「あの夏」 中島清志作 【キャスト】♀ 加藤桃子(高校1年生) ♀ 松田静香(桃子のクラスメイト)     音楽流れる。     (作者のイメージは、柴田淳「あの夏」)        「いつかまたこの場所で 君に会いたい         微笑んだ君の後ろに夜空の花          きっと今よりも君の笑顔が         素敵でありますように・・・」      開幕。           6月下旬。      梅雨のはざ間のまばゆい太陽の光が目に突き刺さる。      誰もいない校庭の片隅。      1人の女子高生が、わずかだけ木陰の出来たベンチに座り文庫本を読んでいる。      加藤桃子である。      時折ハンカチで汗を拭く仕草。      そこへもう1人の女子高生、松田静香がやって来る。 静香「うわ〜    あっちいなあ〜    おお〜、いたいた。    あの〜、ちょっと・・・」      静香、背後から遠慮がちに声を掛けるが、桃子は無反応。 静香「加藤さん!」 桃子「えっ?」 静香「あの〜、ちょ、ちょっと、いいかな?」 桃子「私ですか?」 静香「そう私。    あ、ごめんね。    話するの始めてだっけ?」 桃子「そうですね。」 静香「あの、私、松田静香。    同じクラスだよね?」 桃子「・・・たぶん。」 静香「あのね、あのね、ちょっと聞かせてもらっていい?」 桃子「はい。    なんですか?」 静香「B組の加藤君のことなんだけど。」 桃子「ああ。    太一のことですか。」 静香「えっ!?    太一って、呼び捨て?」 桃子「いけませんか?」 静香「あ、いや、いいけど・・・    もしかして、きょうだい?」 桃子「違いますよ。」 静香「じゃあさ、親せき?    ・・・まさか、彼氏じゃないよね?」 桃子「何言ってるんですか。」 静香「いや、加藤さん、加藤君とたまに話してるから。」 桃子「ああ。    太一とは、小学校からずっと同じ学校なんで。    家も近いですし。」 静香「あ、じゃあ、やっぱ親せきなんだ?」 桃子「それが違うんですよ。    うちのお父さん、転勤族で。    小学校3年の時、こちらに越して来たんです。」 静香「へえ。    じゃあ、親せきとかじゃないんだ。」 桃子「はい。    だけど、これが変な話で、たまたま越して来た所が、加藤って名前の多い土地で。」 静香「加藤一族なのかも知れないね。」 桃子「よくわからないんですけど。    小学校の時なんか、1学年1クラスなんですけど、半分くらい加藤って名前なんですよ。    だからみんな下の名前で呼ぶのが普通で。」 静香「それで太一って言ってたのかあ・・・」 桃子「はい。    昔からそうなんで。」 静香「あ、じゃさあ、加藤君もあなたのこと下の名前で?    ・・・えっと、ごめん、なんだっけ下の名前?」 桃子「桃子ですけど。」 静香「桃子って呼ばれてるの?」 桃子「そうですね・・・    桃子、とか、桃、とか・・・    天然水って呼ばれてた時もあります。」 静香「ははは。    何それ?    チョー受けるんだけど。」 桃子「『桃の天然水』って流行ってて。」 静香「知ってるよ。    説明してくれないでも。」 桃子「別に面白くないと思うんですけど。」 静香「でも、みんな下の名前で呼ぶのっていいよね。    すぐに仲良くなれそうじゃん。」 桃子「あ、だけど、高校じゃ、加藤さんって呼ばれてるかな?」 静香「え、なんで?」 桃子「恥ずかしいんじゃないですか?    男子ってそういうの。」 静香「フフッ。」 桃子「どうかしました?」 静香「加藤さんって、意外とよくしゃべる人なんだなと思って。」 桃子「どんな人間だと思ってたんですか。」 静香「だって、いつも1人でいるし、友達と話してるとこ、見たことないから。」 桃子「1人が好きなんですよ。」 静香「どうして?」 桃子「・・・人に気を使わなくていいじゃないですか。」      間 桃子「何だか、どんどん暑くなって来ましたね。」 静香「あ、そうだ。    加藤さん、のどが乾いたでしょ?    私ジュースかアイス買ってくるけど、どっちがいい?」 桃子「え、そんな!    だったら私も一緒に行きます。」      静香、立ち上がってすぐに出掛けそうな様子。 静香「いいから、いいから。    ジュースでいい?」 桃子「あー、だったらアイスにしてください。」 静香「わかった。」 桃子「それからついでに、カラメル味だと、嬉しいかな?」 静香「あれ、メチャ甘いよ。」 桃子「あ、ごめんなさい。」 静香「謝らなくてもいいよ。」      静香その場を出て行く。      桃子は再び文庫本を読み始める。      本当に暑いようで、制服の胸元をはだけて手でバタバタと風を送ったりしている。      ハア〜と大きくため息を洩らした桃子は、文庫本をベンチに置いて地べたに降り、大の字になって寝そべる。      誰も見ていないのを確信したかのような、大胆と言うかはしたない格好である。      そこへ静香帰って来る。      桃子が地面に横になっているのに驚く。 静香「加藤さん。    買って来たよ、カラメル味のアイス。」 桃子「ありがとう。」      桃子と静香、地面に座ってアイスを食べ始める。 静香「ねえ、何やってたの?」 桃子「何って?」 静香「寝っ転がってんだもん。    ビックリしたよ。」 桃子「空を見てたんです。」 静香「空を?」 桃子「何もない空を見るのが好きなんです。    頭の中がカラッポになって、何も考えずにすみますから。 静香「だからって、寝そべらないでも。」 桃子「いいんですよ。    ここ誰も来ないし。」 静香「確かに、学校にこんな場所があるとは全然知らなかったな。」 桃子「いい場所だと思いませんか?」 静香「だけどずいぶん暑いよね。」 