Bはカウンター付近で立ち止まっている  A「おーし、アイス買うぞ、アイス!」  C「待ってよ、アイちゃん。」  A「売り切れたら困るじゃん。」  C「アイスなんか誰も買わないって。」  B「てゆーかー・・・    客いないしー・・・」 一郎「キツイこと言われますね。」 美里「一郎ちゃん。    イス持って来てあげて。」  A「これこれ!    私ハーゲンダッツのバニラとチョコ!」  C「じゃあ私、ストロベリー取って。    アイちゃん、そんなに食べるの?」  A「おこたでアイスー。    もサイコーじゃん。」  C「マイちゃんは何がいいー?」  B「何でもいいよー。」      一郎イスを取って来ると突っ立っているBを座らせる  B「てゆーかー・・・    やっぱ抹茶ー。」  A「わかったー・・・    あれ、変なアイスがあるよ?」  C「え、何?」  A「ほら、納豆アイスだって。」  C「えー、そんなんあったっけ?」  A「ミーちゃん、買ってみる?」  C「嫌だよ。」  A「おいしいかも知れないよ。」  C「だって納豆自体嫌いだもん。    アイちゃん買えば?」  A「私だって嫌だよ。」  C「こんなキショイの、食べる人いると思う?」      一郎、女子高生たちの一言一言にリアクションしている  A「ごはんにのっけるんならおいしいけどさあ・・・    アイスにのせるのはキショイよねー。」  C「これ考えた人まちがってるよ。]  B「てゆーかー・・・    変人?(やって来て納豆アイスを確かめる)・・・    でも結構好きかもー」  A「えー?」  C「じゃ、マイちゃん食べるー?」  B「てゆーかー・・・    冗談に決まってるっしょ。」      一郎爆死       美里がフォロー 美里「みんな今日はパーティーか何か?」  A「そうでーす!・・・    ねえねえほかにお菓子何買おうか?」  C「適当に買えばいいよ。」      Aは菓子売り場に向かいCが後を追う       一郎ぼうっとBを見ている 美里「一郎ちゃん?」 一郎「は!」 美里「ヤダ、一郎ちゃん。    何じっとマイちゃん見てるの?」 一郎「あ、い、いや、これは・・・」 美里「若いっていいよね・・・    マイちゃん、生アシで寒くないの?」  B「てゆーかー・・・    常識ー?」 美里「だから一郎ちゃん、そんなに見ちゃ駄目だって。    目線下がってるし。」 一郎「違います!    じ、自分はツリーを見ていたのであります!」 美里「ホントかよ。」  A「よーし、まずは、かっぱえびせん梅味!」  C「しぶっ!」      Aが次々とお菓子をカゴに放り込んでいるとBが口を開くので皆注目  B「てゆーかー・・・」  A「何?    マイちゃん。    早く言って。」  B「クー買おー。」  C「クー?」  A「あ、そうそう。    ジュース買お、ジュース。    ペットで。」      AとC飲料売り場に向かう  C「クーの何味ー?」  B「てゆーかー・・・    白ー」  A「あ、いいねいいね。    ホワイトクリスマスっぽくて。」  C「でもクーのホワイトってビミョーじゃない?」  A「1人1本ずつ好きなの買えばいいじゃん。」  C「じゃ私、クーのオレンジ。」  A「私は・・・    爽健美茶にしよ。」  C「しぶっ!・・・    え、何でデカイの入れてんの?」  A「ペットってこれでしょ?。」  C「1人1本も飲めないよ。」  A「飲める飲める。」  C「無理だって。」  A「せっかくパーティー用にみんなお小遣い貯めてたんだから、使えばいいじゃん。    余ったらミーちゃんにあげるし。」  C「爽健美茶いらない。」  A「このぜいたく者め。」 美里「女の子3人でパーティー?」  B「てゆーかー・・・    彼氏いないしー・・・」  A「さっきまで学校で補習受けてたんです。」  C「ホント意味わかんないよね、クリスマスイブに補習とか。」  A「そうだよねー。    わざとだよね、絶対。」  C「あの先生も彼氏いないから、腹いせにやってんだよ。」  A「え、あの先生ってまだ独身なの?」  B「てゆーかー・・・    確かバツイチー・・・」  A「そんなんどうだっていいから、後チキンとショートケーキ買おうよ。」  C「あ、そうしよそうしよ。」      一郎すばやく動く 一郎「こちらにクリスマスコーナーがございます。」  A「あ、見て見て。    いろんなのがあるよ。    紙コップとお皿もあった方がいいよね・・・    これも・・・    これも・・・    これも買おっか。」  C「お金が足りなくなるよ。」  A「大丈夫。    ツケにするから。」 一郎「お客様、そ、それは無理でございます。」  A「大丈夫だって。    私とおっちゃんの仲だから。」 一郎「は?」 美里「一郎ちゃん、気にしないでいいから。」  C「女子高生ばっか相手にしてたら、又美里さんに怒られるよ。」      一郎すごすごと戻って来る       しばらくしてABCがレジに来ると、サンタの衣装に着替え終わった店長が奥から紙吹雪を巻きながら出てくる 浜野「メリークリスマス!」  A「あ、おっちゃんだ。」  B「てゆーか、何やってんのおっちゃん?」 浜野「メリークリスマスだよ、諸君。」  C「おっちゃん前からおかしいと思ってたけど、とうとう頭変になったんじゃない?」 浜野「やあみんな。    来てくれたんだね。」  A「おっちゃんが面白いから、会いに来てあげたよ。」  C「違う違う。」 浜野「おっ、今日はみんなでクリスマスパーティーかな?」  A「あったりー。」  B「てゆーかー、買い出し?    ホントは町に行くつもりだったんだけどー、雪ひどくなっちゃってー。    ま、近場でいいやって。」 浜野「そんなに雪降ってるの?」  C「うん、今すっごい降ってる。」  B「てゆーか、ビュービュー?」  A「も、目の前が見えなかったもん。」 浜野「うわ。    そりゃしばらく外に出ない方が良さそうだな。」  C「うん。    その方がいいと思う。」  A「ねえねえ、ここってお酒売ってないの?」 美里「申し訳ありません。    お酒は扱っておりませんので。」  C「バーカ、お酒あったって売ってくれないよ。」  A「うちじゃ飲んでるくせに。」  B「てゆーか、うちら未成年だから。」  A「ねえ、おっちゃん。    お酒出してよお。」 浜野「こういうのなら、あるんだけどな。」 美里「店長さん!」 一郎「いいのでありますか?」 浜野「どうだ!」      浜野、紙袋からシャンパンの瓶を取り出してみせる  A「あ、それそれ。    そういうのが欲しいのよ。    やっぱクリスマスイブだしい。」 浜野「見せびらかして悪かったね。    これはおっちゃんの家用だ。」  C「へえ、おっちゃんも家でパーティーやるんだ。」 浜野「そうだよ。    今頃ゆうちゃんがプレゼントを待ってるんだ。」  B「ゆうちゃんが待ってるんだー、てゆーか、ゆうちゃんって誰?」 一郎「店長の娘さんです。」  A「おっちゃん子どもいたの?」  C「それ以前におっちゃん結婚してたの?」  A「結婚してなくても子どもいるかも知れないじゃん。」  B「てゆーか、それ無理っしょ。    おっちゃん男だから。」  C「それからおっちゃんって店長だったんだ。」 浜野「おいおい、何だと思ってたんだ?」  A「変なおじさん。」  B「てゆーかー、変態おやじ。」 浜野「何で変態なんだよ!」  C「おっちゃん女子高生好きじゃん。」 浜野「それだけで変態か?    じゃあ、高校の先生はみんな変態か?」  A「うん。    そんな気がする。」  B「てゆーかー、いるよ、セクハラ教師。」 浜野「一緒にするなよ。」  C「えー?    私ら嫌いなの?」 浜野「いやもちろん嫌いなわけじゃないよ。」  A「やっぱ好きなんじゃん、女子高生。」 美里「お会計は五千三百十六円になります。」  C「三で割ったらいくら?」  B「てゆーかー、自分で計算しろって。」 一郎「千七百十二円でございます。」  A「あ、この人すごくない?」  C「会計1人ずつね。」      ABC会計を済ませて外へ出ようとするが  A「うわ、さっきよりひどい。」  B「てゆーかー、待ってるしかないよ。」  C「おっちゃん。    もうちょっといさせて。」 浜野「いいよ。    どうぞどうぞ。」      ABC店の隅へ行く       そこはイスが2つあり、高校生がたむろできるように作ってあるコーナーだ       2人はイスに、もう1人は床に座って大声でしゃべりながらさっき買った菓子を食べ始める       店長は一郎に声をかけて2人で散らかった紙吹雪をはき集め始める  A「ねえねえねえ、昨日見た?    ごくせん。」  C「うん、見たよ。」  A「マイちゃんは?」  B「てゆーかー・・・    常識ー。」  A「あの不良役の人、カッコいいよね。」  C「みんな不良じゃん。」  A「えーと、何て名前だっけ?    あの殴られてボコボコにされた人。」  C「これにのってるんじゃない?(買っていた雑誌をめくって見る)」  A「そうそう、この人!    カッコいいよねー。」  C「ええー?    そうでもないよ。」  A「カッコいいよねー、マイちゃん。」  B「てゆーかー・・・    カッコいいって言うより、カワイイ?」  A「ミーちゃん、いつの間に買ったの?    私も買って来る。」  C「2冊もいらないよ。」      Aは止める間もなく雑誌売り場に直行すると、目当ての雑誌を探る       男は明らかに迷惑そうであるがAはまるで気にしない  A「売り切れてるよ、もう。」  C「見せてあげるから。」  B「てゆーかー・・・    みんなで買ったんだしー。」  C「帰っておいでー。」      A戻って来る  C「でも、この人って、確かにアイちゃんの好みだよね。」  A「え?    そ、そうかなー。」  C「何で照れてんの?    あ、そう言えば、ヨウコの話聞いた?」  A「何それ?    知らないよ。」  C「知らないんだ。    どうしようかなー。    教えてあげようかなー。」  A「もったいぶらないでよ。」  C「聞きたい?」  A「聞きたい聞きたい!    ねえ、マイちゃん。」  B「てゆーかー・・・    聞きたいー。」  C「じゃあ、教えてあげる。    ヨウコがさ、何とコクられちゃったんだって。」  A「えーっ!?    誰に、誰に?」  C「サッカー部の子。」  A「やっぱサッカーか・・・    私もマネージャーやっとくんだった。」  C「マネやったって駄目だよ。    ヨウコは可愛いから。」  A「ひっどーい。」  B「てゆーかー・・・    うちらモテないから。」  A「で相手は誰?    キーパーの先輩じゃないよね?」  C「安心して。    1年の子だって。」  A「えー!    年下なのー?」  C「別にいいじゃん。」  A「私だったらちょっと困るな。」  C「アイちゃんが困る必要ないから。」  A「年下はひくよねー、マイちゃん。」  B「てゆーかー・・・    年下好きかもー。」  A「えー?    何でー。」  C「私も年下いいと思うよ。」  A「おかしい!    あんたらおかしいよ!」  C「わかったから、お菓子散らかさないで・・・    美里さーん。」      店長、女子高生たちが散らかしたゴミをはきに来る 美里「はーい。」  C「女の子が年上でもおかしくないですよねー。」 美里「別にいいんじゃないかなー。」  C「ほらね。」  A「私はやっぱ年上の人がいい。」  C「アイちゃんさ、そんなに好きだったら、早いことコクっちゃいなよ。」  A「え?    な、何の話?」  C「だから、キーパーの先輩に。」  A「いや、だって話したこともないんだよ。」  C「ヨウコに頼めばいいじゃん。」  A「う、うん・・・    卒業式の時に・・・    ボタンでももらおうっかなっと・・・」  C「そんなこと言ってるから駄目なんだよ。」  A「ミーちゃんこそ、人のこと言えないでしょ。」  C「男の子の友達いっぱいいいるよ。」  A「友達以上に進まないでしょ。」  C「アイちゃんに報告する必要ないから。」  A「いつも口だけなんだから。」  B「てゆーかー・・・    うちら彼氏いたらこんなことしてないからー・・・」      一瞬暗いムードに 店長「あ、みんなごゆっくり・・・」      店長、女子高生たちの近くを離れる  A「来年こそは彼氏をゲットしてやる!」  C「がんばってね。」  B「てゆーかー・・・    人ごとじゃないしー・・・」  A「よし、今日はパーッと行こうぜ、パーッと。」  C「はいはい。    じゃ。    もっと食べて食べて。」      A、爽健美茶を一気に飲み干すと注ぎ足して  A「かーっ!    さあ、あんたらも飲んだ飲んだ。」      A、爽健美茶をCに注いでやろうとする  C「だから爽健美茶いらないって。」  A「私のお茶が飲めないって言うのか!」  C「意味わかんない。」  A「やっぱお酒じゃないと駄目か・・・    ねえ、おっちゃん、お酒持って来てー。」 浜野「だからお酒は売ってないんだよ。」  B「てゆーかー・・・    さっきのがあるじゃん。」 浜野「本当にこれは勘弁してくれよ。」      