桃子「確かに冬は寒いし、夏は暑いでしょうね。    でもいいんです。    あんまり気持ちいい場所だと、人が来ちゃいますから。」 静香「ホントに1人ぼっちが好きなんだね。」 桃子「ああ、おいしかった。    ありがとう、松田さん。」 静香「え、もう食べ終わったの?」 桃子「実は、甘いものに目がないんですよ、私。」 静香「加藤さんって、変わってるね。」 桃子「そうですか?」 静香「まじめなんだが、ふざけてるんだか、よくわかんない。」 桃子「あ、それよく言われます。      桃子、再び地面に横になると、おなかをさすったりしている。 静香「ねえ、服が汚れない?」 桃子「大丈夫ですよ。    芝生ですから。」 静香「だったらいいんだけど。」      桃子、立ち上がるとベンチに戻り、文庫本を読むのを再開する。  静香「何読んでるの?」 桃子「こんなのですけど。」 静香「なになに・・・    黒魔術大全?」 桃子「オカルトに興味あります?」 静香「そういうのはちょっと・・・    苦手かも知れない。」 桃子「私オカルト研究部に入ってるんですよ。」 静香「マジで?」 桃子「あ、はい、マジです。」 静香「それってどんなことやってるの?    コックリさんとか?」 桃子「あ、やってみせましょうか?」 静香「いや、いい!    遠慮しとく。」    桃子「冗談ですよ。    占いとかやってるだけです。」    静香「なーんだ・・・    ところで、オカルト研究部なんてクラブ、あったっけ?」 桃子「ありますよ!    れっきとしたクラブなんです。    まあ、部員は私1人なんですけどね。」    静香「ダメじゃん。」 桃子「私、占いとかに興味あったから、クラブの登録しに行ってみたんです。    そしたら顧問の先生しか、いなくって。    今日は活動日じゃないから、上級生はいないんだって。    まんまとだまされました。」 静香「それってひどい話だね。    顧問の先生って誰?」 桃子「理科の山村先生。」 静香「あー、何だか部屋にこもって変な研究でもしてそうな先生だよね。」 桃子「そうなんですよ。」 静香「ホントに?」 桃子「一応部室があるんですけど、これが生物教室の奥にある実験室なんです。」 静香「ああ、あの、昼でも暗い部屋でしょ。」 桃子「そう!    だから恐くて行けないんです。」 静香「意味ないじゃん。    先生がいるんでしょ?」 桃子「だって、あの先生と2人じゃもっと恐いですよ。」 静香「ははは、そりゃそうだ。」 桃子「仕方ないから、ここで本読んだり占いやったりしてるんです。」     静香「なんだ。    じゃあ、これって部活なんだ。」 桃子「はい・・・    あ、いえ、違います!    試験期間中だから部活じゃありません!」 静香「慌てなくてもいいよ。    チクったりしないからさ。」 桃子「ああ、そっか。    松田さんも試験期間だから・・・」 静香「そうなのよ。    今日から部活がないからね。    あなたを探して会いに来たってわけ。」 桃子「太一のことで用事でしたよね?」 静香「え?    あ、そうそう。」 桃子「もしかして、太一に気があるとか。」 静香「えらく単刀直入だね。」 桃子「紹介してくれ、とかいうことですか?」 静香「あー、いや、その・・・」 桃子「いいですよ。    何だったら今から呼んで来ましょうか?」 静香「ちょっと待ってよ!」 桃子「え〜?    早いとこケリつけちゃいましょうよ。」 静香「ケリをつけるって・・・    そんな急に話を進めないでよ。」 桃子「善は急げって言うじゃないですか。」 静香「加藤君のことが好きだなんて、私一言も言ってないんだけど。」 桃子「今、言いましたよ。」 静香「だから、ちょっと待って!    もう、イメージ狂っちゃうな・・・」  桃子「あの、そういう用事じゃないんですか?」 静香「いや、そういう用事なんだけどね。」 桃子「だったら」 静香「私、あなたのことを大きく誤解してたかも知れない。」 桃子「えっ?」 静香「てっきり、こんな話してもすぐにはウンと言ってくれないんじゃないかと」 桃子「どうしてですか?」 静香「なんか、男の子になんか興味ないわ、って感じだし。」 桃子「それは当たってますよ。」 静香「いや、でも・・・」    桃子「私、ホントに男の子を好きになるって気持ち、よくわからないんです。    そういうもんなのかなあ、って知識はあるんですけどね。    だから逆にそういう相談されると、すぐに引き受けちゃうのかなあ・・・」 静香「え?    これまでにもあったの、こういうこと。」 桃子「はい。    太一に紹介してくれ、って相談されたの、松田さんでもう5人目ですから。」   静香「それ、マジの話?」 桃子「はい。    直接会わせてあげたり、ラブレター渡してあげたり、方法はいろいろですけどね。」 静香「あ、あの、他にどんな子が言って来たの?    教えてくれない?」 桃子「ここで私が言うということは、松田さんのことも他の子にしゃべっちゃう、ということですよ。」 静香「あー、だったらいい!    その後、どうなったのか、だけ教えてよ。」     桃子「何がですか?」 静香「加藤君、もう4人も告白されたんでしょ?」 桃子「私が関わっただけでも、そうですね。」 静香「ね、ね、加藤君、誰かにオッケーしたのかなあ?」 桃子「さあ。    そこまで責任は持てませんから。」 静香「今誰か付き合ってる子がいるかどうか、わかんない?」 桃子「たぶん、そういう人はいないと思いますよ。」 静香「ホント?    良かった〜」 桃子「あの、私から質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」     静香「え?    何?    私に?」 桃子「松田さん、他の男の子と付き合ってませんでした?」     