ABC口々に「えー」とか「けちー」とかブーブー騒ぎ始める       それを聞いていた一郎決然と立つ 一郎「お客様。    ほかのお客様の迷惑でございます。」  A「えー、ほかに客なんかいないじゃん。」  C「そうよ、そうよー。」 一郎「いえ、こちらに。」      一郎の示す先には立ち読み男がいるが 男は平然と立ち読みを続ける  B「てゆーかー・・・    客じゃないっしょ、あのおじさん。」 一郎「いえ、お客様でございます。」  A「だって、ずっと立ち読みしてるよ、あの人。」  C「そっちを注意しろよ。」  B「そうだそうだ・・・    てゆーかー、うちらだけ注意して、それって差別ー?」 一郎「人のことを言う前に、自分の行動を反省しなさい。」 浜野「まあまあ、一郎君。    そう熱くならんと。」  A「何を反省しろって言うのよ!」  B「てゆーかー・・・    うちらは客よー。    ちゃんと買い物したしー。」  C「あの人なんか何にも買ってないじゃん。」 一郎「分かりましたよ。    注意すればいいんでしょう?」      浜野、一郎の腕をとって制止する 浜野「いいから、やめなさい。」 一郎「しかし、店長。」 浜野「君は着替えて来なさい。    これは店長命令だ。」 一郎「わかりました。」      一郎奥の部屋へ下がる  A「おっちゃん、ごめん。    何かヤな感じになっちゃったね。」    B「てゆーかー・・・    雪が小降りになったらうちらすぐ帰るから。」  C「私らも悪かったよ。    ホント謝るよ。」      浜野、立ち読み男に声をかける 浜野「お客様。」      立ち読み男、サングラスを外して見せる  男「よう。    久しぶりだな。    二十年ぶりかな?    この顔を忘れたとは言わせねえからな。」 浜野「ああ、あの・・・    どちら様でいらっしゃいましたっけ?」  男「とぼけるんじゃねえ!」      辺りが暗くなり回想に入る       会社員時代の浜野と三谷の会話 浜野「だから僕には何の権限もないんです。」 三谷「駄目でもいいんだよ。    お前ががんばってくれたらそれで俺も諦めがつくんだから。」 浜野「理由がありませんよ。」 三谷「俺は大学のサークルでお前の先輩だぞ。」 浜野「わかってます。    確かにお世話にもなりました。    だけど仕事の場に私情を挟むのはタブーですよ。    そんなことしたら僕だって・・・」 三谷「お前、怖いのか?」 浜野「三谷さんだって同じじゃないですか。」 三谷「なあ浜野。    お前何人にリストラ勧告したんだ。」 浜野「言う必要はないでしょう。」 三谷「みんな、はいそうですかって納得したのか?    俺みたいにしつこい奴はいなかったのか?」 浜野「・・・そうですね。」 三谷「幸せな奴だなお前は。    だけど誓ってもいいがリストラに納得してる奴なんかいねえよ。    みんな会社とお前を恨みながらしぶしぶ受け入れてるだけだ。    お前はそういう連中の恨みつらみを一生背負って生きてくことになるんだぜ。」 浜野「僕を責めても事態は変わりませんよ。」 三谷「営業の中山さん、知ってるよな?」 浜野「どなたですか?」 三谷「お前がリストラの勧告したんだろう!」 浜野「僕の仕事ですから、そうなんでしょうね。    正直な所全員覚えてるわけじゃありませんよ。」 三谷「婚約を破棄されたんだ。    そんなことも知らないのか?」 浜野「・・・いちいちこだわってたら、こんな仕事出来ませんからね。    なるべく忘れるようにしてるんです。」 三谷「人の人生無茶苦茶にしておいて、忘れるだと!」 浜野「僕は上の決定を伝えてるだけなんです。    僕だって辛い立場なんですよ。」      三谷土下座する 三谷「浜野、頼む。    もう1度考え直してくれるように上と話してくれ。」 浜野「やめてくださいよ、三谷さん。」 三谷「後輩にこんな無様なマネを晒してる俺の気持ちがわかるか?    今俺の親父はボケちまって寝たきりなんだ。    お袋がついて看てるんだけどお袋だって病気持ちで・・・    こんな時にリストラされちゃ本当に首を吊らなきゃならなくなるんだよ・・・」 浜野「あの、泣かれても困るんですよね・・・    ホントやめてくださいよ。    負け犬じゃあるまいし。」 三谷「負け犬だって一生懸命生きてんだよ!(浜野に詰め寄る)」 浜野「警察呼んでいいですか?    三谷さん。」 三谷「覚えてろよ、浜野・・・」      現実に戻る 浜野「冗談ですよ。    会社をやめるきっかけになった三谷さんの顔を忘れるはずがありません。」 三谷「それは光栄だ。」 浜野「何かご用でしょうか?」 三谷「俺は今こういう仕事をしてるんだ。」 浜野「すすきのヘルス、ハレンチ女子学院、カオリ・・・」      三谷、あわてて名刺を奪い返す 三谷「待て!    間違えた。」 浜野「三谷さんも女子高生がお好きですか。」  A「そうなんだ。    ヒューヒュー。」  B「てゆーかー・・・    ヘンタイー?」 三谷「馬鹿野郎!」  C「おーこわ。」 三谷「大人の話に口を出すんじゃねえ!」  A「うちのお父さんもすぐ怒鳴るんだよ。」  B「うちもー・・・    てゆーかー、男のくせにヒステリー?」  C「うちのお父さん優しいよ。」  A「あー、だからミーちゃん不良なんだ。」  C「どこが不良よ!」  A「髪染めてんじゃん。」  B「てゆーかー・・・    ちょっとくらい常識ー?」 A「あー、マイちゃんも染めてんの?」  B「ちょっとだけー、てゆーかー、わかんないっしょ?」  A「うちなんか髪いじったらお父さんに殴られるよ。」  C「えー?」  B「てゆーか、最低ー。」 三谷「おい、お前ら。    お父さんはお前らのためを思って・・・」  A「何この人?」  C「説教始めちゃったよ。」 浜野「三谷さん。    本題に入りましょうよ。」 三谷「そうだよ・・・    てゆーかー・・・    うつったじゃねえか!」  A「結構面白くない?    この人。」  B「てゆーか、うちのお父さんみたいー。」 三谷「お前ら、頼むから俺にしゃべらせてくれよ。」  C「はーい。」  A「どうぞー。」 三谷「ここからはシリアスモードに入るぞ。」 浜野「カオリさんでしたか?    キレイな人ですね。」 三谷「お前まで話をそらすな!    俺の名刺はこれだ。(別の名刺を渡す)」 浜野「へえ・・・    ご同業とは知りませんでした。」 三谷「俺もびっくりしたぜ。    お前にこんな所で会えるとはな。」  A「あの、おっちゃん。    うちらもう帰るわ。」 浜野「まだ雪降ってるんじゃないの?」  C「オレンジレンジの録画予約するの忘れてたんだ。」 三谷「とっとと帰れ!    ガキが大騒ぎして人様に迷惑かけんじゃねえよ!」      ABC楽しそうにキャーキャー言いながら店を出て行く 浜野「三谷さんこそ、店で大きな声を出すのはやめてもらえませんか。」 三谷「ああ。    悪かったな、浜野。    だけどうちの娘は中学生でな、もうじきああなると思ったら、つい・・・」 浜野「かわいいのは、小学生までですよ。」 三谷「そうなんだよ。    小学校までは一緒に風呂まで入ってたのによ。    中学に入った途端、近寄るな、とか、汚い、とか言うんだぜ、俺のことを。」      なぜか共感し合っている中年男2人 美里「あ、あの・・・    それって仕方ないんですよ。    女の子はそういう時期があるから。    でも、本当に嫌ってるのとは違いますから。」 三谷「そうか?」 美里「男の人を意識し始めたってことだと思います。」 三谷「そ、そうだよな・・・    だけどこっちもどうしたらいいかわかんなくて、つい怒鳴ってばかりになるんだよな・・・」 浜野「三谷さん。    どこの家もたぶん同じようなものですよ。」 美里「コーヒーでも入れて来ましょうか?」 浜野「すまないね。    お願い出来るかい?」      美里が奥の部屋に入ろうとすると、三谷呼び止める 三谷「おい。」 美里「はい?」 三谷「砂糖は3杯、クリープは2杯だからな。」 浜野「あ、ああ、私はブラックでいいから。」 美里「甘いのがお好きなんですね。    私と一緒だ・・・」 三谷「余計な口をたたくんじゃねえ!」 美里「ごめんなさい。(しおらしく頭を下げる)」 三谷「あ、いや、俺が悪かった・・・」 美里「(笑って)何だか本当にお父さんみたい・・・」 浜野「三谷さん。    場所を考えてくださいよ。」 三谷「わかったよ。    とりあえず今日はまだお前が店長だしな。」      美里、部屋の入り口で2人の会話を気にしている 浜野「出来れば場所を変えて話したいのですが。」 三谷「俺もそうしたい所だが・・・    この雪じゃあな。」 浜野「美里君。」 美里「あ、すみません。(奥の部屋に入る)」 浜野「もしかしたら、三谷さんですか?    こんな近くにドーソンを出店して来たのは。」 三谷「ああ。    目一杯職権乱用してな。」      奥の部屋から大声がする 一郎「キャーッ!」 美里「あ、ごめーん。    着替え中だったね。」 一郎「じ、自分こそこんな格好で失礼しております。」 美里「いいから早くズボンはきなよ。    何でそんな着替えに時間かかるの?」 一郎「朝晩これつけてないと、薄くなるのが心配で・・・」 美里「そんなに髪長いのに?」 浜野「おーい、君たちー、少し静かにしてくれないかー。」 美里「すいませーん。」 三谷「全く、バイト連中の教育がなってないようだな。」 浜野「ドーソンではちゃんと教育されるんですか?」 三谷「教育ってほどじゃないが・・・    マニュアルがあるんだ。」 浜野「さすが全国チェーンですね。」 三谷「ところで浜野。    お前ここでずっと働いてるのか?」 浜野「ええ。    会社をやめて、ここでコンビニを始めたのが二十年前ですよ。」 三谷「なんでこんな北海道の果てに来たんだ?」 浜野「嫌になったってことですかね、都会が。」 三谷「リストラ係がこたえたか?」 浜野「まともな神経じゃ出来ませんでしたね。」 三谷「しかし、いきなり失踪ってのも、まともな神経の奴がやることじゃないと思うがな。」 浜野「三谷さんはどうなさってたんですか?」 三谷「俺か?    会社をクビになってから、仕事探してた時に親が2人とも死んじまってな。」 浜野「そうでしたか。」 三谷「身軽になって、バイトしながらあちこち転々としたよ。    お前を捜そうと思ってな。」 浜野「私を?    なぜですか?」 三谷「お前に会って、お返しがしたかったのさ。」 浜野「三谷さんって根気があるんですね。」 三谷「何だか、行きてく目的が見つからなくてな。    お前を捜し出して復讐してやる。    それが俺の目的になったんだ。    そういう意味じゃ、お前に感謝してるぜ。」 浜野「復讐なんてしなくても、私はもう十分報いを受けてますよ。」      奥の部屋から美里と一郎が出てくる       一郎は盆に載せたコーヒーカップと砂糖を運んでいる 美里「お待たせしました。」 一郎「どちらにお持ち致しましょうか?」 浜野「こっちに持って来てくれ。」      浜野、女子高生たちが座っていたコーナーに行く       一郎はコーヒーを運ぶ 浜野「三谷さんもこちらへどうぞ。」 三谷「おい。    クリープがねえぞ。」 一郎「申し訳ございませんが、休憩室では切らしておりまして。」 美里「あ、ここに置いてますから。」      美里売り場からクリープを取って来る 三谷「すまねえな。」 美里「どういたいまして。    あの、お会計はこちらで結構ですから。」 三谷「何?」 美里「お買い上げでいらっしゃいますよね?」 三谷「バカ言ってるんじゃねえ。」 浜野「三谷さん。    買ってもらえると助かるんですが。    何しろこの客入りじゃ、バイト代も払えないんですよ。」 三谷「わかったよ。」 美里「えーと・・・    いくらにしましょうか?」 三谷「定価があるだろう!」 美里「じゃあ、五千円ということで・・・」 三谷「ふざけてんのか!    おいこら!」 浜野「まあまあ三谷さん、冗談ですよ。    私が払っておきましょう。」 三谷「何でお前が払うんだよ。    お前ブラックだろ?・・・    わかったよ、俺が払えばいいんだろう?」      三谷、お札を美里に渡す 三谷「釣りはいらねえよ。」 美里「ありがとうございます。(お札をレジに持って行く)」      三谷と浜野がコーヒーを飲もうとすると、なぜか間に入り込んだ一郎が湯飲みでお茶をすすっている 浜野「君たち申し訳ないが、この人と話してる間休憩室に行っててくれないか。」 一郎「そ、それは・・・」 浜野「何か困るのか?」 一郎「また何か間違いが起こっては、自分はオムコに行けなくなります。」 美里「誤解されるようなこと言わないでよ。」 浜野「すぐ終わるから。」 美里「一郎ちゃん、襲ったりしないから、行こ。」      美里、一郎の手をとって休憩室に引っ込む 三谷「何で店内にこんなスペースがあるんだ?」 浜野「さっきみたいな高校生が、店の外でたまっちゃうんですよね。    いっそ、店内に居場所を作ってやろうと思って。」 三谷「不良を呼び寄せてるようなもんじゃねえか。」 浜野「普通の子たちですよ。」 三谷「それから、そこの奥に部屋があるのか?」 浜野「ええ、休憩室がね。    結構広い和室で、5人くらい泊まれるようになってるんですよ。」 