静香「えっ!?    な、何の話かなあ〜?」 桃子「付き合ってましたよね〜」 静香「参ったなあ。    何で知ってるの?」 桃子「いや、割とハッキリしてましたよ。    と言うかクラスのみんなそう思ってましたけど。」 静香「いや、加藤さんにだけはバレてないような気が・・・」 桃子「バレバレです。」 静香「やっぱり。」 桃子「あの人とはどうなったんですか?」 静香「いいじゃない。    そんなことどうだって。」 桃子「良くありません。    私にも紹介する責任がありますから。」 静香「そんな堅いこと言わないでも。」 桃子「じゃあ、この話はなかったことに」 静香「わかったよ!    この間別れたの。    これでいい?」 桃子「この間別れて、すぐ次ですか?」 静香「いいじゃない。    恋多き女なのよ、私は。」 桃子「いや、別にいいんですけどね。    私、そういう好きになるって気持ち、ホントにわからないですから。」 静香「ホントにわかんないの?」 桃子「太一のどこがいいんだか、非常に不思議です。」 静香「いや、彼のことは別として、男の子好きになるってフツーのことでしょ?    私たち、そういうのに一番ビンカンな花のジョシコーセーなんだしさ。」 桃子「私のことはどうだっていいじゃないですか。」 静香「いや興味あるよ、逆に。」 桃子「まあ、全く興味がないと言えばウソになりますけど。」 静香「でしょ!    好きな男のタレントとか、絶対いるよね?」 桃子「それはもちろん、いますよ。」 静香「誰?    教えてくれない?」   桃子「フレデリック大佐です。」 静香「え?    誰それ?」 桃子「フレデリック大佐は古代セリシア王国の血を唯一受け継いだ、大変高貴なお方なんです。」 静香「はあ?」 桃子「青の紋章って知りませんか?    今テレビの深夜番組でやってるんですけど。」 静香「アニメかい! 桃子「私、フレデリック大佐のことを想うと、なぜだか胸が熱くなっちゃうんです。    これが初恋というものでしょうか?」 静香「いや、アニメなんかじゃなくてさ。」 桃子「いけませんか!    今や世界に誇る日本文化であるアニメのことを、『アニメなんか』と言われるなんて・・・    私ショックです。    さよなら。」 静香「わー、ちょ、ちょっと待ってよ。    いいじゃん、アニメでも。」    桃子「アニメ『でも』ですか?」 静香「違う違う違う!    アニメ、いいと思うよ。    つか、最高じゃん。    ドラえもんとか、ちびまる子ちゃんとか。」 桃子「松田さんとは趣味が違うみたいですね。    まあ、いいでしょう。    物事は偏見を捨てて見て欲しいものです。」 静香「わかったよ。    で、その・・・    フレンドだっけ何だっけ?」 桃子「フレデリック大佐です。」 静香「カッコイイんだ、その人。」 桃子「はい。    余りにも完璧過ぎるそのお姿に、私の胸の高鳴りはやむことを知りません・・・」 静香「な、何かよくわかんないけど、ブンガク的だね〜」 桃子「はい。    このような素敵な方がいらっしゃるのに、薄汚い世の男性を好きになる女性の気持ちが、私には理解できません。」      芝居がかってウットリしている桃子      困った様子の静香      妙な間が流れて 静香「あ、そ、それで、お願いがあるんだけど。」 桃子「そうでした。    太一、呼んで来ましょうか?    部活がないと、教室でダベってるでしょうから。」 静香「いや、ちょっと待って。    作戦を立てさせてよ。」 桃子「作戦・・・    ですか?」 静香「何か話聞いてたら、加藤君って難攻不落みたいじゃん。」 桃子「よくそんな難しい言葉知ってましたね。」 静香「余計なお世話よ。    4人も告白したのにダメだったんでしょ?」    桃子「状況からすると、そうかも知れません。」     静香「ね、ホンットーに付き合ってる子とか、いないのかなあ?」 桃子「さあ、そこまで断言は出来ませんが。」    静香「え〜、ヤダー。」 桃子「そんな、ダダこねられましても。」 静香「お願い。    呼んで来なくていいから、ちょっと聞いて来てよ。」 桃子「付き合ってる彼女がいるかどうか、聞いて来るんですか?」 静香「頼むわよ。    もう付き合ってる人がいるのに告白なんかしたら、バカみたいじゃん。」 桃子「自分で聞いてみたらどうですか?」 静香「出来ないよお。    告白どころか、一言も口聞いたことないんだよお。」 桃子「それでよく、告白する気になりましたね。」 静香「私は情熱的な女なの!」 桃子「だったら。」 静香「いや、いきなり知らない子にそんなこと聞かれたら、加藤君ひいちゃうでしょ、フツー。」   桃子「何がフツーなんだかわかりませんが。」 静香「とにかく物事慎重に運びたいのよ。」 桃子「松田さんの言葉とは思えませんね。」 静香「ね、ね、一生のお願いだからさあ。」 桃子「その一生という言葉には、何のリアリティも感じられませんが。」 静香「じゃ、じゃあさ、アイスおごったげるから。」 桃子「私は小学生ですか。」 静香「カラメル味!    あの、甘ったるくて、いつまでも口に残るカラメル味だよ〜」 桃子「いつおごってくれるんですか?」 静香「え!?    ホントにそんなんでいいの?」 桃子「自分で言い出しといて驚かないでください。」 静香「じゃ、えっと・・・    とりあえず、明日。」 桃子「もう一声。」 静香「じゃ、明日とあさって。」 桃子「わかりました。    それで手を打ちましょう。」 静香「た、頼んだよ。」 桃子「じゃ、さっそく聞いてきましょう。」       桃子あっさり出て行こうとするが 静香「あー、待って待って待って!」 桃子「何ですか、今度は?」 静香「加藤君が〜、今付き合ってる子はいないって〜、答えてくれたらどうしよう?」 