三谷「そりゃスペースの無駄ってもんだろう。    おかげで肝心の売り場が手狭だ。」 浜野「これくらいでいいんですよ。    無理して稼ごうとも思いませんし。」 三谷「バイト代が払えねえほど、採算が採れてないらしいじゃないか。」 浜野「はっきり言ってもらって構いませんよ。    調べてらっしゃるんでしょう?」 三谷「まあな。    今年いっぱいで吸収合併って話が、本社から来てるだろう?」 浜野「三谷さんがかんでるとは知りませんでしたよ。」 三谷「悪いが、俺が知った以上力づくでもこの店は渡してもらうぜ。」 浜野「仕方ないですね。」 三谷「まあ、お前にはこの店で働かせてやるよ。」 浜野「ありがとうございます。」 三谷「で、俺が店長だ。いいな?」 浜野「三谷さんが?・・・」 三谷「俺はお前と違って心が広いんだ。    クビにする代わりにせいぜいこき使ってやるよ。」 浜野「それで三谷さんの気が晴れるんだったら、そうしてください。」 三谷「お前に負け犬呼ばわりされた屈辱は、こんなもんじゃ晴れねえよ。    それから店の改装に口を挟むんじゃねえぞ。」 浜野「このコーナーや休憩室も取りつぶしですか?」 三谷「当然だ。    採算が採れなきゃそれこそやめてもらうからな。」 浜野「それは厳しいですね。」 三谷「なに、ここさえ潰せば向こうのドーソンは撤退させる。    何とかなるだろう。」 浜野「そこまでやりますか・・・」 三谷「何がフレンドだ、おちゃらけやがって・・・    世の中そんなに甘かねえんだよ!」 浜野「バイトの子たちは継続して雇ってもらえますか?」 三谷「空きが出れば考えないこともない。」 浜野「おーい、盗み聞きしてないで、出ておいで。」      一郎と美里現れる 三谷「全くバイトの教育がなってねえな。」 一郎「あ、あの、大変申し訳ないことを致しまして・・・」 三谷「ま、そういうわけでな、来年早々にこの店はドーソンに変わる。    お前らの雇用は向こうの店との相談だな。」 浜野「すまない。    私にはもう何も出来ない。」 美里「私はどうせ卒業でバイトやめますから。」 一郎「店長さんは、それでよろしいのですか?」 浜野「いいも何もないよ。    仕事が続けられるだけでもありがたいことだ。」 一郎「自分は・・・    このようなやり方には怒りを覚えております。」 三谷「ほう・・・    バイトの分際でいっちょ前に俺にけんかでも売ろうってのか?」 浜野「一郎君、やめなさい。」 一郎「しかし店長。    卑怯ですよ、こんなやり方は。」 三谷「卑怯で大いに結構。    どんな手段でも勝ちゃあいいんだよ、世の中は。」 一郎「そのような考え方を、自分は絶対に認めることは出来ません!」 三谷「負け犬がいくら吠えた所で無駄なんだよ。    なあ、浜野。」 浜野「その通りですね、三谷さん。」 一郎「店長さん・・・」 浜野「ドーソンは関係ないんだ。    どの道経営が立ちゆかなくなって潰れるのも時間の問題だったんだよ・・・    もう時代に合わないんだな、こんな店は・・・」 美里「そんなことありません。    だって、私お客さんの名前みんなわかります。    私大好きです、このお店。」 一郎「こんな時代だからこそ、この店の存在価値があるのではないでしょうか。」 浜野「君たち、ありがとう・・・    だけど、もう駄目なんだよ、フレンドは・・・」 三谷「けっ!    妙に湿っぽくなりやがって。    浜野、詳しい話は明日場所を変えてやろう。」 浜野「そうですね。」 三谷「じゃあな。」      三谷出て行く 美里「フレンド、潰れちゃうんですね。」 浜野「名前は変わっても店は残るんだ。    私が昔あの人にやったことに比べたらどうってことはないよ。」 一郎「店長さんにも、そういう過去が・・・」 浜野「機会があれば話してあげるよ。」 美里「あ、私もう1回浩平に電話かけてきます。」      美里、休憩室に引っ込む 浜野「誘ったのかね、美里君を。」 一郎「いえ、まだ・・・」 浜野「さっき絶好のチャンスだったじゃないか。」 一郎「説明しづらいのでありますが、先ほどはそういう状況にありませんでしたので・・・」 浜野「君を見ていると、店のことより君の将来の方が心配になって来るよ。」 一郎「ご心配をおかけしまして、お詫びの言葉もございません。」 浜野「ほら、行って来なさい。」 一郎「どちらへでしょうか?」 浜野「お母さんに電話すると言うことで、君もかけに行くんだよ。    そうすれば、美里君と2人切りになれるだろう?」 一郎「あ、あの、自分は携帯用電話機を所持しておりませんので・・・」 浜野「だったら、美里君に借りなさい。    そのついでに誘うんだよ。」 一郎「なるほど・・・    了解致しました。」      一郎が休憩室に入ろうとすると、電話を終えた美里が出てきて一郎と鉢合わせになる 美里「浩平、もう近くまで来てるって言うんですけど・・・    あれ、一郎ちゃん?」 一郎「あ、美里さん・・・」 美里「どうしたの?」 一郎「あ、あの・・・    携帯用電話機を貸して頂けませんでしょうか?」 美里「いいよ。   (携帯電話を一郎に渡しながら)一郎ちゃんって携帯持ってないんだ・・・」 一郎「ありがとうございます。」      一郎、携帯電話を押し抱くと、美里と入れ替わりで休憩室に入る 浜野「何やっとるんだ、あいつ。」 美里「店長さん、何か?」 浜野「いや、何でもないよ。」      浩平が入って来る 浩平「いやあ、雪がひどくて・・・」 美里「まったく、何時だと思ってんの?    1時間も遅いよ。」 浩平「ホントすごい雪だったんだから・・・    あ、すいません店長さん。    遅くなりました。」 浜野「そんなに大雪だったのかい?」 浩平「4年もここにいますけど、こんなすごいのは初めてですよ。」 美里「どうやって来たの?    バイクじゃ無理でしょ?」 浩平「だから歩いて来たんだ。    全く、遭難するかと思ったよ。」 浜野「そうなんだ!    ははは・・・    遭難と・・・    そうなんだ、で・・・    いや、失礼。」 浩平「来てすぐでなんですが、もう帰った方がいいと思いますよ。    なんか、バスも電車も動かなくなりそうだって言ってました。」 浜野「そうだ。    確か7年前の大雪の時、交通機関がストップしたんだ。    今思い出したよ。    あの時も夜気温が下がってから車も動けなくなったんだ。」 浩平「だから、早いうちに帰らないと。    まだ動いてるらしいですから。」 浜野「えーっと・・・    あの、君まず着替えて来なさい。    その間私が店を見てるから。」 浩平「そうですか、すみません。    おい、美里、お前早く帰った方がいいぞ。」 美里「わ、私も店長さんにおまかせじゃ悪いから、待ってるよ。」 浩平「そんなこと言ってるヒマないんだって。    お前んとこの下宿、バスが止まったらホントに帰れなくなるだろう?」 美里「あ、あの・・・    いざとなったら、ここ泊めてもらえますよね?」 浜野「どうしても帰れないとなれば・・・    それもありかな。」 浩平「何言ってるんですか。    女を泊めていいわけないでしょう。    だから男しか泊まり勤務はないわけですし。」 浜野「そりゃまあ原則はそうだが・・・    やむを得ない場合には原則を崩すこともあるわけで・・・」 浩平「こうしてる間にも、雪は降ってるんです。    今ならまだバスも動いてるんですから、すぐに美里を帰らせてください。」 浜野「別に私が美里君を残してるわけじゃないよ・・・    あ、ちょっと待っててくれよ。    一郎くーん。」      浜野、休憩室の一郎を呼びに行く 美里「店長さん!」 浩平「帰る準備出来てんだろ?    早く帰れよ。」 美里「浩平、私にいて欲しくないの?」 浩平「バカ。    俺は仕事に来たんだぞ。    お前にいて欲しいとか、関係ないだろう。」 美里「1人で泊まり勤務とか、寂しいよね。    一緒にいれば手伝ってあげられるし、交替で寝たりとか出来るし・・・」 浩平「帰って明日の準備をしろ。」 美里「もう出来てる。」 浩平「とにかく帰るんだよ。」 美里「なんで、あんたに命令されなきゃいけないの?」 浩平「うざってえんだよ!    とっととうせろ!」      美里無言で出て行く       その直後に一郎と店長が戻って来る 浜野「あれ、美里君は?」 浩平「帰りましたよ。」 浜野「そうか・・・」 浩平「あれ、お前もまだいたの?    早く帰らないと。」 一郎「佐々木先輩に、お話があるのですが。」 浩平「え?    何の話だ?」 一郎「いや、ちょっと・・・    あ、しまった!」 浩平「どうした?」 一郎「美里さんにこれ借りたままでした。(携帯電話を見せる)」 浩平「さっき出たばかりだから、まだ捕まると思うぞ。」 一郎「わかりました。」 浜野「それちょっと貸しなさい。    私が行って来るよ。」 一郎「それは申し訳ないです。」 浜野「2人で話があるんだろう?」 一郎「後でかまいませんから。」 浜野「その話は美里君のことだろう?」 一郎「店長さん!」 浜野「いいからよこせ!(携帯電話を強奪する)    大学前のバス停だな?」 浩平「そうですけど。」 浜野「電話するからな。」      浜野、携帯電話を持ち急いで出て行く 浩平「何だ一体?    全然話が見えねえんだけど。」 一郎「そうだろうと思います。」 浩平「美里がどうかしたの?」 一郎「単刀直入にお伺いしてもよろしいでしょうか?」 浩平「ああ。」 一郎「佐々木先輩は、あの、美里さんと、その、お付き合いしておられるのでしょうか?」 浩平「(吹き出す)」 一郎「な、何かおかしなことでも・・・」 浩平「本気で言ってるんじゃないよな。」 一郎「自分は本気でありますが。」 浩平「何でそんなこと聞くんだよ。」 一郎「あ、いや、それは・・・」 浩平「もしかして、お前、美里に気があんの?」 一郎「質問に答えて頂きたいのでありますが。」 浩平「俺が美里と付き合ってるのかって?・・・    付き合ってねえよ。」 一郎「しかし、その、佐々木先輩は美里さんの下宿にご飯を食べに行かれたりとか・・・」 浩平「そりゃあ、あいつは仕送りで裕福だからさ。    美里の実家は大病院なんだ。    で、ついでに泊まって帰ったりもしてるけど。」 一郎「美里さんと、一夜をともに(悶絶している)・・・」 浩平「だからお前、勘違いだって。    俺と美里は兄妹なんだけど。」 一郎「そ、そうなのでありますか?」 浩平「出来の悪い兄貴が、生活費に困ったら妹の下宿に転がり込んで飯を食わしてもらってる、ってだけのことだ。」 一郎「お名前が違うのは・・・」 浩平「あのなあ、聞いていいことと悪いことがあるだろう?」 一郎「申し訳ありませんでした!・・・    あ、あの、お兄様。」 浩平「何!?」 一郎「美里さんを自分にください!    必ず幸せにしてみせますから・・・」 浩平「俺に言うなよ。」 一郎「自分は本気であります。」 浩平「それで、お前、あいつにコクりたいわけね。」 一郎「じ、自分は家でクリスマスパーティーの用意をしておりますので、その、お誘い申し上げようかと・・・」 浩平「告白したって無駄だよ。」 一郎「どうしてでありますか?」 浩平「あいつな、もう相手がいるんだよ。」      浩平の携帯電話が鳴る 浩平「はい・・・    え?    別に用はありませんが・・・    はい    (一郎に)お前、何か美里に用事ある?」 一郎「・・・い、いいえ。」 浩平「別にないそうですよ・・・    それじゃお気をつけて。」 一郎「店長さんでありますか?」 浩平「ああ。    何とかバス停で美里に携帯返したって。」 一郎「そうでありますか・・・」 浩平「あれ、お前落ち込んでるの?」 一郎「いえ、そういうわけでは・・・」 浩平「美里はさ、婚約者がいるんだよ。    て言ってもまだ会ったことないらしいけどな。    明日くにに帰ってその男と一応お見合いするらしい。」 一郎「まだ会ってもないのに、婚約ですか?」 浩平「あいつの家、大病院だと言ったよな。    あいつ1人娘だから、跡継ぎに優秀な医者の養子をもらう、ってのが、昔からもう決まってたんだよ。」 一郎「婚約かあ・・・」 浩平「写真見た感じじゃ良さそうな男でな。    美里も喜んでたよ。    一応、どんな男と結婚するのか、気にはしてたみたいだからな。」 一郎「それは当然気になるでしょう。」 浩平「いや、そうでもないらしいぜ。    ああいう家柄じゃそれが当然って風に育てられるし、美里だって結婚するつもりになってるしな。」 一郎「まだ会ってもいない人と、ですか?」 浩平「そうだよ。    しょせん生まれが違うんだ。    これはどうしようもないことなんだ。」 一郎「先輩。    兄妹だと、言うのは・・・」 浩平「・・・始めからさ、どうしようもない事ってあるんだよ。」 一郎「明日、日勤ですよね。」 浩平「ああ。    昼も夜もずっと仕事だ。」 一郎「見送っても、さしあげないのでしょうか?」 浩平「だから無理だろ。」 一郎「先輩はそれでもいいのですか!」 浩平「結婚するためにくにに帰る奴に、未練持たせてどうするんだよ・・・    結局、俺はあいつの人生にとっちゃ邪魔者以外の何者でもなかったんだ。」 一郎「しかし・・・」 浩平「るせえんだよ!」 一郎「も、申し訳ありませんでした。」 浩平「わりい。    