桃子「速攻で連れて来ましょう。」 静香「それはダメッ!」 桃子「どうしてですか?    チャンスじゃないですか。」 静香「いきなりアタックしてもうまくいかないだろうと思うの。    何しろ口を利いたこともないんだし。」 桃子「当たって砕けろって言うじゃないですか。    いさぎよく砕けましょうよ。」 静香「人ごとみたいに言わないで!」 桃子「人ごとです。」 静香「第一、私まだ心の準備が出来てないし。」 桃子「じゃあ、どうしろと言うんですか?」 静香「あのね、今日いきなり告白しなくてもいいと思うのね。」 桃子「はあ・・・」 静香「明日もあさってもあなたに会ってアイスおごらされるわけだし・・・    その間にさ、作戦を練ろうよ。    ねっ?」 桃子「今私に言われたような気がしたのは、気のせいでしょうか?」 静香「いいじゃない。    一緒に考えてよ。    どうやったら、加藤君のハートを射止めることが出来るのか。」 桃子「だから何で私が?」 静香「友達でしょ。」 桃子「いつから友達になったんですか?」 静香「こんなにしゃべったんだから友達だよ。    それにあなた、加藤君のことよく知ってるんだから、いろいろ教えてよ。」 桃子「松田さんの積極性には頭が下がります。」 静香「いいよね?」 桃子「どうして、太一にも積極的に行かないんですかね。」 静香「それが恋する乙女というものなの!    きっと彼の前じゃ、まともにしゃべれないと思う。」 桃子「そういうものですか。」 静香「そういうものよ。    大丈夫。    そのうち加藤さんにも、わかるようになるから。」 桃子「わからなくても・・・    別にいいんですけどね。」 静香「だから、今日のところは付き合ってる女の子がいるかどうか確かめてくれるだけでいから。    あ、あとついでにさ、好きな子がいるのかどうかも聞いといてよ。」 桃子「あ、あの・・・」 静香「頼んだよ!    じゃ、結果はあした教えてね。    バイバイ。」 桃子「ちょっと、松田さん!」      静香、呼び止められないようにさっさと出て行く 桃子「あ〜あ。    何だかやっかいなことになっちゃったなあ・・・」      次の日。      同じ場所でアイスを食べながら話している2人。 静香「・・・で、本当に今彼女はいないわけね。」 桃子「はい。    はっきりそう言ってました。」 静香「ヤッター!」 桃子「あ、でも、好きな女の子はいないのか、って聞いたら・・・」 静香「え、何?    そんな子がいるの?」 桃子「なんかハッキリしなくて。」 静香「どういうこと、それ?」 桃子「好きな子いるの、って聞いたら、ちょっと困った顔して・・・    ボソッと『いるかも知れない』って言ったんですけど。」 静香「いるかもって言ったのね?」 桃子「はい。    で、それ以上問いただそうとすると、『お前には関係ないだろ』って怒っちゃって。」 静香「あー、ごめんね。」 桃子「どうして謝るんですか?」 静香「加藤君怒らせたんでしょ。」 桃子「いいですよ、あんな奴。    いつも具合が悪くなると、怒り出してごまかすんですから。    ホント、サイテーな奴なんですから・・・    あ、ごめんなさい。」 静香「いいよ・・・    だけど、やっぱ結構仲いいんだね、加藤君と。」 桃子「どこがですか!」 静香「ま、まあ、いいよ。    ありがとう。    そんでさ、えっと・・・    加藤さんって、友達から何て呼ばれてるの? 」 桃子「昔は桃ちゃんですかね。」 静香「じゃ、そう呼んでいい?」 桃子「ええ。」 静香「私はシズカでいいから。    全然シズカじゃないんだけどさ。」 桃子「ははは。」 静香「じゃあ、桃ちゃん。」 桃子「あ、は、はい。」 静香「ねえ、どう思う?    加藤君、好きな子がいるっての?」 桃子「ああ・・・    気にしないでいいですよ。       どうせ口から出まかせ言ってごまかしてるんです。    あいつ、ホントに信用ならない、ろくでもないやつですから。」 静香「あのね、桃ちゃん。」 桃子「はい。」 静香「何でそんなに加藤君のこと、悪く言うの?    私、彼のことよく知らないし、ちょっとショックなんだけど。」 桃子「あ、いや、そういうつもりじゃ。」 静香「・・・ごめんね。    お願いしておいて文句ばっかり言って。」 桃子「・・・私、小学校の時転校して来たって言いましたよね。」 静香「うん。    それは聞いたけど。」 桃子「その時ちょっといじめられてて。    シカトされたり、靴隠されたり。」 静香「そんなこと話してくれなくても・・・」 桃子「あ、そんなに大したことじゃなかったんですよ。    しばらくしたら、みんなとフツーに仲良くなりましたし。    だけど、その時一番しつこくイヤなことするの、太一だったんです。」 静香「いじめっ子だったの?」 桃子「ごめんなさい。    本当に大したことじゃなかったんですけど・・・」 静香「それって、まだ小っちゃかったからだよね。」 桃子「はい。    よくあることですよ。」 静香「今はそんなことないよね?」 桃子「太一のことですか?    まあ、普通の男の子だと思いますが。」 静香「フツーじゃないよ!    背が高くてカッコいいし、優しそうだし。    もう4人もアプローチがあったんだよね。    ホント、ライバル多いんだから。」 桃子「全く・・・    小学校の時は、一番背が低かったんですよ。」 静香「ウソ!    マジで?」 桃子「それが中学に入ってからニョキニョキ背が伸びて来て。    何だか別人みたいに。」 静香「ま、それはいいよ。    ねえ、桃ちゃん。    私、加藤君に告白してもいいよね?    大丈夫だよね?」 桃子「それはまあ・・・」 静香「問題はどうやって告白するかなのよ。」 桃子「呼んで来ましょうか?」 静香「だからそれは待ってってば。」 桃子「直接話すのが一番てっとり早いかと。」 静香「てっとり早くなくてもいいの!」 桃子「じゃあ、どうしましょう?」 静香「それで悩んでるんじゃない!」 桃子「ああ。    そっか・・・」 静香「ねえねえ。    直接コクるのと、ラブレターでも渡すのとどっちがいいかなあ?」 桃子「それを私に聞かれましても。」 静香「考えてよ。    加藤君のことよく知ってるのは桃ちゃんなんだから、」 桃子「そりゃそうですけど・・・」 静香「もったいぶってないで・・・」 桃子「もったいぶってなんかいませんよ。」 静香「どちらがうまく行きそうか、わかんない?」 桃子「どちらにしてもダメな気が。」 静香「何でそんな夢のないこと言うの!」 桃子「あ、ああ、そうだ。    占ってみましょう。」 静香「え?」 桃子「私、そういうのは得意ですから。」 静香「じゃ、じゃあ頼むわ。」      極めて怪しげな占い(古代エジプト・ファラオの占い)を始める桃子     (照明・音響などテキトーに遊んでください) 桃子「はあ、はあ・・・(息が荒い)    出ました。」 静香「え、今ので、ホントに?」 桃子「信じる者は救われるんです。」 静香「わかった。」 桃子「え〜と、ズバリ、初めはラブレターがいいですね。」 静香「やっぱり、そうか。    いきなりはまずいか・・・」 桃子「それだけではありません。    匿名で出すことです。」 静香「匿名って?」 桃子「名前を明かさずに出すんですよ。    例えば、ハナ子より、とか。」 静香「ハナ子はちょっとやだな。    トイレにいそうで。」 桃子「名前は何でもいいですから、テキトーに。    そうやって太一の興味をひくんです。」 静香「え〜、それって何だかまだるっこしくない?」 桃子「何だかんだと引き延ばしてるのは静香さんの方ですよ。」 静香「そりゃそうだけど。」 桃子「考えてみてください。    匿名のラブレターなんかもらったら、すごく気になりますよね。」 静香「そうよね。」 桃子「これ一体誰からだろう、って気になって仕方なくなります。    そうやってジラしてから告白すれば、バッチリですよ。」 静香「それを桃ちゃんが渡してくれるの?」 桃子「まあ、行きがかり上仕方ありませんね。    1回にカラメル味のアイス1個で手を打ちましょう。」 静香「何かズルイ気がする。」 桃子「まあ、やってみましょうよ。」 静香「ラブレターか・・・    ん?    ちょっと待って!    それって、何通もラブレターを書かなきゃなんないってこと?」 桃子「そうなりますね。」 静香「無理!    私、絶対、無理!」 桃子「静香さんの恋を実らせるためですから。」 静香「あのさ、私何が嫌いって、作文くらい嫌いなものはないくらいなの。    ハッキリ言って1通だって書く自信ないよ。」 桃子「そこを何とか。」 静香「それにさ、自慢じゃないけど、私字がハンパじゃないくらい下手なのよ。    とてもラブレターなんか、書けない!」 桃子「字はワープロで打っては?」 静香「それはダメでしょ。    さすがに。」 桃子「新聞か何かの活字を切り抜いて作ってみますか?」 静香「何のために?」 桃子「筆跡を隠すためです。」 静香「犯行予告する犯罪者じゃん、それじゃ。」 桃子「ごめんなさい。    ちょっと遊びました。」 静香「全くもう・・・    ラブレターじゃないとダメ?」 桃子「古代エジプト、ファラオの呪いを信じてください。」 静香「呪い!?」 桃子「失礼しました。    占いです。    一文字間違えました。」 静香「大違いだよ!」 桃子「とにかく、匿名のラブレターが最善です。    占いにそう出たんだから仕方ありません。」 静香「ねえ、桃ちゃん。    私をいじめてそんなに面白い?」 桃子「いえ別に、いじめているわけでは・・・」 静香「お願い!    手伝ってよ。    てか、むしろ、桃ちゃん書いてくれない?」 桃子「書くって・・・    ラブレターをですか?」 静香「そうよ!      桃ちゃんが言い出したんだから、最後まで責任取ってよ!」 桃子「いや、それは・・・」 静香「桃ちゃん、字上手でしょ?」 桃子「いや、特にそんなことは。」 静香「大丈夫!    私より字が下手な女の子っていないから、たぶん。」 桃子「内容が問題ですよ。」 静香「それも一緒に考えよ。    ね、そうしようよ。    加藤君のこと、桃ちゃんの方が詳しいわけだし。」 桃子「何か、本筋を外れているような気がしますが。」 静香「アイス1個じゃダメ?    じゃさ、もう1個追加でどう?    ・・・やっぱダメか・・・」 桃子「じゃ、もう1個はチョコでお願いします。」 静香「え、いいの?    ヤッターッ!    てか、どんだけ甘いものが好きなんだ、コイツ・・・」 桃子「何か言いました?」 静香「いやいやいや、何も言ってないよ。」 桃子「じゃあ、さっそく・・・」 静香「あ、すぐ考えてくれるの?」 桃子「アイス。」 静香「そっちか!」      静香出て行く。 桃子「なんか、妙に面白くなって来ちゃった・・・」      桃子、大の字に寝そべって 桃子「ああ、いい天気・・・    (ため息をつく)一体、何やってんだろう、私・・・」      いつの間にか寝てしまう桃子      アイスを買って帰って来た静香      桃子を揺さぶって起こす 静香「もーもちゃん。」 桃子「きゃー、えっち!」 静香「ちょ、何言ってんのよ。」 桃子「あれ?」 静香「こんな所で寝ちゃってるんだもんな〜。    信じられないよ。    私が男の子だったら、襲っちゃうぞ〜。」 桃子「私なんか襲われるわけないじゃないですか。」 静香「えー、わかんないよ。    それは。」 桃子「あのー、静香さん。」 静香「え、何?」 