お前に腹立ててもしょうがねえよな・・・    俺、ガキの頃からあいつのこと知っててさ・・・    だからあいつの事はほかの人間にいろいろ言われたくないんだ。」      浜野帰って来る 浜野「いやあ、思った以上の雪だったよ。    この衣装が役に立つとは思わなかったな。」 一郎「店長さん。    美里さんは?」 浜野「ああ、ちゃんと携帯返しといたから。」 浩平「もう帰りましたか?」 浜野「私がバス停に着いた後、美里君と話してる間にバスが来てな。    遅れると危ない所だったよ。」 浩平「まだバスも走ってるんですね。」 浜野「そろそろ止まると思うよ。」 一郎「自分、もう帰れそうにないですね。」 浩平「じゃあ、泊まれよ。」 一郎「そうします。」 浜野「お母さんの方はいいの?」 一郎「はい。    先程、帰れないかも知れないと、連絡しておきました。」 浜野「ところで、美里君のことなんだけど・・・」 一郎「あ、あの、自分はもう用がなくなりましたので・・・」 浜野「泣いていたよ・・・    雪が降りかかってくるのに払いもしないもんだから、ひどい格好でね・・・」 浩平「マリッジブルーってやつじゃないですか?」 浜野「結婚・・・    するの?」 浩平「あいつ、くにに帰ったら婚約者と結婚するんですよ。」 浜野「そういう人が、いたのかね。」 一郎「まだ会ったこともない人らしいのでありますが。」 浩平「前から決まってたことなんです。    あいつの家病院で、養子もらって跡継ぎにって。」 浜野「そうか・・・    そういうことも、あるだろうね。」 一郎「自分はまだ、納得がいかないのでありますが。    結婚は当事者の合意に基づかなくては・・・」 浩平「もう合意してるんだよ。    美里は・・・    結婚する前提で、くにに帰ってその男と会うんだ。」 一郎「会う前から、どうして婚約まで・・・」 浩平「仕方ないんだよ。」 一郎「それではあまりにも美里さんが、お気の毒では。」 浩平「そんなこと言ってる状況じゃねえの・・・    それに本人がその気なんだから・・・」 浜野「いいのかね?」 浩平「いいも何も・・・    俺には無関係ですか・・・」 浜野「無関係か・・・    それも人生だね・・・」 浩平「あいつの親父さん。今の院長なんですけど、去年脳卒中で倒れたらしくて・・・    早く跡継ぎ決めないと、病院の経営がヤバイらしいんです。    病院の乗っ取り狙ってるヤクザみたいな連中もいるらしくて。」 浜野「嫌な話だな。」 浩平「結婚するのが嫌だとか、わがままの言えた状況じゃないらしいんです。    桑原病院って地元じゃ有名な大病院で、ゴタゴタが起こったら何百人もの人間に影響するかも知れない。    美里はそんなことわかっててわがまま言うようなやつじゃないですから。」      そこへ人が入って来る       三谷である       コンビニの袋を下げている 三谷「何だ。    相変わらず客はいねえのか。」 浜野「三谷さん。    どうなさいましたか。」 三谷「バスが止まって、タクシーも走らなくてな。」 浜野「もしかして、帰れなくなったとか。」 三谷「それでな、お前んちに泊めてもらえねえかと。」 一郎「あの、ホテルに泊まられては?」 三谷「雪で動きがとれない。    とりあえずここくらいしか行ける場所がないんだ。    ただじゃ悪いし、ドーソンから酒とつまみも持って来たからよ。」 浩平「店長さん。    もう帰って頂いていいですよ。    お宅は近くですよね。」 一郎「自分もここに残りますから。」 三谷「嫁さんとか子どもとかいるだろうけど、寝るだけでいいから・・・」 浜野「嫌だ。」 三谷「あ、クリスマスで子どもが待ってるんだよな。    ゆうちゃん、だったっけ?    その子が寝ちまった後からでいいから。」 浜野「嫌だ・・・    嫌だ。    うちには帰りたくない・・・」 浩平「店長さん!」 三谷「浜野、どうした?」 浜野「もう嫌だ。    誰もいない家には帰りたくないんだよ!」 三谷「おい、何言ってるんだ?    ゆうちゃんが待ってるんだろう?」      間 浜野「・・・ゆうちゃんはね、もういないんですよ・・・    今年の春にね。    3年間入院してがんばってたんですけど・・・    白血病でした・・・    子どもがいなくなると、嫁さんともうまくいかなくなってね・・・」 三谷「浜野・・・    お前・・・」 浜野「だから三谷さん。    ここに泊まりましょう。    せっかくのクリスマスイブ、少しでも人がたくさんいた方が、いいじゃないですか。」 三谷「ここに泊まれるのか?」 浜野「こういう時、広い休憩室が役に立つんですよ。」 三谷「そうか、無駄なスペースってのも、馬鹿には出来ないな・・・    浜野、飲むか?」 浜野「そうですね。」 三谷「部屋に案内しろよ。」 浩平「あ、あの、俺制服に着替えないと。」 浜野「何、気にするな。どうせ客は来るわけないから。」 三谷「何だか学生時代に戻ったみたいだな。」 浜野「よく三谷さんの下宿に泊めてもらいましたね。」 三谷「いっぺんお前ゲロはいただろ、布団の上に。」 浜野「そんなの忘れてくださいよ。」 三谷「俺は執念深い人間だからな。」 浜野「一郎君、君も来なさい。」 一郎「じ、自分は・・・」 浜野「酒くらい飲めるだろう?」 一郎「は、実は大好物であります。」 浩平「いいぜ。    俺店番してっから。    と言うか、本来俺1人で仕事してるはずだから。」 一郎「かたじけのう存じます。」 浜野「早く来なさい。」 一郎「あの、納豆をつまみに持って行ってもいいですか?」 三谷「納豆?    変な野郎だな。」 浜野「何でもアリだ。    持っといで。」      一郎、納豆パックをたくさん持って来る 浜野「ずいぶん持って来たな。    バイト代から引いとくぞ。」 三谷「何、堅いこと言うな。」 浜野「冗談ですよ。」      3人休憩室へ引っ込む      間      浩平、携帯電話を取り出してかけるかどうかしばらく迷っている       一郎、缶ビールと納豆を1パック持って出てくる 一郎「佐々木先輩もお1ついかがでしょうか?」 浩平「やめとくよ。    一応、勤務中だからな。」 一郎「それでは納豆だけでも。」 浩平「置いといてくれ。」      一郎、納豆と割り箸を置くと戻って行く       辺りが薄暗くなり「なごり雪」と共に浩平の回想が始まる       小学3年生の美里がいじめっ子ABCから逃げようとするが囲まれてしまう  A「バーカー。」  B「逃げんなよー。」 美里「逃げてないもん!」  C「逃げてるじゃん。」 美里「逃げてない!」  A「金持ちだからっていばりやがって。」 美里「いばってないもん!」  