桃子「私、もうじき転校するんです。」 静香「マジで?」 桃子「はい。    お父さんの仕事の都合で、1学期終わったらって、この学校入った時からわかってた事なんです。」 静香「1学期終わったらって・・・    もう1週間もないじゃない!」 桃子「はい。    先生にしか言ってなかったんですけどね。    黙っていなくなるつもりで。」 静香「友達にも言ってないの?」 桃子「いませんから。    いたとしても・・・    辛いだけだし。」 静香「それ、加藤君も知らないの?」 桃子「もちろん。    と言うか。別に友達と思ってませんし。」 静香「そんな・・・    もしかして、それで、誰とも仲良くしようとしてなかったの?」 桃子「私の事はどうだっていいじゃないですか。    静香「桃ちゃん・・・」 桃子「それより、早く何とかしないと、と思って。」 静香「ん?    あ、そ、そっかあ。    ラブレター書いて加藤君に渡してくれるんだよね。    そうだ、アイス買って来たよ。」 桃子「ありがとうございます。    静香さんは食べないんですか?」 静香「いや、さっき食べたし。」 桃子「(静香が言い終わる前に)いただきまーす。」 静香「あ、おい、いきなり?    ホント好きなんだね、アイスとか。」 桃子「はい。    甘い物を食べてる時が一番幸せです。」 静香「そんなに食べて、よく太らないね。」 桃子「アイスは太らないんですよ。」 静香「ホントに?」 桃子「はい。    血糖値が上がらないですから。」 静香「へえ。    知らなかった。」 桃子「ところで、どうします?    手紙の書き出し。」 静香「え?    いきなり突然。」 桃子「時間ないんですから、早くしましょう。」 静香「そうだけど・・・    もう食べ終わったんだ、はやっ。」 桃子「清書しなくちゃいけないんですよね、私が。」 静香「それは特にお願いするわ。」 桃子「早く内容の方を考えてください。」 静香「ええと、そうよね〜    な、何だっけ?    ほら、あの・・・」 桃子「何を言いたいんだか、さっぱりわかんないんですけど。」 静香「そんなこと言わないでよ!    文章書くのチョー苦手なんだから・・・     桃子「さあ、ホラ、頑張って。」 静香「桃ちゃんは気楽でいいね。」 桃子「私のラブレターじゃないですから。」 静香「そうなんだよね・・・    ほら、あの、何だっけ?    手紙書くときの決まり文句。」 桃子「拝啓、とか前略、とかですか?」 静香「そう、それ!」 桃子「却下。」 静香「はやっ。    て何で?」 桃子「そんな堅苦しいあいさつは抜きでいきましょう。    ラブレターなんですから。    もっと普通に女子高生らしく。」 静香「桃ちゃんに普通って言われても。」 桃子「何か?」 静香「あ、いや・・・    わかった。    普通にいけばいいんだね。    じゃあ・・・    初めまして、こんにちは」 桃子「そうそう、そんな感じ。    やれば出来るじゃないですか。」 静香「桃ちゃん、私バカにしてるの?」 桃子「いやいや。    次行きましょう、次。」 静香「初めまして、こんにちは。    突然こんな手紙を書いてしまって、ごめんなさい。」 桃子「いいですよ。    いい感じですよ。」 静香「えへ。    そう?」 桃子「はい。    ちょっと待ってください。    メモに書き留めておきますから。」      桃子、本のカバーの裏にメモを書き始める。 桃子「次お願いします。」 静香「突然、こんな手紙を書いてしまってごめんなさい、だったよね?」 桃子「はい。」 静香「私はあなたと同じ高校の1年生です。    いつも草場の陰からあなたのことを・・・」 桃子「ストップ。」 静香「何か問題がある?」 桃子「草場の陰でという表現はやめましょう。」 静香「何で?」 桃子「いえ、私もよく知らないんですけど、草場の陰はたぶんNGではないかと。」 静香「そうなんだ。」 桃子「ええ。    たぶん。」 静香「桃ちゃんがそう言うんならそうなんだろうね。    じゃあさ、こんなのどう?    いつも隠れてあなたのことを見ています。」 桃子「それなら、いいんじゃないですか。」 静香「ねえ、この後何て書けばいいの?」 桃子「ここからが肝心じゃないですか。    静香さんの熱い思いをぶつけるんです!」 静香「ぶつける?」 桃子「そう、ぶつける。」 静香「う〜ん・・・」 桃子「頑張って!」 静香「も、桃ちゃん!」     桃子「な、何でしょうか。」 静香「好きです!    付き合ってください!」      間 桃子「私にコクってどうするんですか。」 静香「ラブレターの文面だから。」 桃子「あのう・・・    いきなり告白しちゃ、ラブレターの意味ないんですけど。」 静香「ダメ?    熱い思いをぶつけてみたんだけど。」 桃子「う〜ん・・・    こういう所が好きです、とか具体的例を挙げてみてはどうでしょうか?」 静香「背が高くて〜、カッコイイ所!」 桃子「ボツです。    そういう月並みな言葉じゃダメですよ。」 静香「そんなあ。」 桃子「いつも見てるんでしょう?    だったら、本人も気付いていないような、いい所を見つけてあげてホメたりすると、グッと好感度が上がると思うんですけどね。」 静香「あ、それ、頂き!」 桃子「じゃあ、どんなこと書きます?」   静香「え〜、わかんないよ。    四六時中彼を見張ってるわけじゃないんだから。    クラスだって違うし。」 桃子「書いてることと違うじゃないですか。」 静香「ずっと見てたらストーカーだよ。」     桃子「困りましたね。」 静香「ねえ、桃ちゃん何か知らない?    加藤君の意外な一面とかさ。」 桃子「意外な所ですか?    そりゃまあ、付き合い長いですから、ないことは・・・」 静香「それ教えてよ!    ラブレターに使えるかも知れないからさ。」    桃子「そんなおいしいネタはありませんよ。」 静香「何でもいいんだって。    例えば彼の趣味とか。」 桃子「あー、それは意外なやつがありますけど。」 静香「ホント?    教えて教えて!」 桃子「ロクなもんじゃないですよ。」 静香「いいから!」 桃子「あいつ、怪獣オタクなんです。」 静香「怪獣オタク?」 桃子「ウルトラマンシリーズとかあるじゃないですか。    ああいうのに出ている怪獣とか、異常に詳しいんですよね。」 静香「そ、それは確かに・・・    意外な趣味だなあ。」 桃子「でしょ?    ウルトラマンの第一話に出て来た怪獣はな〜んだ、とか、わかります?」 静香「さ、さあ?・・・」 桃子「宇宙怪獣ベムラー。    じゃあ、ウルトラマンタロウに出て来た、食いしん坊怪獣の名前は、な〜んだ?」 静香「食いしん坊怪獣?」 桃子「これは笑えます。」 静香「全然わからない。」 桃子「モットクレロン。」 静香「・・・あ、ああ〜。    もっとくれ、ってことね。    食いしん坊だから。」 桃子「ね、しょうもないでしょ。    あいつ、平気でそういう意味不明なことヒョコッと聞いて来るんですよ。    それ、女の子とする会話か、って感じですよね。」 静香「そ、そうだね。」 桃子「全くわけのわからないやつなんですよ。」 静香「あのう・・・    もしかして加藤君って、あなたに合ってる気がして来た。」 桃子「ちょっと、何言ってるんですか!    冗談じゃないですよ!」     静香「あー、ごめん。    ホント冗談だから、許して。」    桃子「静香さん。」 静香「ごめんなさい。    許してってば。    そんな怒んないでよ。」 桃子「怒っちゃいませんから。    やっぱりラブレターはやめましょう。」 静香「え、どうして?」 桃子「ぶっちゃけ、面倒くさくなって来ました。」 静香「そんなこと言わないでよう。    桃ちゃんだけが頼りなんだからさあ。」 桃子「ここは私に任せてください。    行きがかり上、何とかしてみせますから。」 静香「ホントに?    どうやって?」 桃子「静香さんの熱い思いを活かすにはラブレターは向かないと思うんですよね。」    静香「占いはどうなったのよ?」 桃子「当たるも八卦、当たらぬも八卦と言いますから。」 静香「何だかいい加減だなあ。」 桃子「私が太一に、静香さんとお付き合いするように勧めてみましょう。    それなら話が早いでしょう?」 静香「え、いいの、ホントに?」 桃子「はい。    私が言えば、太一もその気になるだろうと思うんです。」 静香「ありがとう!    うわ、何だか、ウソみたい!    てか、桃ちゃんって、そんなに仲がいいんだ、加藤君と。」 桃子「いやまあ、腐れ縁と言うか何と言うか・・・    だけど恋愛感情はこれっぽっちもありませんから、ご心配なく。」 静香「ねえ、どうしてそんな気になったの?    これまで私と話したこともなかったのに。」 桃子「・・・やっぱり、アイスですかね。」      桃子、太一と話している。 桃子「ねえ、太一さ、またあんたに紹介してくれっていう女の子がいるんだけど・・・    あ、そう1年。    私と同じクラスの子・・・       いいねえ、モテモテで・・・         え、何言ってるの?    男の方から断るなんて、あり得ないでしょ。    いいから、会ってあげてよ、わかった?・・・       でさ、今度の子はマジでおすすめ。    あんたにはもったいないくらい、いい子だから。    とにかく会ってみて、嫌じゃなかったら付き合ってあげなよ・・・    あのさ、モテてるうちに断ってばっかいると、そのうち誰にも相手にされなくなるんだからね・・・    もう、煮え切らないなあ。    とにかく会ってみてから考えなよ。    いい?・・・    あ、それからさ、私夏休みに入ったら転校するんだ・・・        え?    マジだよ、もちろん。    うちのお父さん、転勤族だからさ、高校入った頃からわかってたことなんだ・・・    よくわかんないけど、東京。    この前連れてってもらったけど、都会だよ。    人がすっごいいっぱいいた・・・    え?    誰にも言ってないよ。    あ、あんたに会ってもらいたい子には話したかな。    あんたと、その子の2人だけ・・・    担任にも黙っててくれるように話してるし、どうせバラバラになって付き合いなんかなくなるんだから、今さら友達作ってもさ・・・    え?    いいよ、別にメールくらい。    あ、だけど、言っとくよ。    あんたに会わせる子、静香って言うんだけど、その子と付き合うんだったら、あんまり私にメールしないで・・・    当たり前じゃん、勘違いされちゃうよ・・・    それじゃ、今から連れて来るからさ、そこで待っててよ。」      数日後、桃子がいつものベンチに1人座って本を読んでいると、静香がやって来る。    静香「桃ちゃん、桃ちゃん!」 桃子「うまく行ってますか?    太一とは。」 静香「うん。    だから報告に来たよ。」 桃子「アイス。」     静香「わかってますって。(アイスを渡す)    あのね、あのね、昨日はね、太一君と始めて手をつないだんだよ〜」 桃子「そうですか。    それは良かった。」 静香「映画観に行ったんだ。    さあ、何の映画でしょう?」 桃子「ゴジラ。」 静香「よくわかったね。」 桃子「バレバレです。」     静香「でさ、映画館の中で手をつないだんだ。」     桃子「そうですか。」 静香「でね、ゴジラが出て来た時、わざと『キャーッ』て言って、太一君にしがみついちゃったんだ〜」 桃子「・・・」 静香「桃ちゃん?」 桃子「え?」 静香「ごめん。    