B「ヤブ医者のくせにさ。」 美里「ヤブじゃないもん!」 ABC「ヤーブ、ヤーブ、ヤーブ・・・」      美里泣き出す       ABCはかさにかかって     「泣ーいーた、泣ーいーた・・・」とはやす       そこへ小学生の浩平が通りかかる 浩平「おい、やめろよ。」  A「何だこいつ、カッコつけやがって。」  B「弱虫のくせにー。」 浩平「弱虫なんかじゃないぞ。」  C「あー、こいつんち、お母さんいないんだぜ。」  A「えー?    マジー?」 ABC「逃ーげーたーにょーぼーにゃー・・・」 浩平「この野郎!」      浩平つっかかっていくが簡単にやられてしまう  A「ああ、血だ・・・」  B「ヤバイ。」  C「逃げろ!」  A「血だ・・・    血だ・・・    助けてー!    赤いー!」      浩平がひざから流血しているのに動揺したいじめっ子たちは去っていく       しゃがみ込んでいる浩平を美里後ろからつついて 美里「ごめんね。    えっと・・・    誰だっけ?」 浩平「浩平。    佐々木浩平。」 美里「私は桑原美里。」 浩平「知ってるよ。    桑原病院だろ。」 美里「血が出てるよ。(ハンカチで血を拭こうとする)」 浩平「痛いっ!」 美里「ごめん。」 浩平「消毒しないと。」 美里「これくらい大丈夫だって。    ツバつけとけば治るから。    私のつけてあげようか?」 浩平「いいよ。    お前ホントに桑原病院なの?」 美里「そうだよ・・・    あ、雪だ!    雪だよ!」      雪が降って来る       はしゃぎ回る美里を浩平はひざを抱えて見ている 美里「今度うちでクリスマスパーティーやるんだ。    君もおいでよ。」      美里の差し出す手を浩平ためらいながら取り、手をつないで一緒に退場       高校生の美里の声 美里「待てない。    だってもう9年も待ったんだよ・・・    私、浩平と別れたくない。」 浩平「くそう!」      浩平はたまらなくなって携帯電話をかける 浩平「おい、起きてたか・・・    すぐ来いよ・・・    何とかして来い・・・    会いたいからだよ!・・・    今すぐお前に会いたいんだ!・・・」      浩平、いきなり切られた携帯電話をじっと見ている       様子を見ていた浜野が声をかける 浜野「ふられちゃったか・・・    人生、うまくいかないことばかりだよな・・・」      奥から大声が聞こえる 三谷「おーい、浜野ー。    つまみはまだかー!」 一郎「納豆ばんざーい!」      浜野苦笑しながら部屋に戻る       浩平はレジに顔を埋めて、いつの間にか寝ている       あたりが少し明るくなる       雪でビショビショに濡れてボロボロになり、今にも倒れそうな足取りで美里が入って来る       帰り支度のスーツケースを引きずっている 美里「浩平、来たよ。」 浩平「美里・・・」      慌てて駆け寄った浩平の腕の中に美里、崩れ落ちる 浩平「お前、どうやって来たんだよ。」 美里「歩いて、来た。」 浩平「何だって・・・    ホントに遭難して死んじまうぞ・・・」 美里「死んでもいいと、思った・・・」 浩平「ば、ばかやろう!」 美里「嬉しかったんだ私。    だって初めて浩平から誘ってくれたから・・・    だから行き倒れで死んでもいいと思った・・・」 浩平「お。    おい。    泣くなよ。」      休憩室から、浜野、三谷、一郎が出て来る 浜野「おーい、朝っぱらからどうしたんだー?・・・    美里君!」      全員、美里と浩平のまわりに集まる 三谷「ビショ濡れじゃないか。」 一郎「かぜ引きますよ。」 浜野「とにかく部屋の中に連れて行こう。」      3人は美里を休憩室に運ぶ       浩平は呆然と立ちすくんでいる       しばらくして一郎出て来る 浩平「お前・・・    美里はどうしたんだ。」 一郎「刺激が強いから出ておけと言われまして。」 浩平「何だそりゃ?」 一郎「着替えさせるんだそうです。」 浩平「お前もつくづくさえねえ役回りだよな。」 一郎「先輩にはかないませんよ。」 浩平「俺たち・・・    何やってんだろうな。」 一郎「美里さん・・・    最後に会えて良かったじゃないですか。」 浩平「状況は変わらねえよ。」 一郎「それでも・・・    自分は良かったと思います。」      サンタの衣装に着替えた美里と、浜野、三谷が戻って来る 浩平「美里・・・    お前、その格好似合わねえな。」 美里「こんなの似合ったって嬉しくないよ。」 浜野「美里君。    何時に出ればいいんだい?」 美里「昼前には・・・    あ、でも交通機関が・・・」 浜野「何、もうすっかり晴れて、バスも電車も普通に動いてるよ。」 三谷「少々の雪にはなれてるからな、こちらの人間は。」 美里「私なんで、死にそうな思いしながらここ来たんだろう?    これなら始発の電車で来たのと大差ないよ。」 一郎「それが青春と言うものではないでしょうか?」 浜野「おお、一郎君、なかなかわかって来たみたいだね。」 一郎「美里さんの門出をみんなで祝いませんか?」 浩平「門出ってお前・・・    平気なのか?」 一郎「顔で笑って心で泣いております。    男はつらいよ・・・」 浜野「よし。    それじゃ、ここでクリスマスパーティーといきますか。」 浩平「何だか、わけわかんないですよ。」 浜野「三谷さんもご一緒にいかがですか?」 三谷「よくわからないが・・・    こりゃ負け犬たちのパーティーだな。」 美里「負け犬でもいいよ・・・    私、すごく嬉しい・・・」 一郎「とりあえず、納豆で乾杯しましょう。」 浩平「お前、やっぱずれてんな。」 一郎「しまった!    ヒョットコ納豆切れてたんだ・・・」 三谷「浜野。    今度俺にサンタの衣装を着せてくれ。」 浜野「どうしてですか?」 三谷「俺のブロマイドを作るんだよ。」 浜野「売り上げが落ちますよ。」      みんな笑う       一郎が納豆パックを皆に配り、さて今からという所で客が入って来る 老婆「今日はええ天気になったの。」  嫁「おばあちゃん。    そんなに急いだら転びますよ。」 主婦「オフクロ納豆あるかしら?    タクヤちゃんが気に入っちゃって。」  A「おっちゃん、お早う!」  B「てゆーかー・・・    何やってんのー、みんなー。」  C「あー。    もしかしてクリスマスパーティーとか。」      にぎやかにパーティーが始まり、喧噪の中に 業者「お早うございまーす。    ヒョットコ納豆持って来ましたー。」      あたりが暗くなり、クリスマスツリーの電飾がキラキラ輝く中、閉幕