こんなことまで報告しなくても良かったよね。」 桃子「そんなことないですよ。    太一とうまくやってくれたら、私としても安心ですから。」 静香「もう、あさってだね。」 桃子「何がですか?」 静香「転校するんでしょ。」 桃子「はい。       静香「もうちょっと、こっちに残ればいいのに。」     桃子「・・・」      その翌日。      桃子がいつものベンチで、ぼおっと空を眺めて座っていると、静香がやって来る。 静香「もーもちゃん。」 桃子「今日は静かな登場ですね。    あ、別に静香さんの名前とかけたわけじゃないですから。」 静香「何か考えごと?    空見てたけど。」 桃子「雨が降らないなあって。」     静香「そう言えば桃ちゃんと会ってから一度も雨降らないね。    でも、お天気いい方がいいよね。」    桃子「そうですか。    私は雨の方が好きですけど。」 静香「え、どうして?」 桃子「私うちの中にいる方が好きだから。    雨降ったらずっとうちにいてもいいし。    それに暑いの嫌いだから。」 静香「ふうん・・・    あ、そうだ、アイス。(アイスを渡す)」 桃子「どうも。」 静香「アイスなんか、暑い日に食べるからおいしいんじゃない?」 桃子「そんなことないですよ。    おこたでアイスと言うのが、通の食べ方です。」 静香「へえ・・・    あ、今日が最後の報告になるね。」 桃子「え?    ああ、そうですね。    静香さんの買って来たカラメル味のアイスもこれが最後かと思うと、とても残念です。」 静香「最後に、こんな報告なんだけど・・・    言いにくいけど、言います。 桃子「何ですか?    いつもと違うみたいだけど。」 静香「あ、あの・・・    太一君と・・・    昨日キスした。」        桃子、立ち上がって背を向ける。 静香「桃ちゃん?」 桃子「何でそんなこと、わざわざ報告するんですか。」 静香「ご、ごめん・・・」 桃子「おかしいんじゃないですか!    いくら何でも、人に言うようなことじゃないでしょ!」 静香「あ、あの、桃ちゃん・・・」 桃子「そこのアイス、後で捨てといてください。」      本気で怒って立ち去ろうとする桃子の手を、静香引っ張って戻そうとする。     静香「桃ちゃん、ごめん!    違うんだよ!    とにかく私の話を聞いてくれない?」 桃子「もう聞きたくありません。    そんな嫌らしい話。」 静香「違うんだってば!」 桃子「何が違うんですか!」 静香「キスなんかしてないから!    ウソだから!    とにかく座って、私の話を聞いて!」      桃子、地面にへたり込むように座る。 静香「落ち着いた?」 桃子「一体、どういうつもりですか?」 静香「ごめんね。    確かめるようなことしちゃって。」 桃子「何を確かめたって?・・・」 静香「桃ちゃんの気持ち。」     桃子「・・・そういうことですか。    卑怯ですね、やり方が。」     静香「どうしても桃ちゃんに言いたかったんだ。    太一君、やっぱり桃ちゃんが好きなんだよ。    ・・・デートしてても、それがわかっちゃう。」 桃子「それがどうかしたんですか。」 静香「ちょっと、桃ちゃん、どうしてそんな言い方するの!    桃ちゃんだって、好きなんでしょ、太一君のことが!」 桃子「勝手な思い込みはやめてくれませんか。    迷惑です。」 静香「明日もう転校しちゃうんでしょ!」 桃子「どうせ、みんなバラバラになるんです。」 静香「そんなの、寂しいよ!」 桃子「私、小学校で転校した時、前の友達といっぱい約束したんですよ。    離ればなれになっても、ずっと友達だよって。」 静香「そうだよ!」 桃子「ウソです。」 静香「そんな・・・」      桃子「手紙を書いてあげる、なんてみんな言ってて、確かに1、2回手紙もらったり返事を書いたりしてたけど、その内面倒くさくなっちゃって・・・    新しい学校の方が精一杯で、だんだん昔の友達のことなんか忘れちゃうんです。    今じゃ、付き合いが続いてる友達なんか1人もいません。    そういうもんなんですよね、人間って。」 静香「待って。    信じてくれないかも知れないけど、私は桃ちゃんのこと絶対忘れないよ。    それから、ずっとメールをあげるよ。    だから、桃ちゃんも私にメールちょうだい。」 桃子「・・・」      音楽入る。     (作者のイメージは、柴田淳「花吹雪」。)         「忘れない 君と過ごした日々          泣いたり 笑ったり 傷ついたり・・・          『これからも変わらずにいようね。』          変わってしまうこと 気付いてるのに          君のその優しさを抱いていく・・・」 桃子「静香さん。    太一のことを、よろしくお願いします。」 静香「そんな・・・」 桃子「太一のこと、好きなんですよね?」 静香「それはもちろん・・・    だけど・・・」 桃子「初恋って、実らないものなんだそうですよ。」 静香「桃ちゃん・・・」 桃子「私、静香さんを応援してますから。」 静香「桃ちゃん!    私のこと絶対忘れないでね。    約束だよ。」 桃子「忘れるわけ・・・    ないじゃないですか・・・」      桃子、空を見上げている。      静香もそれを見て空を見上げる。      音楽流れる。     (作者のイメージは柴田淳「あの夏」。)         「いつかまたこの場所で 君に会いたい          微笑んだ君の後ろに夜空の花          きっと今よりも君の笑顔が          素敵でありますように・・・」      桃子、汗だか涙だかわからないものをハンカチで拭う。      音楽が高鳴って      〜おしまい〜